日本では、※2012年から本格的にサービスを開始した「シェア畑」。都市生活者でも小さな区画を借りて野菜づくりを楽しんでいます。一方スイスでは「畑を借りる」文化が150年以上前から社会に根付いています。100〜300㎡の区画を年間約3万円〜10万円と較的リーズナブルに借りられることもあり、シェア畑は多くの人に親しまれています。人気エリアでは、空きができるまで数年待つこともあるそうです。「便利さと引き換えに、都市生活者が失ったもの」その答えは、土の上にありました。
※参考:AGRIMEDIA
スイスで人気の「シェア畑」とは?

スイスでは、都市に住みながら土に触れる暮らしを楽しむ人が多くいます。その背景には、ドイツ発祥の「クラインガルテン(小さな貸し庭)」という文化があります。
ドイツ発祥のシェア畑がスイスにも広がった
スイスのシェア畑文化のルーツは、19世紀半ばのドイツにあります。産業革命下のドイツ・ライプツィヒで、都市生活者の健康を守るために誕生した「クラインガルテン(小さな庭)」という仕組みがその始まりです。
その概念は、19世紀末には国境を越えてスイスへと伝わり、以来150年以上にわたって社会の重要なインフラとして機能し続けています。
特に大きな転換点となったのは、世界大戦時でした。深刻な食糧不足に直面した際、政府が都市部の空き地を耕作地として解放したことで、単なる趣味の場から「国民の命を支える生産拠点」へとその価値が確立されました。
現在、スイス全土には約25,000区画を超えるファミリーガーデンが存在すると言われています。当初の「食料自給」という目的は、時代を超えて「生物多様性の保護」や「コミュニティ形成」といったサステイナブルな役割へと進化してきました。
150年という長い年月をかけて、スイスの人々は「土を耕すこと」を一時的なブームではなく、揺るぎない生活文化として根付かせてきました。実際に利用しているご近所さんとシェア畑に行ってきましたが、そこには都会のオアシスが広がっていました。
アパート暮らしでは味わえない小庭のような場所。「ガーデンハウス(小屋)」で、BBQを楽しんだり週末の一時を楽しんだりと、まさに「別荘」のような役割を果たしているように見えました。
※参考:Klein Garten
どんな場所にあるの?

シェア畑は、住宅街の一角や線路沿いなど、スイスでは意外な場所に畑が広がっています。こうした風景は、スイスの日常の一部として深く根付いています。
スーパーで野菜を買う「結果だけの消費」に対し、シェア畑を楽しむ人たちは、種をまき、天候に気をかけて雑草を抜くという「不便なプロセス」にこそ、人間らしい充実感を見出しています。あえて「生産する場」を生活圏内に残し続けているのもスイスの特徴です。
実際のシェア畑の現状

効率やスピードが重視される現代社会。シェア畑に通う人びとは、あえて手間暇をかけることで、私たちが失いかけていた「時間の流れ」や「生命の手応え」を取り戻しています。
・環境への配慮:除草剤の使用は厳格に制限されており、通路の雑草などはすべて手作業で取り除かなければなりません。
・コンポストの義務化:生ゴミを土に還元する循環型システムが、制度として確立されています。
・景観の維持:隣人の庭が木で影にならないように、植栽の高さや境界線からの距離が定められています。
・建築の制限:ガーデンハウスを立てる際も、コンクリートの基礎の使用が禁止されているなど、将来的に土地を自然な状態に戻せるような配慮がなされています。
一見厳しく思えるこれらの制約こそが、消費するだけでなく、土を「育てる」責任を人々に認識させます。「便利さ」の中で私たちが忘れかけていた「自然の循環の一部である」という感覚を、これらのルールが呼び覚ましてくれるのです。
休暇としてのガーデニング
スイスの人々にとって、畑は単に野菜を収穫するだけの場所ではありません。遠くの海外リゾートへ行かなくても、週末に畑にいき、土をいじり、採れたてのトマトをその場でかじり、パラソルの下で読書をする。
そんな「休日を過ごすような日常」が、彼らにとってウェルビーイングの源泉となっています。
コミュニティとしての機能

都市生活では隣人の顔さえ知らないことも珍しくありませんが、ファミリーガーデンには「心地よい距離感」のコミュニティが存在します。
「干渉し過ぎない」というマナーを守りつつも、収穫が多過ぎた時に分け合ったり、育て方のコツを教えあったりする関係性があります。私も実際にシェア畑に連れて行ってもらいましたが、その際に採れたてのルバーブをいただきました。
お店でしかみたことのなかった食材がどのように育っているのかを自分の目でみて、「食べ物はスーパーの棚で生まれるものではない」という当たり前の、けれど都会では忘れがちな事実を肌で感じられました。
また、人種や職業の違う人々が「土」という共通言語を通じて触れ合うことで、孤独になりがちな生活における緩やかなセーフティーネットとして機能しています。
日本でもできる土に触れる環境

スイスの豊かなファミリーガーデンの話を聞くと、「スイスだからできることで、日本では難しい」と感じるかもしれません。しかし、日本でも「失ったもの」を取り戻すためのアクションはすでに始まっています。
市民農園・シェア畑を探す
2012年にスタートした「シェア畑」は、今や全国に広がっています。たとえば、手ぶらでスタートできる場所なら、道具・苗・種・肥料などが全て用意されているので、思い立ったらその日から始められます。
そのほかにも、初心者へのサポート「菜園アドバイザー」が常駐しているサービスを選べば、知識がなくても失敗せずに野菜作りを学べます。
※参考:サポート付き菓子農園シェア畑
もっと身近に、小さく始める

「畑を借りる」というステップはハードルが高いと感じるなら、さらに小さな一歩から始めてみましょう。
・ベランダ菜園:ライフスタイルにも合わせやすいベランダ菜園。プランターでハーブやミニトマトは初心者でも失敗が少なく、収穫の喜びを早く味わえます。
・コンポストの導入:最近では都市部のマンションでも支えるおしゃれなバッグ型のコンポストなどもあり、自分の出した生ゴミが土へと還る「循環」を自宅で体験できます。
コンポストの始め方はこちらをチェック
小さな鉢植えであっても、土に触れ、毎日変化する植物の姿を眺める時間は、スマートフォンの画面を眺める時間では決して得られない心の平穏をもたらしてくれますよ。
シェア畑は単に、「野菜をてに入れる場所」ではありません。私たちが便利さと引き換えに手放してしまった「季節の移ろいを感じる余裕」「自然や他者との穏やかな繋がり」を取り戻す場所です。便利すぎる日常に少しだけ疲れを感じたとき、その答えはきっと足元の「土」の上にあります。まずは見学に行ってみる、あるいはひとつぶの種を撒いてみることから、サステナブルで豊かな人生の再構築を始めてみませんか。
ライター
アルパガウス 真樹
スイス在住の40代主婦。息子とスイスの自然を楽しみながら、さまざまなアクティビティに挑戦。夏は森の中でのBBQやハイキング。海のないスイスでは、湖水浴が定番なので、夏季は湖沿いで過ごしたりSUPを楽しんだりしています。現地からスイスの自然との触れ合いをお届けします。