3度目の出場を果たす平昌オリンピック
アルペン競技では、出走順が後になればなるほどコースが荒れてしまい、タイムを競う競技なので先に滑る方が圧倒的に有利になります。
この出走順は、毎年世界中を転戦するFISワールドカップでのランキングにより決まり、上位15名を「第1シード」、更にそのなかでも上位7名が「トップ7」と呼ばれます。
オリンピックや世界選手権でも、このランキングより出走順が決まりますので、ワールドカップでの成績がオリンピックでの成績に大きく関与することになります。
9歳からアルペンスキーのレーシングチームに所属していた湯浅選手は、若い頃から世界でも認められる存在で、2003年には、毎年18歳から24歳までの世界の優秀者に贈られる「マテオ・バウムガルテン賞」を受賞しています。当初はワールドランキングによる出走順に苦しめられ、2本目にすら進めない試合が続きました。
しかし、2005年にはアルペンスキー世界選手権で18位、ワールドカップでも7位入賞を成し遂げ、ランキングアップに成功。2006年自身初のトリノオリンピックを迎えます。
トリノオリンピックでは、同じく日本代表の皆川賢太郎選手が4位、湯浅選手が7位とふたりの入賞者を出し、日本アルペンスキー勢としては50年ぶりの快挙となりました。
トリノオリンピック入賞により第2シード(ワールドカップランキング30位以内)となり、次の2010年バンクーバーオリンピックでも活躍が期待されましたが、代表選考会で第1シード経験者でもあった皆川賢太郎選手、佐々木明選手に続く3位となり代表落ちとなってしまいます。
その後もワールドカップ、世界選手権などで成績を上げ、2014年には念願の第1シードを勝ち取り、ソチオリンピックを日本のエースとして迎えます。
結果は途中棄権となり不完全燃焼の大会となってしまいました。
日本選手のトップを走り続け、再びエースとして迎える自身3度目の平昌オリンピックは、ソチのリベンジでもあります。
湯浅選手のこだわりと魅力
湯浅選手の魅力は、攻撃的な強気なアタックで攻める滑りでしょう。
時に玉砕も伴うリスキーな滑りは、途中棄権も多いのですが、ツボにはまった時の滑りは、世界的にもトップクラスの爆発力があります。
また、湯浅選手が使用しているスキーは、日本国内で企画、開発、製造している「HART」というブランドです。
ほとんどのトップ選手がヨーロッパ製のスキーを使うなか、湯浅選手だけが純国産製のスキーを使用して、選手のみならず機材も含めて日本人が優勝するというこだわりを持っています。
2012/2013シーズンの、FISワールドカップイタリア大会では3位となり、日本国産スキーで日本人が表彰台に初めてあがる快挙を成し遂げました。
ヨーロッパ主流のアルペンスキー界で、スタッフ、サポーターも含めた日本人の活躍が期待されます。
満身創痍で挑む不屈の精神
攻撃的でリスキーな滑りをする湯浅選手は、けがとの戦いの連続でした。
7位入賞を果たしたトリノオリンピック前年にも、膝の軟骨が欠けてしまうほどの重傷を負うも、半年間痛み止めを飲み続け、オリンピック出場のため手術を回避していました。
2012/2013シーズン自身初のワールドカップ表彰台に上がった時も、激しい腰痛に苦しみながらの快挙でした。
前回のソチオリンピックでも、直前のワールドカップで骨折が判明。手術を余儀なくされ、出場すらも危ぶまれましたが、リハビリを続け見事にソチのレースに立ちます。
今回の平昌オリンピック目前にも、古傷の左膝がMRIによる検査で、骨挫傷であることが判明します。治療によりワールドカップを2戦続けて欠場。
復帰戦となる前回2018年1月14日に行われたスイスウェンゲンのワールドカップでも、2回目に旗門不通過により失格となってしまいます。
第2シード枠によるスタート順が濃厚の平昌オリンピックですが、これまでも不屈の精神で乗り越えてきた湯浅選手の、気迫あふれる滑りが期待されます。
日本でのアルペンスキーの未来
日本でのウインタースポーツ界は、ヨーロッパやアメリカと比べ、環境が整っていないことが、選手育成の問題点となっています。
アルペンスキーでのエースと呼ばれる湯浅選手ですが、次に続く選手の台頭が望まれています。アルペンスキーではワールドカップでのランキングが出走順となるため、世界を転戦するための経済力が不可欠です。
野球やサッカーのようなメジャースポーツとは違い、スポンサー料やTV放映権などが格段に安いのが現状です。若い選手を世界レベルで経験させるためには、破格の渡航費用がかかります。
湯浅選手をはじめとした現役のトップ選手が、オリンピックという大舞台で活躍することは、競技のイメージを高め、広告や協賛をする企業を増やすことになるとは思います。
しかし、選手だけに未来を託すのはあまりにも酷です。
ウインタースポーツ後発国だったアメリカが、ショービジネスで成功し、その収益が選手に還元され強くなったように、日本でも新たな改革が待たれます。
日本のアルペンスキーを長年けん引してきた湯浅選手の活躍が、未来のオリンピック選手を夢見る子どもたちの、憧れとして記憶に残るオリンピックになることを期待します。
ライター
Greenfield編集部
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