森へ入ると、パートナーの美鳥は時々、小さな葉を拾い上げて、「この葉、かわいい形だね。」と笑います。私はその隣で葉脈を見つめながら、「これはきっときれいに写る。」そんなことを考えています。同じ葉を見ていても、自然と目が向かうところは少し違います。それもまた、草木染めの面白さなのかもしれません。

草木染めとの出会い

以前の私は、果物や薬用植物には興味があっても、それ以外の植物はほとんど見ていませんでした。名前も分からず、森の景色の一部として通り過ぎていたのです。葉の色や形、大きさ、厚み

その違いを気にすることもなく、一枚の葉の前で立ち止まることなどありませんでした。そんな私の見方が少しずつ変わり始めたのは、日本のアーティスト・大橋哲子(さとこ)さんから草木染めを学び、パートナーの美鳥と一緒に作品を作り始めてからです。

どんな葉でも同じように布へ姿を残すわけではありません。葉脈が美しく浮かび上がる葉。輪郭だけが静かに残る葉。同じ木でも、若葉と古い葉ではまったく違う表情を見せてくれます

その違いが面白くて、作品を完成させることよりも、一枚の葉を探して森を歩く時間のほうが好きになっていました。雨上がりの朝。乾季が始まる頃。夕暮れ前の柔らかな光。

同じ森なのに、その日によって目に留まる葉も変わります。だから何度歩いても飽きることがありません。

美しい葉が美しい模様を残すとは限らない

草木染めを始めた頃は、できるだけきれいな葉を探していました。虫に食べられていない葉。鮮やかな緑色の葉。大きくて形の整った葉。そんな葉ほど、美しい模様になると思っていたのです。

ところが、その予想は何度も裏切られました。特にチャクルナ※は、少し黄色くなった葉や、虫に食べられた弱々しい葉ほど、驚くほど繊細な葉脈を布に残してくれることがありました。

※チャクルナ・・・南米アマゾンに自生するアカネ科の植物で、伝統的なアヤワスカの材料の一つとして用いられる葉

以前なら見向きもしなかった葉が、一番美しい模様を見せてくれる。そのことに気づいたとき、植物を見る目が少し変わりました。最近では、小さな葉もよく探します。

一枚では目立たなくても、ほかの植物と自然に重なり合い、作品全体にやさしいリズムを生み出してくれるからです。黄色くなった葉を選んでいると、不思議と植物の手入れを少しだけ手伝っているような気持ちになります。

もちろん、本当にそうなのかは分かりません。それでも、古い葉をいただくことで、新しい葉が気持ちよく育ってくれたらうれしい。そんなことを思いながら、一枚ずつ葉をいただいています。

中でも、私が何度も手に取ってしまうのはチャクルナです。アマゾンでは神聖な植物として受け継がれてきました。その葉脈が布に静かに浮かび上がると、不思議と心が落ち着きます。

植物が森で育んできた時間や、その静かな命まで、一緒に布へ写し取られているような気がするのです。チャクルナで染めた服を身につけると、森にそっと見守られているような安心感を覚えます。

「植物と会話をする」ということ

アマゾンで長年植物と向き合ってきたリンドルフィス先生は、葉や樹皮をいただく前に、必ず植物へ声をかけます。「少し分けてください。」そして最後に、「ありがとう。」その姿を見ているうちに、私も自然と同じようにするようになりました。

そんな頃、哲子さんが何度も話してくださった言葉を思い出すようになりました。「植物と会話をしてください。」最初は少し不思議な言葉に聞こえました。

でも今では、その意味が少しだけ分かる気がします。思い描いた模様にならないことは珍しくありません。最初の頃は、「失敗してしまった」と思っていました。

でも哲子さんは、「重ね染めがありますから、大丈夫ですよ。もう一度やってみましょう。」と笑顔で話してくださいました。一枚、また一枚と色を染め重ねていくうちに、最初には見えなかった表情や色の深みが、少しずつ現れてきたのです。

一度で終わらせるのではなく、もう一度。そして、もう一度。私たちも、ときには五回ほど染め重ねることがあります。少しずつ色が深まり、思いがけない表情が生まれてきます。

さらに、媒染剤が変われば、同じ葉とは思えないほど違う色になります。葉の状態。季節。蒸す時間。媒染剤。ほんの少し条件が変わるだけで、布は、また違う表情を見せてくれます

だから初心者の私たちにできるのは、試して、失敗して、また試すこと。草木染めは、急ぐことができません。布が「もう十分だね」と教えてくれるまで、植物と一緒に作品を育てていく。

それもまた、草木染めの楽しさなのだと思っています。ペルー・アマゾンで出会ったリンドルフィス先生。日本で出会った哲子さん。歩んできた人生はまったく違うのに、私へ伝えてくださったことは、不思議なくらい同じでした。植物と向き合うときは、敬意を忘れないこと。そして、耳を澄ませること

森で過ごした時間が作品になる

完成した作品を見るたびに思い出すのは、葉の模様だけではありません。

その日吹いていた風。鳥たちのさえずり。遠くから聞こえた猿の鳴き声。足元で見つけた小さなキノコ。そして、美鳥と交わした何気ない会話。布に残っているのは葉の形だけではなく、その日、森で過ごした時間そのものなのだと思います。

以前の私は、「何か役に立つ植物はないだろうか」と考えながら森を歩いていました。今は、「この植物は、この森でどんな役割を持って生きているのだろう」と思いながら歩いています。森は、きっと何も変わっていなかったのでしょう。

変わったのは、その森を見る私自身でした。一枚の葉を見る時間は、ずいぶん長くなりました。草木染めは、布を染める技術というよりも、私のものの見方を少しずつ染め替えてくれたような気がしています。

だから今日も森へ入ると、美鳥は小さな葉を見つけて、「この葉、かわいいね。」と笑います。私はその葉脈を眺めながら、「今日はどんな模様になるだろう。」そんなことを考えています。

そして、草木染めは、急ぐことができません。森を歩く時間。葉を選ぶ時間。媒染液に布を浸す時間。蒸し上がるのを待つ時間。布を乾かす時間。その一つひとつが、少しずつ作品になっていくような気がしています。

だから今日も、新しい一枚の葉との出会いを楽しみながら、美鳥と一緒にゆっくり森を歩いています。森は今日も、静かに私たちを迎えてくれます。

橘谷エルナン

ライター

橘谷エルナン

ペルー・アマゾン在住の日系人。森と共に暮らしながら、植物染めや森林農法、地域の食文化を探求。日本とペルーをつなぐ通訳・翻訳者として活動し、自然と人の関わりをテーマに執筆している。