スイスで冬を迎えると、花屋に並ぶアドベントキャンドルや窓辺の灯り、クッキーの甘い香りが、季節の深まりをそっと教えてくれます。寒さに備えるだけだった冬が、“整えて迎える季節”へと変わったのは、手を動かす時間の大切さに気づいてからでした。今回は、スイスの冬支度から学んだ、寒い季節を味わいながら整えるアイデアを紹介します。
スイスで気づいた「整えて迎える」季節の過ごし方

冬になると、スイスの街には、ゆっくりと季節を迎えるための空気が漂い始めます。
11月後半、ひんやりとした空気が頬に触れるころ、花屋の店先にはコニファーの葉や木の実、赤いリボンで飾られたアドベントキャンドルが並びます。この光景を見るだけで「あぁ、冬支度が始まるんだ」と心がふっとほぐれるのです。
アドベントキャンドルは特別なものではなく、多くの家で冬になると行われるポピュラーな「季節の習慣」です。日本でいう「お正月飾り」や「歳神様を迎え入れる準備」のように、宗教行事というよりは、冬の始まりを知らせる合図として親しまれているように感じます。
キャンドルを置く場所はさまざまですが、ダイニングテーブルの真ん中など、自然と家族が集まる場所に飾ることが多い印象です。クリスマスまで、毎週日曜日に1本ずつ火を灯していきます。
日本にいた頃は、クリスマスは当日のイベントが主役になりがちでしたが、スイスの人々は「その日を迎えるまでの時間」を丁寧に過ごしているなと感じました。その視点に触れたとき、冬が”寒さに備える時期”から”整えて迎える季節”へと変わり始めました。
手を動かすと、季節がゆっくりと近づいてくる

スイスの家庭では、冬を迎えるために「手を動かす時間」を大切にしています。
特別な道具は必要なく、完璧な仕上がりも求められていません。手を動かしている、そのひととときが季節を呼び込む合図になるのです。
アドベントキャンドルを手作りする、家族の時間

義母は毎年11月後半になると、森で拾ってきた木の葉やコケを使ってアドベントキャンドルを手作りします。
スイスでは、花屋やスーパーでアドベントキャンドルを買う家庭もありますが、義母のように森で拾った木の実やコニファーの枝を使って”手作り”する人も少なくありません。
とくに自然が身近な地域では、家族で森を歩きながら素材集めをするのも冬支度の一部。
「今年はどんな飾りにしよう?」
「キャンドルは何色がいいかしら」
そんな会話が自然と生まれるだけで、家庭の空気がゆっくりと冬に傾いていきます。
「今年は少しだけ、赤い花を差し色で使ってデザインしたよ」と、うれしそうに話す義母の横顔を見ると、この手作業の時間そのものが、冬を迎える大切な儀式なのだなあと感じます。
子どもたちの冬支度「ケルツェンチーヘン」

学校や地域で行われるキャンドル作りKerzen Ziehen(ケルツェンチーヘン)は、子どもたちの冬の恒例行事。芯になる糸をロウの液にそっと浸し、冷ましてはまた浸す。その繰り返しが、なんともおだやかな時間です。
ゆっくりとロウを重ね固めていくため、1本が出来上がるまでの時間はおよそ1時間。子どもは、ゆっくりと行うためもう少し長くなることもあります。
「次は何色にしようかな?」
「太くできたよ」
少しずつ層を重ね、形になっていくキャンドルに冬気分が盛り上がります。
息子は幼稚園の頃から行っているので、過去のキャンドル作りはその冬の記念のよう。家族で話題にすることも多く、大切にしたい思い出になっています。
作ったキャンドルが使っていくうちに日に日に小さくなっていく様子もまた、時間の進み方を教えてくれているようです。
キッチンに広がるGuetzliの甘い香り

12月にはいると、スイスの家庭で焼き始めるのが、クリスマスクッキーのGuetzli(グエッツリ)。
種類はさまざまで、バターの風味が素朴なMailänderli (マイランデルリ)や シナモンとナッツが入ったZimtstern (ツィムトシュターン)など、今日はどれを食べようかなと選ぶのも楽しみのひとつです。
甘い香りがしてくると、ご近所さんも冬の支度をしているんだなと、心までほっこりしてきます。手作りの時間が生む”香り”もまた、家庭の空気を冬色に演出してくれます。
地域で作る「アドベントの窓」

12月1日から24日の間、地域全体でひとつのカレンダーをつくるイベント、Advensfenster(アドベントの窓)が行われます。
担当する家は、日付をつけた窓に手作りの灯りやオーナメントを飾り、夕方になると光をともします。
私たち家族にとって、この文化は冬の散歩を楽しむきっかけになっています。少し遠回りをして、アドベントカレンダーを眺めて帰ってくる。暗い家並みに浮かびあがる温かい光が目に入ると、なんとも心がほぐれます。
窓の飾りつけには、子どもが描いた天使や、赤い紙で作られたキャンドルの影絵、雪の結晶の切り絵など。気持ちのこもった手作業に、それぞれの家庭でのあたたかな時間が伝わってきます。
「これは誰が作ったんだろう」
「すてきなアドベントの窓だね」
そんな小さな会話も生まれ、歩くスピードまでゆっくりに。寒いはずなのに、まるで心に火がともったように、帰り道はいつもじんわりとした満足感に包まれています。
日本でもできる冬を迎えるための小さな支度

スイスの冬支度は、日常のなかに溶け込みながらも、小さな「特別感」で寒い季節を豊かにしてくれます。ここからは、「冬の合図」として、日本でも今すぐできるアイデアを紹介します。
夕方になったら灯りをひとつつける
窓辺や部屋の端に、いつもと違う小さな灯りをつけてみる。そのひと手間だけで、家の中の空気がふわっと変わります。
火を使うキャンドルが心配なら、電気のキャンドルでも大丈夫。温かい灯りをともしてみましょう。まるで、「冬がきたね」と季節に声をかけられたような感覚になれますよ。
手作りをひとつだけ取り入れてみる
全部はムリでも、これならできそうだなと思ったハンドメイドを、ひとつだけ取り入れてみる。その行動がゆっくりと冬への動線を引いてくれますよ。
たとえば、
- クリスマスカードを手書きしてみる
- 小さなオーナメントをひとつ作ってみる
- 市販のクッキーにデコレーションしてみる
大切なのは完成度ではなく、手を動かすひとときです。
夕暮れを散歩して“街の灯り”を味わう
暗くなると外に出るのはおっくうですよね。だけど、少しだけ歩いてみると、窓から漏れる灯りや街灯が、冬の景色を柔らかく照らしてくれます。
冬の散歩が思ったよりも心地よいことに気がつくかもしれません。見慣れた景色に「こんな顔があったんだ」と思える瞬間が、心に静かな余白を作ってくれます。
ライター
アルパガウス 真樹
スイス在住の40代主婦。息子とスイスの自然を楽しみながら、さまざまなアクティビティに挑戦。夏は森の中でのBBQやハイキング。海のないスイスでは、湖水浴が定番なので、夏季は湖沿いで過ごしたりSUPを楽しんだりしています。現地からスイスの自然との触れ合いをお届けします。