「アマゾン」と聞くと、多くの人は深い熱帯雨林を思い浮かべるかもしれません。しかし、私が暮らすペルーのアマゾンには、かつて森林だった場所が牧草地へと変わった地域も数多く存在します。私たちが活動するキズナ農場も、その一つでした。今から十数年前、農業の専門家ではない友人5人が少しずつ資金を出し合い、約10haの土地を購入しました。

今回は、キズナ農場がどのように始まり、草原だった土地を森へと育ててきたのか、その歩みを私自身の体験を交えながらご紹介します。

最初に目指したのは森ではなく、サチャインチ農場だった

当時の私たちには、「アマゾンで環境保全や森林農法を通じて何か面白いことを始めたい」という思いはありましたが、本格的な農業経験はありません。そこで地域の農業技師たちから助言を受けながら、試行錯誤の日々が始まりました。

しかし後になって気づいたのは、私たちが向き合っていたのは農業だけではなかったということです。

課題に立ち向かうことで、土地について学ぶ

私たちが最初に目指していたのは、サチャインチを中心としたアグロフォレストリーモデル農場を作ることで、森を作ることではありませんでした。

当時、私たちはNPO法人アルコイリスやNGOキズナアマゾニカの活動を通じて、JICAの支援事業にも携わっており、その一環として、約2haの土地にサチャインチを植え、森林再生と農業収入の両立を目指していたのです。

サチャインチはペルー原産の植物で、栄養価の高い種子を収穫できることから、当時大きな期待が寄せられていました。植え付け当初は順調に見えましたが、実際のアマゾンでの農業は私たちが想像していたよりもはるかに厳しいものだったのです。

私たちが直面した課題は数え切れません。

・病害虫による被害
・病原微生物による枯死
・エルニーニョやラニーニャによる異常気象
・近隣の焼畑から燃え移る火災のリスク
・牧草の圧倒的な生命力

せっかく植えたサチャインチや苗木が思うように育たず、私たちは何度も試行錯誤を繰り返しました。今振り返ると、それは失敗というよりも、この土地について学ぶための時間だったように思います。

サチャインチ栽培に取り組むなかで見えてきたのは、作物だけを無農薬で育てようとしても限界があるということ。まず必要だったのは、植物が健全に育つ環境そのものを回復させることでした。その気づきが、その後のキズナ農場の方向性を大きく変えることになったのです。

森を育てる前に土を育てる

転機になったのは、地域の自然や植物に深い知識を持つリンドルフィスさんからの助言でした。彼はもともとシャーマンとして活動していた人物です。

「まずは成長の早い木を植えていこう」

それまで私たちが考えていた“収穫できる植物を育てよう”という方向とは少し違うものでした。リンドルフィスさんは、まずは植物が健康に育つ環境を作る必要があると考えていたのです。

そこで、
・グアバ(Guaba)
・グアヤバ(Guayaba)
・セナ(Senna)
・パシャコ(Pashaco)
など、成長が早く、土壌を改善し、日陰をつくる樹木を積極的に植えるようにしました。

すると少しずつ景色が変わり始めます。
・木々が成長して日陰が増える
・土に落ち葉が積もる
・牧草の勢いが弱くなる
・以前は育たなかった植物が育つようになる

私たちはそこで初めて、森が育つ環境そのものを育てなければならないことを学びました。森は木を植えるだけでは生まれないのです。

十年かけて見えてきた変化

森づくりは、すぐに結果が見える仕事ではありません。1年ではほとんど変化を感じられないこともあります。しかし10年近く経った今、かつて牧草地だった場所には二次林が育ち始めています。変化は少しずつ現れました。

・木陰が増えた
・落ち葉が積もるようになった
・土の湿り気が保たれるようになった
・以前は育たなかった植物が育つようになった

そして何より、大きく変わったのは生きものたちです。農場を始めた頃によく見かけたのは、ハゲタカやトカゲ、イグアナなどでした。しかし5年ほど経った頃から、少しずつ違う動物たちの姿を見かけるようになりました。

・サル
・ヘビ
・アルマジロ
・カワウソ
・数え切れないほどの鳥たち

ある日突然変わるのではなく、気がつくと以前はいなかった生きものたちが少しずつ姿を見せるようになっていきました。現在ではアマゾンの果樹も数多く育っています。けれど収穫の時期になると、私たちより先に動物たちが食べてしまうことも少なくありません。

最初は残念に感じたこともありました。しかし今では、それも生きものたちが戻ってきた証拠の一つだと考えています。人間だけの農場ではなく、多くの生きものたちと共有する空間。それもまた、森を育てるということなのかもしれません。

衛星画像を見ると、農場の周囲には牧草地や農地が広がり、数kmにわたってまとまった森林がほとんど残っていません。だからこそ、この小さな森に多くの生きものが集まってくるのかもしれません。昔の写真を見るたびに、この土地が少しずつ変化してきたことを実感します。

私たちはまだ学びの途中

現在のキズナ農場では、果実や植物を育てるだけではありません。

・草木染め
・発酵食品づくり
・アマゾンの果実
・アマゾンハーブ
・森の植物との出会い
・農園で見つけた生きものたち
・心と身体を整えること

などにも興味を持ち、日々楽しみながら学んでいます。そうした活動を通じて感じるのは、森にはまだ私たちの知らない価値がたくさん残されているということです。私たちは農業の素人として、この土地で農場づくりを始めました。

様々な外部要因に左右されながらも、サチャインチをアグロフォレストリーの入り口として、この土地と向き合い、森を育てることの意味を学んできました。そして今も、その学びは続いています。

木々が育ち、生きものが戻り、人が集まり、新しい発見が生まれる風景を見るたびに、森づくりとは木を植えることだけではなく、生きものたちが戻ってこられる場所を少しずつ増やしていくことなのだと感じます。

アマゾンは遠い場所に感じられるかもしれません。しかし、植物を育てることや自然を観察することの楽しさは、きっとどこに住んでいても共通です。

この農場での試行錯誤が、自然との新しい向き合い方を考えるきっかけになればうれしく思います。

橘谷エルナン

ライター

橘谷エルナン

ペルー・アマゾン在住の日系人。森と共に暮らしながら、植物染めや森林農法、地域の食文化を探求。日本とペルーをつなぐ通訳・翻訳者として活動し、自然と人の関わりをテーマに執筆している。