地球の環境改善が注目される近年、持続可能性の観点から脚光を浴びているのが“緑肥”です。筆者の住むイタリアでは古代から緑肥の風習がありますが、近年は緑肥の花畑の美しさが知られるようになりました。名のあるワイナリーのブドウ栽培で緑肥が採用され、ワインの価値を上げている例もあります。イタリアの春を彩る緑肥の数々と、その多面的な効果を紹介します。
学校の敷地内に広がる農園、華やかな春

私の娘が通う学校は、17世紀に建てられた貴族の別荘内にあります。広大な敷地内には、複数の学校と幼稚園、アグリツーリズモ、農業の研究機関などが同居。ブドウ畑やオリーブ畑が広がり、にぎやかな子どもたちのおしゃべりとトラクターがとことこと走る音が交差する空間です。春の学校はとてもカラフル、それは緑肥というシステムのためです。
ブドウ畑にはソラマメ、オリーブ畑にはデイジー
本来の収穫物とは異なる植物が植えられている――そのことに気がついたのは、娘を学校に送迎し始めてまもなくのことでした。春、この辺りで有名な白ワインの原料となるブドウの畑には、ブドウとは関係のない植物の葉が青々としています。ブドウの木はまだ葉もつけていない状態だけに、周りに植えられた植物のみずみずしさが印象的でした。
調べたところ、この植物はソラマメ(Favino)。イタリアでは伝統的に、ブドウ畑やオリーブの畑に植えられることが多いそうです。
畑の緑肥は毎年変わる。去年はセイヨウナタネ、今年はクローバー
この野菜畑の緑肥は毎年変わるようで、昨年は鮮やかな黄色のセイヨウナタネが畑の一面を覆っていました。その土を利用して栽培されていたのはサニーレタス。アグリツーリズモのレストランで使われたり、料理学校の生徒たちも実習で使ったようです。
今年の春の畑は、クローバーやイネ科の植物が植えられ、一面が緑色。緑肥をすき込んだ土を活用してどんな野菜を栽培するのか、今から楽しみです。
農園で子どもたちが朗読する農耕詩“土地を休ませて豆を植えよ!”
4月から5月にかけて、子どもたちは農園で授業をすることが珍しくありません。私の娘は古代ギリシアやローマの言語と哲学を学ぶ学校に通っています。ときにはオリーブ畑から、ラテン語の詩を朗読する声が聞こえてくることもあります。
5月のある日、聞こえてきたのはヴェルギリウスの“農耕詩”。古代の農業の実践的なルールをリズミカルに歌ったものです。耕作に関する第1巻には、“土地を休ませて豆を植えよ”と記されており、これは土壌を豊かにするための“緑肥”であったと考えられています。
実際、緑肥は古代ローマ時代から知られた農業技術のひとつ。近年再び脚光を浴びているシステムです。
緑肥とはなにか?化学肥料とは異なる優しい作用

SDGsへの関心の高まりや、化学肥料の価格高騰を背景に、近年注目を集めているのが“緑肥”です。収穫を目的とするのではなく、環境づくりのために植物を育て、そのまま土に還す——とてもシンプルな手法です。緑肥が果たす役割は多様で、土壌を豊かにし、生態系を守り、農業の未来を切り開く可能性を持っています。
春のイタリアで目にするさまざまな植物も、緑肥の一部。緑肥とはどのような仕組みなのでしょうか。
日本でもよく見られた“レンゲソウ”は緑肥のひとつ
“緑肥”という言葉は知らなくても、かつての日本の春の風景であったピンクのレンゲ畑を覚えている方は多いのではないでしょうか。あの懐かしい花畑こそが、代表的な緑肥のひとつでした。
実はレンゲソウもマメ科の植物。土壌を豊かにする効果を持っています。春に花を咲かせたレンゲソウは、土にすき込まれ、生きた肥料となっていました。
緑肥のシステム
植物を土に還すという緑肥は、どのような仕組みで土を豊かにするのでしょうか。
緑肥は、化学肥料のように“栄養分を加える”システムではありません。緑肥を土にすき込むことで、より多くの有機物の供給を促す仕組みです。植物は土壌中で微生物によって分解され、養分が有効化します。
緑肥と同じくオーガニックのイメージがある堆肥は、地表に散布されます。一方緑肥は、長い根が深い層まで達するため、土壌を砕いて通気性をよくしたり排水性を高めるという働きがあるのです。
緑肥の品種によっては、揮発性の殺虫物質を分泌するものもあり、病害やセンチュウ害から守る働きも認められています。
緑肥の代表、マメ科とイネ科の特徴
緑肥の代表とされているのが、レンゲソウやクローバーも含むマメ科とオオムギなどのイネ科の植物。それぞれの特徴を生かして、土壌を豊かにしてくれます。
マメ科の植物の最大の特徴は、根に共生する根粒菌(こんりゅうきん)のはたらきで空気中の窒素を土中に固定できることです 。窒素は、土中の微生物を育てたり、作物の成長を促す大切な要素。マメ科の植物は、窒素を固定させて土に栄養を与えるのです。
イネ科の植物は、土のリフォームのような役割を果たします。大量の有機物を生成したり、土壌の質を長期的に安定させたり。マメ科とイネ科の植物を同時に緑肥にする“混播(こんぱ) ”もよく知られています。
参照:
農文協編『緑肥で土を育てる』2023年、農山漁村文化協会
Fondazione Edmund Mach :Valore agronomico del sovescio in vigneto
Fondazione Meets:Nota su distribuzione, produzione interscambio commerciale dei fertilizzanti in Italia
緑肥が注目される理由:その①温暖化防止に役立つ

近年は、農業においても地球温暖化対策が急務となっています。緑肥は化学肥料の代わりになるというだけではなく、温暖化の緩和にも一役買うといわれています。その理由をお伝えします。
CO₂を土の中に閉じ込める“カーボンファーミング(炭素貯留農業)”
地球温暖化の原因のひとつが、二酸化炭素(CO₂)です。そのCO₂を土の中に“有機炭素”として蓄積する方法を、“カーボンファーミング(炭素貯留農業)”といいます。
緑肥として育てられた植物が光合成によって取り込んだCO₂は、土にすき込まれて肥沃度を高めます。同時に、大気中の温室効果ガスを削減する具体策にもなっています。
生産時に大量のCO₂を排出する化学肥料の使用を軽減
化学肥料は製造の段階で膨大なエネルギーを消費し、大量のCO₂を排出します。イタリア国内で使用される肥料原料の多くも海外からの輸入に依存しているため、長距離輸送にともなうCO₂排出も無視できません。
緑肥によって化学肥料への依存度を下げれば、必然的にCO₂の排出量を削減できます。
種をまくだけだから手間も肥料も抑えられる
市場で肥料を購入する場合と比較すると、緑肥は極めて低いコストで効果を得ることができる方法です。経済性だけではなく、種をまくだけという手軽さもメリットのひとつ。
地球に優しく、財布にも優しく、手間も抑えられるのが緑肥の特徴です。
参照:
農文協編『緑肥で土を育てる』2023年、農山漁村文化協会
Fondazione Edmund Mach :Valore agronomico del sovescio in vigneto
Fondazione Meets:Nota su distribuzione, produzione interscambio commerciale dei fertilizzanti in Italia
緑肥が注目される理由:その②景観が美しくなる

緑肥の中にはきれいな花を咲かせるものが多く、景観の向上に役立つケースもあります。土壌を豊かにするという実利のほかに、観光による経済効果も期待できます。
色鮮やかな緑肥
きれいな花を咲かせる緑肥にはどのようなものがあるのでしょうか。
娘の学校に咲いていたアブラナ科の鮮やかな黄色、トスカーナのブドウ畑でよく見かけるクリムソンクローバーの深紅、イタリア野菜の緑肥向きといわれるファセリアの青色など、鑑賞として楽しめるものも多数あります。
緑肥による絶景が話題になることも
春のイタリアでは各地で緑肥が見られますが、農業が盛んなトスカーナ州では、美しい景観と相まって絶景となることも。
キャンティやボルゲリなどのワインの名産地では、赤いクリムソンクローバーが咲き誇ります。車や電車で移動中、車窓から畑を埋める緑肥が見えることもあり、観光客だけではなく地元の人の目も楽しませてくれます。
参照:
Coltivazione Biologica:La concimazione naturale dell’orto con il sovescio di leguminose
緑肥が注目される理由:その③ワインの価値を上げる

緑肥は、ワイン生産においても注目されています。生態系を整えるアプローチによって 、ワインの味わいと価値が向上するためです。
テロワールを豊かにする
ワインの味を左右するテロワールは、緑肥によってより豊かになるといわれています。人工的な肥料ではなし得ない、その畑独自の特徴を引き出すためです。
ビオワインの品質を支える
フランスの名門シャトーでも導入されているビオディナミ農法や有機農法。それを支える技術のひとつが、緑肥です。“化学肥料を使わない”という理由だけではなく、ブドウ畑の健全性を守ることで、ビオワインの品質を支えています。
ビオディナミワインについてはこちらもチェック
豊かな生態系が生み出す“ワインという物語性”
緑肥の花が咲き乱れ、花粉を運ぶ昆虫、土壌微生物の動きが活発になる――そのイメージは、“どのような味か”というだけではなく“どのように作られたのか”というストーリー重視のワインファンを惹きつけています。
緑肥にはデメリットもある。今後の課題

緑肥にはもちろん、デメリットもあります。今後の課題も含めて紹介します。
タイミングと管理の必要性
緑肥は、土にすき込むタイミングを間違えると腐敗し、病害虫を招くことがあります。また緑肥が雑草化する可能性もあるため、適切な管理が必要です。
とくに日本で緑肥を行う場合、高温多湿の気候が弊害となることもあります。緑肥の植物が育ちすぎたり、分解が急激に進む、病害虫の温床になりやすいなどの課題も多数。日本の研究機関では、高温多湿に強い植物を緑肥として使用する取り組みが勧められています。
養分の奪い合いが起きることも
乾燥地帯で緑肥を用いると、本来の作物であるブドウなどの樹木が摂取すべき水分や養分を奪ってしまうケースもあります。土地や環境の綿密な調査の上で行う必要があります。また混播の設計の難しさを克服する必要も。
日本は農地の面積が小さかったり、傾斜地が多いなど、地理的な問題も抱えています。すき込みのための機械の使用が制限されるなど、今後の課題になっています。
化学肥料にはないステップがある
種をまく作業自体は簡単で、化学肥料のような購入コストも大幅に抑えられます。一方で、土へのすき込みという緑肥ならではのステップが、スケジュールの中に加わることになります。
参照:
Best4soil:SOVESCI E COLTURE DI COPERTURA: VANTAGGI E SVANTAGGI
農業・食品産業技術総合研究機構:緑肥利用マニュアル
農林水産省:水稲栽培におけるマメ科緑肥と流し込み追肥の取組
ライター
cucciola
ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。
学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。
アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。