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前人未到8度目のオリンピックを迎える世界のレジェンド~葛西紀明~

前人未到8度目のオリンピックを迎える世界のレジェンド~葛西紀明~
   
10代の若い選手が注目される中、前人未到8度目のオリンピックを迎える世界のレジェンド葛西紀明選手が、平昌オリンピック日本選手団の旗手に決まりました。銀メダルを獲得した前回ソチでは主将を務め、2大会連続で大役を任せられた葛西選手の活躍が期待されます。
   

7度目のオリンピックで獲得した個人銀メダル

葛西紀明ソチオリンピック
出典 公益財団法人日本オリンピック委員会

 

前回のソチ大会が開催された2014年は、その直前の1月にスキージャンプワールドカップで史上最年長優勝を飾り、世界中から敬意を払われる中、7度目のオリンピックを迎えます。

夏季、冬季を通じて、史上最年長41歳で日本選手団の主将を務め、ソチオリンピックの象徴的存在でした。

迎えた個人ラージヒル決勝。

1回目139mを飛び2位につけると、2回目は133.5mを飛び1回目1位ポーランドのストッフを上回る飛距離を飛ぶも、飛型点及び向かい風による減点により惜しくも銀メダルとなりました。

日本のジャンプ選手でのオリンピック個人メダル獲得は、1998年長野オリンピックでの船木和喜選手の金メダル、原田雅彦選手の銅メダル以来16年ぶりのこととなり、41歳と254日でのメダル獲得は、1948年のサンモリッツ大会以来66年ぶりに最年長記録を更新。

冬季オリンピック最年長スキージャンプメダリストとしてギネス記録にも認定される快挙となりました。

続く団体ラージヒルでも、清水礼留飛選手、竹内択選手、伊東大貴選手と共に銅メダルを獲得。

最年長メダリスト記録を41歳と256日に延ばし、葛西選手のためのオリンピックといった様相になり、見事に期待に応える結果を残しました。

 

 

 

 

 

長野オリンピックの栄光と屈辱

葛西紀明
出典 公益財団法人日本オリンピック委員会

 

1988年、当時、史上最年少の16歳で日本代表選手としてワールドカップに出場し、1992年には、19歳でアルベールビルオリンピックに出場した葛西選手ですが、その選手人生は栄光と挫折を繰り返します。

1991年、スキーフライング世界選手権では金メダルを獲得。

19歳9ヶ月でのワールドカップ優勝は当時の日本人最年少記録であり、日本人初の快挙でした。

1994年には、ワールドカップで通算5勝目を挙げ、秋元正博選手を抜いて日本人単独1位となると、エースとしてリレハンメルオリンピックを迎えます。

メダルが期待された個人戦ではノーマルヒルで5位入賞に留まりますが、団体戦では銀メダルを獲得します。

次回開催の長野オリンピックへの期待が高まりましたが、翌年、ノルウェー合宿で転倒し鎖骨を骨折し、1年間ほとんど試合に出ることが出来ませんでした。

この時の代役として代表デビューを果たしたが、船木和喜選手。

船木選手はその後ワールドカップで優勝するなど日本のエースの座を掴み取ることになります。

長野オリンピック開幕前に怪我から復活した葛西選手ですが、直前に足首を捻挫して調子を落とし、迎えたオリンピックでは個人ノーマルヒルで7位入賞するも、続く個人ラージヒル、団体戦いずれもメンバー外となってしまいます。

メダルラッシュに沸いた日本代表ジャンプ陣の中で、葛西選手だけは、じくじたる思いで終わった長野オリンピックでした。

 

 

 







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