カリフォルニアのレストランで食べきれなかったステーキを前に「箱はいりますか?」と声をかけられました。その何気ない一言にハッとしたのを覚えています。食べ物を残さないことがこんなに自然で心地いいなんて—。食をムダにしない社会を目指すカリフォルニアでは、法律による仕組みと、人々の習慣がうまくかみ合っています。本記事では、そんなアメリカの取り組みから、私たちが日常生活で実践できるアクションを考えていきます。
「残さない社会」をつくる—。カリフォルニア州の新しいルール

カリフォルニアでは、“食べ物をどう扱うか”を社会全体で見直す動きが進んでいます。背景にあるのは、山火事や干ばつなど、気候変動による環境の危機。「食べ物をムダにしないこと」が、地球の未来を守る行動として認識されるようになり、行政・企業・家庭が同じ方向を向く文化が育ちつつあります。
こうした意識の広がりが、後に法制度として整備されていくきっかけとなりました。次章では、その制度の仕組みを具体的に見ていきましょう。
アメリカ・カリフォルニア州の食品ロス削減法

カリフォルニア州では2016年にSB1383法が制定されました。2025年までに有機廃棄物を75%削減し、余剰食品の20%を支援に回すことを目標とした、州全体のフードロス(食品ロス)削減法です。
この法律は、「まだ食べられるものをムダにしない」「食べられないものは資源として循環させる」という、2つのアプローチで構成されています。企業や自治体、家庭がそれぞれの立場で取り組む仕組みを整えることで、食の循環を“社会のあたりまえ”にすることを目指しています。
では、カリフォルニアでは実際にどんな取り組みが進んでいるのでしょうか。
“食べられるもの”は地域の支えに
スーパーマーケットやレストランなどの事業者は、廃棄予定の食べられる食品を廃棄する前に、食品支援団体へ寄付することが義務化されています。とくに大型レストランやホテルでは、2024年1月から寄付内容の記録が義務化され、取り組みの実効性が高まっています。
また、アメリカでは「善きサマリア人法(Good Samaritan Food Donation Act)」※と呼ばれる制度が整備されています。これは、安全な食品を善意で寄付した企業や個人が、万一の健康被害などが起きた場合でも法的責任を問われないように保護する法律です。
この仕組みによって、企業は“リスクを恐れず寄付できる環境”が整い、地域全体で食品を活かす循環が広がっています。
※「善きサマリア人法」は、一般的には救命行為などを行った人を保護する法律として知られていますが、ここで紹介しているのは食品寄付を対象にした特別法「Bill Emerson Good Samaritan Food Donation Act(1996年制定)」です。
食べられない食品は“堆肥”へ
2022年から、家庭と企業に有機性廃棄物の分別と堆肥化が義務づけられました。食品くずやコーヒーかす、卵の殻などを専用コンテナに分け、堆肥化施設に送る仕組みです(違反には罰金)。この制度により、埋立地行きの有機廃棄物が減り、メタンガス排出の大幅削減につながっています。
家庭ではコンポストの活用も推奨されています。我が家でも生ゴミは堆肥にし、その堆肥で野菜を育てています。小さな循環ですが、確かな手応えを感じています。
“持ち帰るのがマナー”ドギーバッグ文化に学ぶ

カリフォルニアの地元レストランで、ボリュームたっぷりのステーキを前にして思わず「食べきれない」とつぶやくと、店員さんが笑顔で「箱はいりますか?」と声をかけてくれました。その自然なやり取りの中に、“持ち帰るのが当たり前”という価値観が根付いていることを感じました。
料理を持ち帰るために用意される箱や容器のことを「ドギーバッグ(doggy bag)」と呼びます。もともとは第二次世界大戦中、食糧難の時代に「犬にあげるために持ち帰る」という名目で使われ始めた言葉です。
当時は食べ残しを持ち帰ることがはばかられる風潮がありましたが、この“犬にあげる”という理由づけが心理的なハードルを下げました。その後、戦後の豊かな時代にも習慣として残り、いまでは“食べ物をムダにしない文化”を象徴する言葉として定着しています。
食べ残しを持ち帰ることは、恥ずかしいことではなく“当たり前”。アメリカでは、こうした持ち帰り文化がフードロス削減を支えています。
アメリカで見る「食べ残しゼロ」の風景
アメリカに住んで驚いたのは、外食後に「残りを持ち帰る」ことがごく普通の習慣だということでした。日本では少し恥ずかしいと感じる人もいるかもしれませんが、こちらでは誰も気にしません。
レストランではサラダやパスタなど、一人前の量が日本より多いアメリカ。多くの人が残りを持ち帰ることを“当然のこと”として受け止めています。注文時から「食べきれなければ持ち帰ればいい」と考える人も多く、店員と客のあいだに“残さないこと”がごく自然に共有されているのです。
この文化の背景には、「支払った食事は自分の所有物」という考え方があります。店で捨ててしまうより、自宅で食べきる方がムダを減らせる—。そんな意識が根づいています。
日本でもできる”小さな一歩”
日本でも、外食時の食べ残しを減らす動きが少しずつ広がっています。環境省が「mottECO(モッテコ)」という愛称で持ち帰り文化を推進。「もっとエコ」「持って帰ろう」のメッセージを込め、自己責任のもとで食べきれなかった料理を持ち帰ることを呼びかけています。
2024年12月には、消費者庁と厚生労働省が「食べ残し持ち帰り促進ガイドライン」を発表しました。基本は店で食べきること。それでも残った場合は、衛生面のリスクを理解した上で持ち帰ることが推奨されています。
まずは「持ち帰りOKですか?」と尋ねることから。そして何より大切なのは、「食べられる分だけオーダーする」意識です。
家でもできる、食品ロスを減らす暮らし方

家庭でのフードロスは、日常のちょっとした工夫でぐっと減らせます。ムリをしないエコが続くコツだと、私自身も感じています。ここでは、我が家で実践している具体的な方法をご紹介します。
「買いすぎない」、「見える収納」でムダを減らす
家庭でフードロスを減らす第一歩は、食材の「見える化」です。冷蔵庫や食品庫が整理されていないと、既にある食材に気づかず重複して購入してしまったり、使い切れずに捨ててしまうことがよくあります。
我が家では透明な収納ケースを使って中身を見えるようにしたり、缶詰や調味料はラベルを前向きに並べたりして、一目でわかるようにしています。また、冷蔵庫をクリアケースで仕切ると、奥に食材が埋もれにくくなります。「買うのは入る分だけ」と決めておけば、買いすぎも防げます。定期的に冷蔵庫をチェックし、賞味期限が近いものから使う習慣をつけることも大切です。
リメイクで”第二のごちそう”を
残り物を「ごちそう化」するリメイクも、フードロスを減らす楽しい方法です。たとえば、ひじき煮は豆腐や片栗粉を加えてがんもどきに。カレーやシチュー、炊き込みご飯の残りも、我が家ではリゾットやドリア、チャーハンに変身します。冷蔵庫の半端な野菜をまとめてスープにすれば、栄養満点の一品になりますよ。
リメイクは、食材をムダにしないだけでなく、毎日の食卓を前向きに変える小さな工夫です。料理のレパートリーも広げてくれるので、毎日の食事がさらに楽しくなります。
参考文献
食品ロスの現状を知る:農林水産省
「mottECO」ダウンロードページ | 環境再生・資源循環
食べ残し持ち帰り促進ガイドライン ~SDGs 目標達成に向けて~ 消費者庁 厚生労働省 令和 6 年 1
ライター
Kazumi Kawagoshi
大学で国際文化・環境を学び、卒業後、小笠原父島で5年間の島暮らしを経験。現在、世界一高いレッドウッドの森と太平洋を望む米カリフォルニア州で21年目の生活を送る。休日は家族とサーフィンやキャンプを楽しんでいる。一児の母。ライター活動を通じ持続可能なくらしや地域文化の魅力を発信中。