「うちの子、虫のことになるとずっと話している」「図鑑を何度も読み返している」―そんな子どもの姿に、成長のうれしさを感じる一方で、この「好き」がこれからどう広がっていくのだろうと思うこともあるのではないでしょうか。
アリ図鑑をすべて覚えるほど夢中になり、観察や飼育を続けながら、自ら知識を積み上げてきたある一人の小学6年生。本記事では、その「もっと知りたい」という気持ちが、調べる力や行動力、人とのつながりへと広がっていく姿を紹介します。
世界を広げるきっかけは、足元のアリだった

子どもの好奇心は、身近な自然との何気ない関わりから始まることがあります。都内のマンション1階に住むハルルくんの場合、そのきっかけは自宅の庭にあったアリの巣でした。
ハルルくんとアリとの出会い
ハルルくんがアリに興味を持つようになったのは、小学3年生のころ。庭で穴を掘っていたところ、たくさんのアリが出てきたことが始まりでした。
「出てきたアリの近くにいろんな虫を置いてみたら、アリが寄ってきたりして面白くて、何時間も見続けました。次の日に見てみたら、僕が掘った穴をアリが埋めていたのにもびっくりして。」
そのときのアリは、おそらくトビイロシワアリだったといいます。何気なく始めた観察が、気づけば5時間。
「こうやったらアリはどう反応するのか」といろいろ試すうちに、期待通りの反応が見られたり、思いもよらないことが起こったりしました。面白い!という気持ちが、アリの世界へ入っていく入口になったようです。
ハルルくんが特に惹かれているのは、アリの社会性です。アリは、仲間と協力しながら集団で暮らし、さまざまな仕事を分担しています。
「コロニー(*)のなかで、それぞれのアリは役割が分かれていて、それを観察して見分けるのが楽しい。」
餌を見つけてくるアリ、見張りをするアリ、仲間に知らせるアリ、幼虫に餌を運ぶアリ。同じように見えるアリにも、それぞれの役割があることを知り、その行動をじっくり観察しています。
「一番好きなのは、見張り役。怠けているように見えるけど、見張りの仕事は重要なんだ。」
1匹1匹のアリの動きから、コロニーのアリ社会で起きていることを想像する。身近な生きものを「見る」ことが、いつの間にか「考える」ことにつながっているようです。
(*)コロニーとは、女王アリや働きアリなどが一緒に暮らすアリの集団
ハルルくん、アリ図鑑を全部覚える

アリへの好奇心が深まると、「もっと知りたい」という気持ちが図鑑に向かいました。最初は、図書館でアリの図鑑を繰り返し借りて読んでいたハルルくん。やがて自分の図鑑が欲しくなりました。
お母さんは、「こんな小さい図鑑に1,700円?」と悩んだ末に、サプライズでプレゼントしたそうです。
その後、図鑑を何度も読み込み、掲載されているアリの名前や特徴を全て覚えるほど、興味は深まっていきました。
アリ図鑑は、今では何度もページをめくった愛用品。目にした大人から「使い込んでいて、すごいね」と声をかけられることも多いといいます。
図鑑で知識を得たら、実際に外へ出てアリを探したくなる。見つけた種類を図鑑で調べて、また新しい興味が生まれる―。現在までに、図鑑に載っている約80種類のうち46種類を野外で実際に見たことがあるそうです。
友達と遊んでいるときにも、家族で出かけたときにも、アリが気になってしまいます。日光への修学旅行でも、興味の対象はアリでした。気候など土地の条件が異なれば、生息するアリの種類は違ってきます。
修学旅行の振り返りは、歴史の視点で作る友達が多いなか、ハルルくんがまとめたのは「日光で見たアリ」でした。
興味を持って調べたことを、自分の目で確かめてみる。その繰り返しが、単なる知識ではなく、生きた経験の積み重ねへと変わっていくのかもしれません。
やってみる・考える・つながる|「好き」が力に

知識が増えていっても、実際に飼育してみれば、思い通りにならないこともあります。そこで考え、工夫して試してみる。その先には、同じ興味を持つ人との出会いもありました。
アリの飼育と試行錯誤
現在、ハルルくんが飼育しているアリは8種類。ストレスを与えたくないアリは、クローゼットの中など暗い場所で飼育しているとのことでした。
飼育ケースには土だけでなく、石膏や試験管、オアシス(水を保持するスポンジ状の園芸用資材)なども活用。巣の形を再現しながら、観察や管理がしやすい方法を試しています。
「石膏の巣は、油粘土で型を作って、石膏の液体を流し込んで作ったり、削ったりして道を作っています。YouTubeで調べました。」
高価な専用用品をそろえるのではなく、ペットボトルのふたなど家にあるものや、100円ショップで買えるものも利用します。オアシスを使うアイデアは、自分で考えたそうです。
「アリを採ったら、卵を産んでもらえるようにハチミツとかプロテインゼリーをあげます。」
もちろん、飼育はいつも順調とは限りませんが、どうしたら問題が解決できるのか、自分で調べて試行錯誤するのも楽しい時間のようです。
アリはかわいくて、餌をあげたり世話をしたりする時間は楽しく、卵が生まれたときはとてもうれしい。さらに、コロニーの中でアリたちがどのように行動するのかを観察するのは見ていて飽きないと、ハルルくんは話します。
現在、もっとも長く飼育しているアリは約2年。働きアリは、数か月~1・2年で寿命を迎えますが、コロニーは世代を重ねながら続いていくところもアリの魅力の一つです。
生きものを飼っていると、死んでしまったときの悲しさは避けて通れません。アリは1匹が死んでしまっても、コロニーとしては命が続いていきます。ハルルくんには、いつか数万匹規模の「スーパーコロニー」を育て、長く飼い続けたいという夢もあります。
アリがつないだ、人との出会い

憧れの研究者からもらったサイン入りの雑誌
「アリの話を誰かとしたい。」そんな強い思いは、同じ興味を持つ人たちとハルルくんをつなぎました。
は虫類のイベントを見に行ったとき、たまたま出店していたアリの専門店を訪れると、アリの情報を発信する探究家の方々との出会いがありました。
また、ある人から教えてもらい、つくば市で開催された日本アリ類研究会大会にも参加。そこで出会った中学生や高校生と仲良くなり、今も情報交換をしています。
さらに、愛読書『ぼっちのアリは死ぬ』の著者にも会場で遭遇。話しかけてみると気さくに応じてくれたうえに、仕事場にも連れて行ってくれました。
「気軽に誘ってくれて、ラボを案内してくれたんです。うれしかった。」
飼育中のアリを見せてもらい、使う道具や巣作りの工夫などについて教えてもらったそうです。
学校ではアリの話をする相手はあまりいないとのこと。しかし、学校とは別の場所で、喜びや楽しさ、悩みを共有できる仲間に恵まれました。ハルルくんにとって、アリは人とのつながりを生むきっかけにもなっているのです。
「好き」が、まだ見ぬ未来につながっていく

庭のアリから始まった探究心は、観察や飼育を通して、少しずつハルルくんの力を伸ばし、世界を広げていっています。こうした変化のそばには、ハルルくんの「好き」を見守ってきた家族の存在もありました。
「好き」は未来を切り開く力になる
「アリに夢中になる前と後で、自分が変わったと思うことは?」と尋ねると、ハルルくんはこう答えました。
「知れば知るほど、もっと知りたくなる。」
アリを知ることで、さらに知りたいことが増えていく。興味が深まるほど、調べたり、試したりすることも増えていきました。
お母さんは、「責任感がついた」と感じています。アリのために生息環境を考えて飼育ケースをつくり、毎日世話をする。大好きなアリだからこそ、その命を預かることにも向き合うようになりました。
また、飼育を続けるなかで、自分で考えて行動することも増えています。分からないことがあればYouTubeなどで調べ、お金をかけられないなら身近なものを使って工夫する。うまくいかなければ、別の方法を試します。
行動の積み重ねが、ハルルくん自身の力になっているようです。
将来について聞くと、「アリの研究者になりたい気持ちはある」と話してくれました。中学、高校、大学でも「アリのことをどんどん極めていきたい」そうです。
一方で、アリに限らず、何か好きなことに熱中している子なら話が合いそうだから、そんな友達を身近につくって仲良くしたいとも話します。
子どもの「好き」に寄り添うには

授業で作ったクッションにもアリ
子どもの興味は、親が決められるものではありません。また、その「好き」が、すぐに勉強や将来の仕事につながるとも限らないでしょう。しかし、「将来役に立つか」だけで「好き」の価値を決めなくてもいいはずです。
ハルルくんのお母さんも、アリを飼うことに反対せず、観察して発見したことや、本を読んで面白かったことを話す子どもの言葉に耳を傾けてきました。
「観察して発見したこととか、本を読んで面白かったこととか、話したいことは全部話しています。お母さんは、話を聞いてくれる。」とハルルくん。
もちろん、家の中で飼うにはルールもあります。「シロアリはダメ」「赤い小さいアリは庭にしよう」と約束しながら、できる範囲で興味を尊重してきました。
大人にできるのは、「そんなに好きなんだね」と話を聞き、必要なときに調べたり試したりできる環境を整えることなのかもしれません。
夢中になっているときの子どもは、自分の力で調べ、試し、失敗しながら、少しずつ世界を広げていける。ハルルくんの話を聞いて、「好き」を原動力にして未来を切り開いていけそうな力を感じました。
今、ハルルくんが一番好きなのは、ヨーロッパに生息する高山のアリ「マニカ・ルビダ」。いつか現地で、生きている姿を見てみたいといいます。
庭で出会った一匹のアリから始まった興味は、図鑑を読み、野外で観察し、飼育の工夫を重ね、同じ「好き」を持つ人との出会いへとつながりました。
昆虫や生きものに夢中になっている子がいたら、その小さなきっかけから広がる世界は、大人が思っているよりずっと大きいのかもしれません。
ライター
曽我部倫子
東京都在住。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、小さなお子さんや保護者を対象に、自然に直接触れる体験を提供している。
子ども × 環境教育の活動経歴は20年ほど。谷津田の保全に関わり、生きもの探しが大好き。また、Webライターとして環境問題やSDGs、GXなどをテーマに執筆している。三姉妹の母。