ファッションとカルチャーの発信地として50年の歴史を刻むビームス。現場叩き上げの販売スタッフからキャリアを重ね、現在、社内のサステナビリティ推進を束ねるのが今井さんです。難しい言葉を並べるのではなく、原宿の街に根差し「楽しく、さりげなく」を広げていくー。仕事と暮らし、そして地域へと波紋のように広がる実践と、その背景にある思いを伺いました。
行列の現場から、社の推進役へ—20年の学び

「アルバイトを含めれば、もう20年以上ビームスにいますね」
そう話す今井さんは、販売スタッフとしてキャリアをスタートしました。2000年代初頭、裏原宿ブームの真っ只中。開店前には数百人の行列ー。修学旅行生も、限定スニーカー目当てのコアなファンも、目的はさまざま。
「誘導やルールづくりに奔走する日々は、もはや販売というより“イベント運営”に近かったかもしれません」
店長、エリアマネージャーを経験し、原宿、梅田、札幌など全国を飛び回った今井さんはスタッフ育成に携わり、バイヤーや本部と調整しながらお披露目イベントを運営するなど、店舗を超えた役割も担っていたそう。そうした経験は、後にサステナビリティを社内で推進する上で大きな力となります。
専任部署が必要だった理由—推進部はこうして生まれた
2024年、ビームスにサステナビリティ推進部が誕生しました。背景には、コロナ禍で高まった「企業はどう環境や社会に向き合うのか」という問いかけがあります。
「CSR活動はありましたが、専任部署はなくて、より大きく多面的にサステナビリティを社に浸透させるにあたっては、責任の所在が曖昧だったんです。『誰がリードするの?』という疑問に応える形で、経営陣が専任部署を立ち上げました」
立ち上げと同時に部長に任命された今井さん。長年現場を支えてきた経験が評価されたとはいえ、専門知識はゼロでした。「正直、不安でしたね。でも、社内に知り合いが多く、部署をまたいだ連携が取りやすいという自分の強みを活かそうと思いました」
“分からない”を武器に。社内への翻訳者になる
着任直後から、週2回のペースで外部コンサルタントとミーティングを重ねた今井さん。テーマは環境問題、人権、サプライチェーン、ガバナンスなど多岐にわたります。
「専門用語ばかりで最初はチンプンカンプンでした。でも、逆にそれがよかったかもしれません。自分がわからない言葉は、きっと他のスタッフも理解できない。だからこそ、自分のフィルターを通して、わかりやすく言い換えて伝えるようにしています」
“等身大で語る”ことが、部署の信頼を得る大きなポイントになりました。
「楽しく、さりげなく」が合言葉

「難しい話を難しいまま伝えても誰もついてこない」と今井さんはいいます。そこで意識しているのが「楽しく、さりげなく」伝える工夫です。
たとえば社内勉強会では、ゲストを招いた座談会やカードゲームなど、“参加したくなる仕掛け”を取り入れ、堅苦しさをなくしました。ジェンダーや多様性をテーマに、関西出身のゲストがユーモアを交えて語れば、会場には笑いが生まれ、自然に学びが広がります。
「『面白いから参加したい』と思ってもらえる場でないと続かないんです。監視役や説教役にはなりたくないし、性格的に向いていない(笑)。楽しみながら“気づく”きっかけを増やしていきたいですね」
原宿で育ち、原宿に返す。清掃と学びのコミュニティ

スタッフが自発的に集まり、定期的に原宿の店舗周辺のごみ拾い活動をしている
今井さんのキャリアを象徴するのが、原宿の街とのつながりです。
「イベント後に路上にごみが残ることも多く、迷惑をかけたなという気持ちがあって。同僚と2人で清掃を始めたんです」
最初は小さな活動でしたが気づけば仲間は数十人に増え、多いときは60人規模に。近隣住民から「ありがとうございます」と声をかけられることも増えたといいます。
「掃除って単純だけど、街も自分も気持ちよくなる。若いスタッフたちも積極的にやってくれるし、これからもずっと続けて行きたいですね」

千駄ヶ谷小学校で行われたファッションの特別授業の様子
また、小学校から依頼を受けて授業を行ったことも。原宿に生まれたビームスにとって、この街との縁は特別です。地元町内会との交流から生まれた企画として、千駄谷小学校で特別授業を実施。
「BEAMS COUTUREデザイナーの水上路美さんを講師に迎え、ファッションに関心のある児童たちにアップサイクルの魅力を学んだり、スタイリングを体験したりしてもらいました」
「50年この街で育った企業として、これからは地域に還元していきたい」と語ります。
仕事が暮らしを変える。家庭に芽生えた会話

仕事での学びは、私生活にも影響しました。
「川でペットボトルを見つけると、気がついたら拾うようになっていました。前なら見て見ぬふりをしていたかもしれません」
家庭でも変化が。
「息子に『電気つけっぱなしだよ』と注意されることもあります。親子で自然に環境の話をするようになったのは、この仕事をしてからの大きな変化ですね」
週末はジョギングを日課とし、息子のサッカー観戦にも足を運ぶ今井さん。自然と触れ合うたび、「この環境を未来に残したい」との思いが強まるそうです。
インドネシアで見た現実。現場がくれた痛みと決意

実際に訪れたインドネシアのごみ集積所(立ち入り禁止区域になっているので、関係者に許可を得て入場)
取材中、今井さんが何度も口にしたのが「現場を見ることの大切さ」でした。印象的だったのはインドネシアでの体験です。
「ごみの山の向こうに、子どもが暮らしている光景を目にしました。匂い、湿度、音。画面越しではわからなかった現実がそこにはありました。『この現実と洋服づくりはつながっているんだ』と痛感しました」
この体験が、透明性のあるものづくりを進める原動力になったといいます。
「サステナブル」という言葉がいらない未来へ。原宿から始まる小さな循環

取材の終盤、今井さんはこう話しました。
「イベントで楽しい時間を過ごしたら、ひとつだけよいことをする。そんな循環が育てば、『サステナブル』という言葉自体がいらなくなると思うんです。ビームスらしく“楽しく、さりげなく”。その延長線上に未来があると信じています」
15年以上、原宿の街に立ち続けてきた今井さんの言葉には、経験からにじみ出る温かさがありました。そんな今井さんが指し示すサステナブルな活動は、社内にじんわりと伝わり、誰もが前向きに受け止め、取り組めるものになりそうです。
撮影(ポートレイト):奥山賢治
ライター
朝倉奈緒
ファッション誌の広告営業、音楽会社で制作やPRを経験後、フリーランス編集&ライターとして独立し、カルチャー・アウトドア・自然食を中心に執筆。現在Greenfield編集長/Leave no Traceトレーナーとして、自然を守りながら楽しむアウトドア遊びや学びを発信。キャンプ・ヨガ・野菜づくりが趣味で、玄米菜食を実践中。