デフリンピックへの種目採用を目的として、今年新たに立ち上がった日本デフスケートボード協会。前編では、協会立ち上げのきっかけや、ろう者※ならではの文化などについて伺いました。後編では、組織構成や活動内容について伺いながら、世界のデフスケートボードシーン、さらにデフコミュニティや社会の未来に向けた希望についても触れていきます。
▼前編はこちら
日本で開催される初のデフスケートボード国際大会

11月に開催されるワールドデフスケートボードチャンピオンシップ
ー選手育成、所属選手の強化方針についてはどのようにお考えですか?
まず、デフリンピックの種目採用という目標に向かって、サーフィン・SUPの競技団体とともに「ワールドデフトリプルSゲームズ」という3S初の国際大会を11月に千葉県で開催します。
そのコンテンツのひとつとして、「ワールドデフスケートボードチャンピオンシップ」を行うのですが、この大会に向け、夏休み期間を使って選手強化合宿の機会を設けたいと考えています。
以前、WORLD SKATE JAPANというオリンピックに繋がる団体の方にデフスケートボード協会として挨拶させていただいたのですが、そこで理事長とコーチに選手の強化育成の場を作りたいとお話したところ、「支援します!」と力強く言っていただけました。
この機会をしっかりと活かして、未来に繋げていきたいと思っています。
世界で活躍が期待できる、日本のデフスケーター

日本には聴者と同等の実力を持ち活躍するデフスケーターも存在する
ー世界のデフスケートボードシーンについて教えていただけますか?どれほどの認知度があるのでしょうか?
デフスケーターが専門誌を含めメディアに出ることは皆無なので、日本のデフスケーターがどこまで強いのかも見えていない現状があります。ただ、日本には聴者とほぼ同等の実力を持っているデフスケーターも数名いるので、かなり強いのではないかと思っています。
まだ全貌が見えていない状況ですが、参加国については、アメリカ・フランス・アルゼンチン・スペイン・イスラエルが参加するという話は聞いています。
ーエントリー制度をとっているということは、オリンピックのように出場権を獲得できる大会を勝ち抜かなくとも出られるのですね。
そうです。この大会はデフスケーターであること以外に参加資格はありません。初の試みなので、今は広報活動をがんばって世界中のデフスケーターに知ってもらい、皆が初めて一堂に会する場にしたいと思っています。
世界のデフスケートシーンを知れ、同じ志を持つ仲間同士がつながれる場として、この「ワールドデフトリプルSゲームズ」があるとお考えいただければよいと思います。
未整備な選手のサポート体制

立ち上げたばかりというデフスケートボード協会にはまだ支援制度がない
ーデフならではのコンテスト運営の特徴はありますか? 国際大会参加のサポート体制についても聞かせてください。
コミュニケーションサポート以外は、聴者と全く変わりません。今回11月のワールドデフトリプルSゲームスは、デフスケートボード協会(AJDSA)などでジャッジを多く経験している方にお願いをしようと思っています。ルールはデフリンピックを目指すので、当然オリンピックに基づいて、ストリートとパークの2種目を行う予定です。
ただ、補助金などの支援制度はありません。国際大会は世界初で、今までデフスケートボードの大会すら聞いたことがないので、補助金がないのは仕方ないと思いますが、将来的にはそういった制度の導入も期待したいですね。
海外にデフスケートボード協会はある?

これから日本のようにデフスケートボード協会の組織化を世界レベルで進める必要がある
ーデフリンピックに向けた国際的な課題はどんなところにあると思いますか?
一番の課題となると、デフスケートボードの協会が、今のところブラジルと日本しか確認できていない状態なので、他国にそういう団体があるのかですね。
デフリンピックの登録条件のひとつに、5カ国以上の参加というのがありますし、国際大会規模の開催実績も必要になります。ここをどうやって築いていくのかが直近の大きな課題になっています。
ー先ほど参加は日本を入れて6カ国ぐらい、フランスには団体があるとのことですが、それらはまだ正式に協会として認知はされていないのでしょうか。
そうです。団体はあっても詳細まではわからないのが現状です。ですので、サーフィン連盟から「うちの国はスケートボードの選手も参加するよ」と言ってもらえているという段階です。そこもしっかりと順序立てて、国際レベルで組織化していく必要があります。
デフサーフィン連盟との関係性

AJDSAはすでに団体として、世界大会への出場実績もある日本デフサーフィン連盟の取り組みを参考にしながら、活動を進めている
ー日本デフサーフィン連盟との繋がりが深いとのことですが、その関係性や他国協会との連携について伺えますか?
なぜサーフィンと繋がりがあるかというと、サーフィンもデフリンピックの種目ではありませんが、2007年に日本で世界デフサーフィン大会を開催しています。SNSも発達していない時代なのに国外の選手をどのように集めたのか。その時の知識や経験、成功談や体験談を伺い、参考にさせていただきました。
サーフィンは国際デフサーフィン連盟という非常に大きな組織があるので、その力をお借りして、サーフィンだけではなくスケートボードの選手もいるのか、出場は可能か、などをリサーチしてもらい、発信に繋げています。
ーもともと存在しているサーフィンの国際連盟経由、同国のろう者同士であれば横乗り同士繋がっているだろうということで広めているんですね。
はい。ただ、手話も日本と海外では違いがあり、国際的な場で円滑にコミュニケーションを取るためには、国際手話に対応できる方に同席していただく必要があります。
ろう者の場合、そうした細かな点でも、聴者にはない苦労や準備が求められることがあります。それでも先日のお話では、フランスにも我々と似た境遇の任意団体があり、同じ想いで活動していることを知りました。
今回のワールドデフトリプルSゲームズをきっかけに、海外の私たちのような団体同士がつながっていけば、世界を束ねるデフスケートボード連盟の発足にも発展すると思いますし、デフリンピックにも少しでも近づくと思います。
情報保障を取り入れて誰もが活躍できる社会へ

スマホを使った遠隔通訳で手話。こうしたテクノロジーの進化はデフコミュニティにとって非常に心強い
ーでは協会の活動を通じて、社会全体に対して協力を求めたいことはありますか?
そうですね。社会の中で「聴覚障がい者」という存在はある程度知られてきているとは思いますが、実際に会ったことがない方や、どう接すればよいか分からないという方はまだ多いと思います。ただ、本当に知ってほしいのは、「コミュニケーションの壁は低くなりつつある」という点です。
たとえば、情報保障※の仕組みが整い、文字変換ツールなどの便利な支援技術を活用すれば、「聞こえる・聞こえない」に関係なく、誰もが対等に活躍できる環境をつくれるはずです。社会はまだ十分とはいえませんが、今回、私自身も遠隔通話通訳や文字変換ツールを利用することで、円滑なコミュニケーションができています。
こうしたサービスや制度がさらに広まり、充実していけば、「ろう者だからできない」「やらない」といった考え方ではなく、誰もが自然に共に活動し、活躍できる社会になっていくと信じています。
ーAIなどテクノロジーの進化が、コミュニケーションの壁を打破する強力なツールになりそうですね。
おっしゃる通りです。実は私はサラリーマンとして会社勤めをしており、聴者と一緒に企画を立ち上げることもありますが、手話通訳までは呼べません。
そこで、AIを活用した自動での文字起こしツールを活用してコミュニケーションを取っていまして、以前と比べるととても精度もよくなり、意見交換がスムーズになってきました。
「YYProbe」というアプリで、皆さんにもおすすめしたいです。そういった部分で環境の変化を実感しているので、今後はよりよい社会が訪れるのではないかという期待を持っております。
ー直近の活動予定と、これからやっていきたいこと、将来的な目標を教えてください。
まずは体験会などを定期的に行いつつ、ワールドデフトリプルSゲームスを成功させたいです。私自身、スケートボードの前は陸上競技をやっておりまして、デフリンピック日本代表も経験をしております。その時に強化指定選手としての合宿も参加しました。
その経験を活かし、デフスケートボード協会として初の強化合宿を行い、選手育成に努めることは、協会立ち上げ以降最も大きな挑戦のひとつになるので、意味あるものを作り上げていきます。
将来的な目標としては、11月のワールドデフトリプルSゲームスが終了しても、それで終わりではなく、第2回、第3回と歴史を重ねて、海外で行われる大会の運営にも携われるよう尽力していき、デフリンピックにつなげたいです。
デフ(Deaf):耳が聞こえない人
ろう者:手話を必要とする耳が聞こえない人
情報保障: 身体的なハンディキャップにより情報を収集することができない者に対し、代替手段を用いて情報を提供すること
ライター
吉田 佳央
1982年生まれ。静岡県焼津市出身。高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本も監修。フォトグラファー兼ジャーナリストとして、ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。