デフリンピックへの種目採用を目的として、今年新たに立ち上がった日本デフスケートボード協会。ストリートスタイルの寺澤凪琉選手に続き、パークスタイルを専門としている小学6年生の注目スケーター周藤煌海(すとうこうき)選手のインタビューをお届け。ろう者とは思えないほどのスキルで注目が集まる彼の滑りの裏には、強い想いと底知れぬ努力がありました。

▼寺澤凪琉選手(ストリート)へのインタビュー記事はこちら

【日本デフスケートボード協会取材記  ~ 選手編(ストリート) ~】 ろう者の壁を壊す実力を持つ期待の新星
【日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(ストリート) ~】 ろう者の壁を壊す実力を持つ期待の新星

オリンピアン達に憧れて

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

平野歩夢選手を見てスケートボードを始め、永原悠路選手を見てパークスタイルを目指すことを決めた

ースケートボードを始めたきっかけを教えてください。

平野歩夢選手に憧れて、僕もやってみたい! と思ったからです。それからどうしても彼のパフォーマンスが見たくなり、2019年に鵠沼海浜公園スケートパークで行われた日本オープン・パーク選手権を観戦しに行きました。

この時は久しぶりの出場だったのに、バックサイド540を成功させて表彰台に上がっていました。その姿に感動して本格的に始めました。ちょうど幼稚園の年中の終わり頃です。

ー始めた時からすでにパークスタイル種目を専門にしようと決めていたのですか?

はっきりと意識するようになったのは幼稚園の年長の頃です。

母親の実家が長野にあるので、「True Players」というパークに行ったんです。そうしたらたまたまパリオリンピックにも出場した永原悠路選手がいて。その時「こんなに高く跳べるんだ…」とエアー※に衝撃を受けて、自分もあんな風に跳んでみたいと思い、パークスタイルを目指すようになりました。

それで愛知県でパークスタイルが練習できる施設を探したら、あま市にある「Hi-5」というところが国内のトップ選手が集う場所だったので、そこのスクールから通い始めました。

※エアー…スケボーでジャンプし、空中で決める技

基礎を養った「トライフォース・スケートボードアカデミー」

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

彼が住む愛知県にパークスタイルに特化した施設があったのも大きい

ーどのようなスクールだったのですか?

東京オリンピックにも出場した岡本碧優選手のコーチを努めた経験があり、日本チャンピオンに何度も輝いた笹岡建介選手の兄でもある笹岡拳道さんが開講している「トライフォース・スケートボードアカデミー」というスクールです。

年長の頃から約3年間、月に2回くらいのペースでレッスンを受けていました。そこではバーチカルのドロップイン※やエアーのやり方など基礎の動きを指導してもらって、その指導内容をもとに普段の練習に取り組む。そうしたことを繰り返していました。

バーチカルのドロップイン…バーチカルランプの上から滑り出す上級者向けスタート技

スケートボードを始めた頃からの目標を達成

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

鵠沼で開催された直近の日本オープンで平野歩夢選手と同じ540を成功させた

ースケートボードのどんなところに魅力を感じていますか?

新しいトリックを成功させた時の高揚感ですね。今まで何度やっても成功できなかったトリックができた時は最高に楽しいです。

もちろん、初心者の頃のオーリー※1ができたとか、キックフリップ※2ができたというのもそうなんですけど、僕は鵠沼で平野歩夢選手を見てスケートボードを始めたのもあって、その頃から鵠沼で540を成功させることがひとつの大きな目標でした。

それをちょうど今年4月の日本オープンで達成することができたので、本当にうれしかったですね。

※オーリー…スケボーと一緒にジャンプする基本トリック
※キックフリップ…ジャンプ中に板を横回転させる技。オーリーの応用

課題は紙に書いて練習に取り組む

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

今取り組むべき課題を書き出してトレーニングに取り組む。そういった姿勢があるからこそ聴者に混じっても戦えている

ー普段はどのようなトレーニングをしているのですか?

今も基本的には「Hi-5」で滑ることが多いです。練習内容としては、まずパークについたらミニランプでアップをしてからバーチカルに入るのですが、エアートリックとかも取り入れながら徐々に難易度を上げていきます。

最終的には練習中のトリックに取り組むんですけど、自分は目標を紙に書いていて、最近だと5月はバリアル540、6月はバックサイドテールスライド、7月と8月はフロントサイドキックフリップエアー※ を目標にしています。紙に書くと明確な目標が定まるので、自分にはすごく合っていると思います。

※トリック解説
  • バリアル540:ボード上で体だけ半回転して空中で540度回転するトリック。
  • バックサイドテールスライド:背中側にあるセクション(障害物)に対してボードの後端をかけて滑らせるトリック。
  • フロントサイドキックフリップエアー:お腹側から空中へ飛び出し、前足のつま先で擦り抜いて縦回転を加えたボードを、後ろ側の手を使ってボードのお腹側中央部分を掴むトリック

ーデフスケートボーダーと手話で交流する時に工夫していることや、聴者とのコミュニケーションの違いはありますか?

やっぱり手話の方がスムーズで深い会話ができるので、デフスケートボーダーたちとの会話に壁は全くありません。

聴者とのコミュニケーションでは、大体わかるようになってきたとはいえ、まだ身振りや筆談で大変なこともあるので、そこは動きのパターンを覚えたり、各トリックなどの勉強をすることで対応しています。

デフスケートボーダーたちとの交流は、協会が主催するイベントなど定期的な集まりの時に限られるので、割合は聴者との交流の方が多いです。もちろんSNSではどちらも交流はありますし、特にろう者だから、聴者だからと意識することなくコミュニケーションをとっています。

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

ろう者であるがゆえのフラストレーション

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

耳が聞こえないことを言い訳にしない姿勢が結果に現れていると感じさせられる

ー普段の練習において、耳が聞こえないからこそ意識しているところはありますか?

メンタルが重要かなと思います。やはり耳が聞こえない分、どうしても入ってくる情報量が少なくなるので、メンタルがきつくなる時があると思います。

たとえば、せっかくアドバイスをくれているのに、聞こえないからうまく理解できなかったり、そういった部分でフラストレーションがないといったら嘘になってしまいます。

あとは、特にろう者だからということではないですが、以前できていたトリックができなくなったりということもあります。そういう時は本当に心が折れそうになります。

ーどう対処しているのですか。

耳が聞こえない以外は聴者と同じですし、スケートボードに乗っている時の感覚も変わりません。だからろう者であることをを言い訳にしたくないですし、壁にぶつかっている時こそ積極的にアドバイスを求めたり、友達に聞いたり、自分で調べたりして乗り越えるように努力しています。

ブザー音がわからないディスアドバンテージ

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

一見わからないが、同じ場にいてもろう者と聴者とでは全く入ってくる情報量が違ってくる

ーではコンテストで意識していることはありますか?

スタートや、残り何秒という合図に使うブザー音がわからないので、コンテスト前は事前にタイムを測った練習を念入りに行うようにしています。自分の中ではルーティーンになっていますね。

本番では、周りの人に合図で伝えてもらってからタイムを測ってもらうようにしています。耳が聞こえないということは前もって運営の方々に伝えているので、僕の場合はその合図の確認がとても重要になります。

ろう者でもできると証明したい

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

ろう者だからできない。彼の滑りを見ればその思考は間違いであることが容易にわかる

ーデフスケーターとして自分がスケートボードをすることで、デフコミュニティや社会に伝えたいことはありますか?

耳が聞こえないからできないんだなと決めつけてしまうようなことはしてほしくないです。自分はろう者であるなし関係なく努力をすることが大事だと思っていますし、ろう者でもできるんだ! ということを証明したいと思っています。

デフスケーターという存在を少しでも多くの方に知ってもらいたいですし、ろう者であることに特別な意識を持たないでほしいですね。

ー海外のデフスケートボーダーとの交流経験はありますか?

ありません。11月に行われる「ワールド デフ トリプルS ゲームズ」が最初になると思います。世界中からいろいろな人が集まるので、交流を図って友達になりたいなと思っています。国際手話と日本の手話は違うので、コミュニケーションに多少の不安はありますけど、それ以上に楽しみの方が大きいですね。

もちろん優勝したいので、パークスタイル会場のいすみ市にあるHOLEでしっかりと滑り込んで、自分のできる限りのトリックを出せるようにして臨みたいとも思っています。

デフスケーターにとっても公平となる環境整備

日本デフスケートボード協会取材記 ~ 選手編(パーク) ~

彼が話すようなことが実現していけば、将来はより良い社会になっていることだろう。

ー今後デフスケート、並びにスケートボードシーンはどうなっていってほしいですか? またそのためにご自身が考えていることはありますか?

全日本選手権のような大きな大会では、ラン終了の10秒前に電子デジタル表示によるカウントダウンや、視覚的にわかるフラッシュ合図があると非常に助かります。これは聴覚障がいのあるスケーターにとっては、より公平で集中しやすい環境をつくる一歩になると思います。

観客からの「サインエール」(手話での応援)ももっと広がっていったら、ろう者の選手にとっても大きな力になりますし、会場全体が一体感を持てると思います。

ー将来の目標や夢をお聞かせください。

まずは国内のトップスケーターの皆さんに追いつきたいです。日本代表として国際大会に出て世界を回ることが夢であり目標でもあるので、そうなれるようにこれからも努力していきたいと思います。

あとは聴覚障がい者向けの夢としては、X GAMEなどで聴覚障がい者部門を設けて大会に参加できるような世の中になってくれたらうれしいなと思います。

ー応援してくれる家族や友人への感謝の気持ちやインタビューを読んでくれる方にメッセージをお願いします。

最も感謝しているのは家族です。自分のためによりよい環境を作ろうとサポートをしてくれて、遠征にも連れて行ってくれて、心から感謝しています。

友達もいつも仲良くしてくれて、支えになっています。感謝の気持ちでいっぱいです。最後に、このインタビューを読んでくださっている皆さんありがとうございます。これからもがんばりますので、応援よろしくお願いします。

周藤煌海(すとうこうき)プロフィール

愛知県の岡崎市を拠点にバーチカルやパークスタイルで活動する小学校6年生の日本デフスケートボード協会登録選手。スケートボード歴は6年以上。昨年の「WINGRAM CUP JSF」バーチカルシリーズ、長野の「True Players」で行われた第一戦と「YAMAYO SKATES」で行われた第二戦のオープンクラスで3位に入賞。今後の活躍が期待される。

デフ(Deaf):耳が聞こえない人
ろう者:手話を必要とする耳が聞こえない人
聴者:耳が聞こえる人
情報保障: 身体的なハンディキャップにより情報を収集することができない者に対し、代替手段を用いて情報を提供すること

聴者と同じ土俵に立ち戦っている彼の姿には、響くものが多くあったのではないでしょうか。スケートボードがデフリンピック種目に採用され、彼らがメダリストになる可能性も大いにあるでしょうし、デフプロスケーターという存在が確立し、聴者と同じフィールドで活躍することも不可能ではないでしょう。それらが実現したならば、社会も障がいのあるなしの違いを特別なことと思わなくなっているはず。そんな未来が早く訪れることを願っています。

吉田 佳央

ライター

吉田 佳央

1982年生まれ。静岡県焼津市出身。高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本も監修。フォトグラファー兼ジャーナリストとして、ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。