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山小屋は、登山者が立ち寄り飲食したり宿泊したりできるありがたい存在。アクセスが容易ではない山小屋に、物資はどのように運ばれるのでしょうか?山小屋への物資運搬法のひとつ、人が荷を背負って担ぎ上げる歩荷(ぼっか)についてお話したいと思います。

山の物流は歩荷におまかせ

歩荷 仕事

山の中腹にある山小屋。山小屋は登山者に飲食物を提供する施設で、宿泊できるところもあります。人が生活するうえで必要となるあらゆるもの、水をはじめ、食料・飲料・調味料・調理器具・寝具・電源機材・薪など。これらは山小屋には欠かせないものです。

そういった物資が山小屋に運び込まれなければ、山小屋の営業は成立しません。山小屋までの物資搬送の方法は、おもにヘリコプターか、人力によるもの。ヘリコプターを飛ばすのは高額なうえ、地形や気象などの条件が関わるのもあって、そうそう頼めるものではありません。

そのようなわけで、山小屋によっては、人力で運ぶのがメインとなるところもあります。背負子(しょいこ)というものに荷物をくくりつけて、麓から山小屋まで背負って運ぶのです。荷物の重さはそのときどきで違いますが、20〜50kgくらいがメインだと思います。

運ぶものは季節などによって異なりますが、登山者用の水やペットボトル類、宿泊者に提供する食材など、多岐に渡ります。

私が歩荷になったきっかけ

表丹沢にある花立山荘の歩荷やスタッフをしている私が歩荷を始めたきっかけは、移住と、花立山荘のオーナーとの出会いです。

花立山荘にはじめて足を踏み入れたのは、記憶が定かではありませんが、20年ほど前でしょうか。当時は千葉県の浦安に住んでおり、休日になると朝早く起床して電車とバスを乗り継ぎ、表丹沢の玄関口である大倉まで通っていました。

それから月日は流れ、約10年前に神奈川県の藤野に移住し、北丹沢山岳センターに勤務することに。そこではトレイルランニングの大会運営事務局に籍を置いていました。北丹沢12時間山岳耐久レースや、東丹沢宮ヶ瀬トレイルレースなど、丹沢や陣馬山をおもなフィールドとしていました。

私自身トレイルランニングが好きで、丹沢はホームフィールドでもありました。そして、なじみのある花立山荘に立ち寄るようになり、オーナーの高橋守さんに気に入られて、山小屋スタッフをするようになったのです。

歩荷 仕事

歩荷の仕事ははじめてです。未経験の私がはじめて背負ったのは、たしか約40kg。その重さはとてもずっしりしていて、顔や身体から汗を吹き出しながら担ぎ上げた記憶は今でも忘れられません。

歩荷 仕事

とくに両肩にかかる圧迫感がすごく、両肩をリラックスさせるため、両手に持ったストックに背負子の荷物を預けて、何度も何度も休憩するというぐあいです。オーナーの高橋さんはというと、私よりも荷物が断然重いはずなのに、いとも簡単そうに山を登っており、驚愕したものです。

ヘリでの運搬も意外とたいへん

勤務先の北丹沢山岳センターが蛭ヶ岳山荘の運営をしていたこともあり、ときおり蛭ヶ岳山荘のお手伝いもしていました。とくにゴールデンウィーク・夏休み・年末年始など、繁忙期には泊まりこみで働きました。

山小屋の仕事は、接客はもとより、掃除・ゴミ処理・料理や配膳・発電機の管理・宿泊者への布団準備・物販の在庫管理・予約の電話応対・あらゆるものの修繕など、とても多いもの。なかなか休めないこともあります。

歩荷 仕事

蛭ヶ岳山荘では、春と秋にヘリコプターで物資搬送をしていました。とはいっても、これはこれでたいへん。朝早く起きて、ヘリコプターに吊り下げる準備をして、モッコ(網)に包んで、数名がヘリコプターに乗り込みます。山小屋に着いたら、モッコの荷物を解いて、小屋に運んで仕分です。

歩荷 仕事

それと同時に、山小屋から降ろすためのゴミをヘリコプターに吊り下げる準備もします。山小屋に到着した荷物を仕分けているあいだにも、ヘリコプターは地上と山小屋とを往復中。そうこうしていると、次の荷物がヘリコプターで運びこまれてくることに!そのスピードはとても早く、休んでいる暇などありません。

歩荷のリアルな日常

登山者のみなさんがそうであるように、歩荷する日の朝は早くからスタートします。

丹沢の場合、登山者の多くが大倉バス停(神奈川中央交通)という、表丹沢の玄関口ともいえる登山口から入山します。私は小田急線渋沢駅で、始発バスよりも少し前にオーナーの高橋守さんと待ち合わせし、彼の車で戸沢登山口へ。戸沢は大倉バス停よりももう少し奥の登山口です。

戸沢登山口に着いたら、各々の背負子に荷物をくくりつけて背負います。飲み物は取り出しやすいように、季節を問わず、背負子の荷物とゴムロープの間に挟み込みます。当然、冬よりも夏の方が汗をかきますので、塩分補給のために塩をパンツのポケットにしのばせておくこともあります。

背負子を背負って歩荷するルートは、戸沢登山口からの天神尾根です。天神尾根は時間短縮できるコースではありますが、丹沢でも最急登クラス。戸沢登山口は標高が約580mなのに対し、大倉バス停からの大倉尾根(バカ尾根)と天神尾根との合流地点が約1128mです。

天神尾根は、おおむねブナの樹林帯を縫うような急登です。丸太階段や杭が崩れているところが多く、荒れた箇所もあります。いわゆる上級者向けコースです。

歩荷 仕事

背負子を背負い、登り始めてしばらくすると、体が温まり、全身から汗をかき、鼻水もたらりたらりと垂れてきます。荷物の負荷がかかった背負子のハーネスが肩を圧迫して疲労感のくる頃です。ですので、顔を上げて、上をできるだけ見ないように心がけています。

途中、登山者に「お疲れさまです」とねぎらいの言葉をかけていただくこともしばしば。疲労軽減のため、歩荷には声をかけないマナーを推奨している場所もあるそうですが、声をかけられたらできるだけ「ありがとうございます」と返事をするようにしています。

花立山荘にたどり着いたら、荷解きをして、整理整頓しながら台所・冷凍庫・ストック場などへ。賞味期限があるものは、古いものが手前に、新しいものが奥になるように収納します。ペットボトルなどは賞味期限を箱にマジックで明記しておきます。

着替えを済ませて、ある程度落ち着いて登山者を迎え入れる準備ができたら、山小屋のOPENです。

歩荷が山で注意していること

歩荷 仕事

熱中症対策のためにボケットにしのばせた塩は、丹沢エリアに生息するヤマビル対策もかねています。

ヤマビルは血液の凝固を妨げる物質『ヒルジン』を出しながら吸血する生物で、吸血することで産卵して増えていきます。ヤマビルに塩をかけると縮んで溶けてしまうので、歩荷中にヤマビルを見つけたら、持参した塩をかけて駆除するのです。

歩荷 仕事

歩荷する日には、風が強い日があれば、雨降りの日もあります。山の天気は変わりやすいので、耐風防水対策には用心しています。ある夏の日、山小屋からの下山中、戸沢登山口付近の沢が大雨の影響で渡渉できないくらい増水したことがありました。

このときは、下りてきた天神尾根をしぶしぶ登り返し、大倉尾根をたどり大倉バス停まで下山しました。通い慣れた登山道とはいえ、万が一のことに備えて、ヘッドライトやエマージェンシーシートなどは最低限携行しています。

歩荷の仕事は、正直、辛いときもあります。登っている途中に背負子の紐が切れたり、雨の影響で荷物が荷崩れしたりということもあります。私自身、骨盤ヘルニア・変形性膝関節症・外反母趾を患い、トレーニングが欠かせません。ですが、汗だくになりながら、荷物を山小屋まで担ぎ上げたときの達成感は、なんともいい難いものです。これからも、歩荷の達成感と登山者のために、歩荷を続けたいと思います。

ライター

KENZIX

長年にわたり雑誌記者や編集者等を経験した後、現在はトレイルランニングの大会運営に携わる。また山小屋スタッフとしても活動中。神奈川県山岳連盟会員。神奈川森林塾8期生。