少子化が進む一方、首都圏の中学受験者数は過去最多に近い高水準が続いています。子どもの進路を早くから考える家庭が増えているなか、偏差値や志望校のほかに、子どもの将来を考える材料を探している親もいるのではないでしょうか。スイスでは中学2年生にあたる13歳前後から、多くの子どもが「どんな仕事に就きたいか」を出発点に進路を考え始めます。今回は、チューリッヒで暮らす筆者が中学2年生(13歳)の息子と職業相談の施設を訪ねた体験をもとに、写真で興味を探る進路選びの方法、働きながら学ぶ職業訓練の仕組み、そして「好き」だけでは選べない現実まで、スイスの職業選びのリアルを紹介します。

参考:JBpress

13歳の息子と職業相談の施設へ。写真を選ぶことから始まる進路探し

スイスの進路選びは、学校の成績表だけではなく「どんな仕事に心が動くか」を探るところから始まります。まずは、息子と訪ねた職業相談の施設で実際に何をしたのかを紹介します。

施設で何をする?写真カードで「好き」を見つける方法

チューリッヒ州には、職業や進路の情報を無料で提供する「BIZ(職業情報センター)」があります。中学生は授業の一環で訪れることも多く、私たち親子も予約をして足を運びました。

最初に渡されたのは、さまざまな仕事の場面を写した写真カードです。工具を握る手、森の中の作業、パソコンに向かう人、子どもと遊ぶ保育士。

職業名は伏せたまま、直感で「いいな」と感じる写真を選び、次に「なぜそれを選んだのか」を言葉にしていきます。

外で体を動かしたいのか、人と関わりたいのか、ものを作りたいのか。職業名から入らないことで、子ども自身も気づいていなかった興味の傾向が見えてきます。

息子が選んだ写真と、親として意外だったこと

息子が選んだ写真には、水道管の修理や配管のメンテナンスをしている場面や、お菓子作りの場面もありました。

てっきりコンピューター関係の仕事を中心に選ぶと思っていたので、予想外の写真を選んだことに驚きました。写真から興味を探っていく作業は、親にとっても発見の多い時間でした。

成績や得意科目でなく、「心がどう動くか」から始める。このプロセスそのものが、親子の会話のきっかけとなったのです。

日本の中学受験とどう違う?スイスの進路選びは「職業」から始まる

スイスにも受験はありますが、それが進路の中心ではありません。日本との違いは、多くの子どもにとって進路の出発点が「学校」ではなく「職業」にあることです。

スイスにもある早期の選別、ギムナジウム入試

スイスにも早い段階での選別はあります。大学進学を前提とした「ギムナジウム」に進むには、チューリッヒ州の場合、小学6年生または中学2〜3年生(いずれもスイスの学年)で入試に合格する必要があります。

ただし、ギムナジウムを経て大学入学資格(マトゥーラ)を得る若者は全体の2割ほど。受験は「みんなが通る道」ではありません。

多くの若者が選ぶ職業訓練という本流

スイスの若者のおよそ3分の2は、義務教育を終えた15歳前後で職業訓練の道に進みます。つまり、進路選びの軸は「どの学校に入るか」より「どの仕事を学ぶか」。13歳の職業相談は、この本流に向けた準備なのです。

13歳で職業選びが始まるのは、親としては少し早い気もします。それでも、自分と向き合い、どんな仕事に興味があるのかを考えていくこのプロセスこそが、子どもの自立を育む教育なのではないかと思えるようになりました。

働きながら学ぶ「デュアルシステム」とは?スイスの職業訓練の仕組み

15歳で職業訓練を選んだ若者は、どのように学び、働くのでしょうか。スイスの職業訓練を支える「デュアルシステム」の仕組みを見ていきます。

週の大半は職場、残りは職業学校

スイスの職業訓練は「デュアルシステム」と呼ばれます。見習い生は企業と契約を結び、週3〜4日は職場で実務を学び、残りの1〜2日は職業学校で理論や一般教養を学びます。

期間は職業により2〜4年で、修了すると国が認める資格が得られます。3〜4年制なら「連邦職業能力証明書(EFZ)」、2年制なら「連邦職業証明書(EBA)」です。対象となる職業はおよそ250種にのぼります。

参考:Swiss VPET System

見習い期間中も給与が出る理由

見習い生は「生徒」であると同時に「働き手」でもあるため、給与が支払われます。金額は職種や地域で異なりますが、1年目は月500〜1,000スイスフラン程度(約95,000〜190,000円。1スイスフラン=約190円で換算)から始まり、学年が上がるごとに増えていくのが一般的です。

企業にとっても、自社の仕事を理解した人材を育てられる投資になっています。実際に私の職場にも、15歳の女の子が職業訓練生として入社してきました。職場はホテルなので、キッチン・サービス・フロントオフィスと各部署を数か月にわたり経験していくそうです。

学生とはいえアルバイト感覚ではなく、一緒に働く一人の同僚として業務に取り組む点には、驚かされました。

林業・農業・木工も国家資格。地域の仕事の担い手を育てる循環

印象的なのは、林業作業員(Forstwart)、農業従事者(Landwirt)、家具職人(Schreiner)といった仕事が、事務職やIT職と同じ一覧に「職業訓練を修了すると得られる、国が認めた資格国家資格の取れる職業」として並んでいることです。

15歳にとって、森や畑で働くことは特別な選択ではなく、ごく当たり前の選択肢の一つ。地域の産業が若い担い手を自ら育てるこの仕組みは、担い手不足に悩む日本の地方にとっても大きなヒントになるはずです。

人気の職業と狙いやすい職業。目標を立てやすくする情報

施設では、職業ごとの「人気度」や見習い枠の空き状況も知ることができます。人気が集中するのは、商業事務職(Kaufmann/Kauffrau)や医療・介護の専門職、IT系の職業など。

一方で、建設や飲食などの分野では、見習い枠が埋まりきらない年も少なくありません。「この職業は競争率が高い」「この分野は枠に余裕がある」と具体的にわかると、子どもは現実的な目標を立てやすくなります。

第一希望と並行して、興味の近い別の職業を候補に入れておく。そんな「作戦会議」が自然と始まりました。

「好き」だけでは選べない。成績という現実

興味のある職業が見つかっても、そこで終わりではありません。職業選びには、成績という避けて通れない現実があります。

職業ごとに求められる学力水準とは

チューリッヒ州の中学校は、学力別のクラス(Aが最も高く、B、Cと続く)に分かれています。職業ごとに「このクラス以上が望ましい」という目安があり、どのクラスにいるかで応募しやすい職業がかわってきます。

多くの企業は、応募時に中学校の成績表に加え、「Multicheck」などの適性検査の結果も求めます。人気の職業ほど、求められる水準は高くなります。

好きな仕事と成績のギャップに、親子でどう向き合うか

「好き」を見つけたからこそ、成績が具体的な意味を持つ。「この仕事に就くために、あと何が必要か」という逆算は、偏差値のための勉強とは違う動機を子どもに与えてくれます。

たとえば、現在の息子の成績では選べる職業のリストに限りがあります。やりたいと思っても、成績が足りていないとその職業に申し込むことは難しくなります。

だからといって、絶対にその職業に就けないわけではなく、やりたい職業に進むために専門学校に行くという選択肢もあります。

次のステップは職業体験「シュヌッパーレーレ」

興味のある職業が絞れてきたら、次は「シュヌッパーレーレ(Schnupperlehre)」と呼ばれる職業体験です。

企業で数日から1週間ほど実際の現場に入り、仕事を体験します。写真で「いいな」と思った仕事が、実際にやってみても興味があるのかを確かめる機会です。逆に、思ってもいなかった職業に惹かれることもあります。

体験先の企業にとっては、将来の見習い生を見極める場でもあり、ここでの印象が採用につながることも珍しくありません。わが家でも、家族で話す中で、知人の仕事に息子が興味を持つかもしれないと気づきました。

そこで、知人の勤める会社がシュヌッパーレーレを受け入れているのか、問い合わせてみたところ、応募用のリンクを教えてもらい、選択肢の一つとして検討中です。

大学への道も閉ざされない。「後戻りできる」スイスの制度

「15歳で職業を決めたら、その後の選択肢が狭まるのでは」と心配になるかもしれません。

しかしスイスの制度は、後から進路を変えられるように設計されています。職業訓練と並行して、または修了後に「職業マトゥーラ」を取得すれば、応用科学大学(Fachhochschule)へ進学できます。

さらに追加試験に合格すれば、一般の大学への道も開けます。最初の選択が一生を決めるわけではない。この安心感が、15歳での決断を後押ししています。

日本で教育を受けてきた私には、スイスの仕組みに戸惑うこともあります。それでも、自分の将来と向き合う息子を見ていると、こうして一人ひとりを社会へ送り出していくのがスイスのやり方なのだと実感します。

スイスの職業選びは、「どんな仕事に心が動くか」から始まります。私にとっても、偏差値だけでは見えない息子の一面に気づく機会になりました。日本で暮らす家庭でも、まずは子どもと「どんな仕事が面白そう?」と話してみてはいかがでしょうか。一つの希望にこだわらず、興味の近い仕事や進学以外の道、林業・農業など地域を支える仕事にも目を向けてみると、子どもの将来を考える材料がきっと一つ増えるはずです。

アルパガウス 真樹

ライター

アルパガウス 真樹

スイス在住の40代主婦。息子とスイスの自然を楽しみながら、さまざまなアクティビティに挑戦。夏は森の中でのBBQやハイキング。海のないスイスでは、湖水浴が定番なので、夏季は湖沿いで過ごしたりSUPを楽しんだりしています。現地からスイスの自然との触れ合いをお届けします。