未踏のルートにこだわった登山

出典 石井スポーツグループ
平出和也さんの登山は、エベレストが世界最高峰だから登るという思考ではありません。世界中の山々で人類が足を踏み入れたことのないルート、未踏ルートでの制覇を目標としています。
誰も踏み入れたことのない未踏ルートには、人を寄せ付けない何らかの理由があります。
平出さんの登山は、他の人が不可能だと判断した登山ルートを、圧倒的な技術スキルと入念なプランニングにより打破することを目的としています。
それは当然、常人には想像もつかないほどの、さまざまな困難が立ちはだかり、時には命を奪う危険さえも隣り合わせの壮大な冒険です。
そして誰もが見ることの出来なかった風景を、自らカメラで撮影し記録しています。
ただでも困難なルートを最低限の機材でクライミングするなか、撮影機材を背負いながらの登山は想像を絶するものでしょう。
撮影機材分の重量を考えると、当然、他の装備を軽減する必要性に迫られます。
命を守る装備と、冒険を記録する装備とのバランスは、まさに生命を左右する選択に迫られる決断が必要になることでしょう。
世界的トップクライマーとしての評価

出典 石井スポーツグループ
前人未到の登山ルートに挑戦するには、突出したクライミング技術が不可欠です。平出和也さんは、高校時代陸上選手として国体にも出場したアスリートでもあります。
大学生の時、陸上競技のトレーニングの一環として登山と出会い、その魅力に心を奪われ山岳部に入部。わずか2年でヒマラヤ遠征に参加し、未踏峰クーラカンリ東峰に初登頂を果たします。
これにより、日本スポーツ賞を受賞し注目を浴びることになります。
29歳で迎えた2008年10月、インドのヒマラヤ山脈にあるカメット峰の未踏ルート登頂に成功、世界的にも称賛を浴び、登山界のアカデミー賞といわれるピオレドール賞を日本人として初めて受賞します。
その後も未踏ルートへの挑戦と、世界中のさまざまな登山チームの撮影スタッフとして、誰も見たことのない光景を記録し続けました。
日本の三浦雄一郎さん世界最高齢エベレスト登頂をはじめ、山岳カメラマンとしても世界中のアルピニストから絶大の信頼を得て指名され続けています。
2017年には、これまでの冒険が評価され、植村直己冒険賞も受賞するにいたりました。
つきまとう危険と悲劇
多くのリスクをはらんだ未踏ルートの登山は、常に生死を分ける決断の連続です。
平出和也さんもこれまで、さまざまな危機的状況から奇跡的生還を果たしましたが、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラム登山中の悲劇は、その後の登山人生を変える大きな出来事になりました。
2010年11月、平出さんはディビット・ゲットラーさんとチームを組み、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラムの未踏ルートに挑みます。
前人未到の北西壁新ルートを進むなか、登頂まであと少しというところで、切り立った稜線に、二人が左右それぞれに落下し、ぶら下がったまま身動きが取れなります。
衛星電話で救助を要請するも、7,000m級の山へのレスキューは、世界的にも稀なケースです。現地ネパールの救助チームは何度もトライを続け、先ずはディビットさんをヘリで救助することに成功します。
続いて平出さんの救助に戻ってきたところで、救助ヘリのローターが壁面に接触。バランスを崩し墜落します。
別の救助へりにより平出さんは無事救助されましたが、墜落したヘリの搭乗員2名が帰らぬ人になりました。
その後、亡くなったネパール人の家族から、彼らの命の分も登山を続けてほしいとの言葉をもらい、命の大切さを改めて心に刻み山に復帰します。
現在の執拗なまでの事前準備へのこだわりや、知識、クライミング技術のスキルは、こうした悲劇から学んだ生き残るためのリスクヘッジとなっているようです。
前人未到の風景を捉えたカメラから伝わるもの

出典 石井スポーツグループ
誰も足を踏み入れていない風景。平出和也さんしか撮影できない光景は、圧倒的な自然の美しさと登山の崇高さを映し出します。
人類が文明を築いて数千年。
地球外にすらいける時代にもかかわらず、未だ人間が踏み入れていない未踏の地は、地球本来の美しさと人を寄せ付けない厳しさをあわせもっているいるように思えます。
また、永久凍土に覆われた大地は生命誕生の神秘を感じさせ、圧倒的な自然の力に人間がいかの無力であるかを知らしめます。
平出和也さんが写し出す誰も見たことのない山々の風景は、そこに挑戦する人間の表情も含め、見るものを魅了し日常を改めて考えさせます。
困難な事への挑戦や、モノに溢れた日常生活の便利さ、人並みの生活のありがたみや、自然の前での人間の平等…感じるものは人それぞれかもしれません。
しかし平出さんのようなアルパインクライマーがいるから、今、私たちが普段の生活をしながら到底見ることのできない風景を目にすることができるのです。