「クマに遭ったら〇〇しろ」とよく聞きます。果たして本当にそうでしょうか?実際のところ、クマに遭えば必ずこうすればいいという対処法はないというのが筆者の結論です。その理由は、そのクマが雄か雌か、若いのかどうか、なぜそこにいるのかなどによって取るべき対処方法が変わるから。それだけ個体によるばらつきがあるので、どのような個体なのかを判断した上で対処する必要があるのです。ヒグマが生息する北海道でよく山に入り、ばったり遭遇も何度か経験してきた筆者なりの対処法と対策を伝授します。

遭遇した際の対処方法と対策

筆者は過去に、新聞記者としてツキノワグマの人身事故や、ヒグマによる事件、有識者の会合なども記事にしてきました。その頃からクマについてそれなりに勉強してきたつもりです。

来道後はハンターの山仲間や、クマの撮影を得意とするカメラマンの友人もできました。友人・知人から仕入れる話も含めれば、それなりの数のケーススタディを持っています。あとは自身の実体験もありまね。

これまでの知見を踏まえて、クマと遭遇した際の対処方法と対策を簡単にまとめます。

ヒグマとの遭遇体験談はこちら

繰り返しの生存体験から語る「クマに遭ったら〇〇は間違い」。誤解だらけのヒグマ対策
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クマごとの対処方法とタブー

子グマを守る母グマ

ヒグマもツキノワグマも、子離れする前の母グマは気が立ちやすいのが特徴です。好奇心旺盛な子グマがあなたの方へもし近寄ってきたら、母グマが間髪を入れずにブラフチャージ(威嚇突進)してくる可能性があります。この時に大事なのは下手に刺激をしないこと

すぐにクマ撃退スプレーの安全ピンを外し、いつでも噴射できる体勢でクマから目を離さずにゆっくりと後退してください。大声で叫んだり、背中を向けて走って逃げるのは絶対にやめましょう

若グマ

サケには目もくれずドングリを好んで食べていた若グマ。パンダのような毛色をしていました

独り立ちしたばかりで体長が2mに満たない若い個体はまだ怖いもの知らずであることから、積極的に接近してくるケースがよくあります。このような個体には毅然と振る舞うのが適切。

大きな声を出しても追い払えなければ、長い木の棒やストック、傘といった棒状のものを高く上げてこちら側を大きく見せましょう。棒の先端をクマにかざすのも有効です。

餌付いたクマ

近くに貯食した餌がある場合、餌を食べ終わるまでそのクマは周辺に居座ります。藪の中から唸り声や遠吠えを聞いたら警戒しましょう。ばったり遭遇してしまった場合、背中を向けずにスプレーを準備し、刺激しないように後退してください。

人馴れ個体

ヒトからの餌付け経験などからヒトに脅威がないことを学習した場合、人馴れがエスカレートしてしまいます。付かず離れずの距離を保ちながらついてくることもあります。そのような個体は特に危険なので、一定期間そのエリアに近づくべきではありません。できれば自治体にも詳細を通報しましょう。

音で存在を知らせる・追い払う

クマ鈴やホイッスルで事前にこちらの存在を知らせるのは基本ですが、重要な対策です。「クマの気配を感じにくくなるので熊鈴は不要」という人もいますが、偶発的な遭遇はこちらから常に音を発していれば避けられる可能性が高いです。

見通しの悪い登山道の曲がり角や藪の中では、ホイッスルを吹くことをお勧めします。大きな音を出せる爆竹は、ばったり遭遇した時の追い払いにも使えます。すぐに使えるように携帯しておくと安心です。

匂い対策

ヒグマの場合、一説には嗅覚が犬の8倍は優れているといわれます。特にクマの生息エリアでテント泊をする際は、食べ物や使用済みの食器、生ゴミなどは必ず密閉する必要があります。例えば知床半島で登山をする際は、指定野営地を必ず利用することと併せて、野営地に設置されているフードコンテナを利用します。

専用の携帯フードコンテナもあり、クマがふたを開けにくい構造になっています。樹林帯であれば、高い木の枝に紐やロープで食料などを吊るしておく方法もあります。

最終手段は、撃退スプレー、刃物、鉄拳!

いわずもがなですが、数メートルまで向こうから接近してきた場合、こちらもカウンターに出るしかありません。撃退スプレーを顔に向けて噴射したり、刃物で応戦したりする「白兵戦」が最終手段。余裕はとてもないでしょうが、なるべく目や鼻といった急所を狙ってください。クマの体は筋肉が発達し、皮膚も厚いので、短い刃物で闇雲に刺しても効果は薄いかもしれません。

そもそも武器すらないような場合は、神経が集中している鼻をめがけて「鉄拳」をお見舞いしましょう。クマにマウントを取られても、鼻にパンチをヒットさせて撃退できた事例があります。

うなじを両手で守りながら、うつ伏せになってクマが去るまで耐えしのぐ方法もあります。ひっかきや噛みつきで怪我はするでしょうが、排除行動や戯れ行動であった場合、脅威がないとクマに伝われば、生存できる可能性は十分あります。

「カムイミンタラ」は大雪山系だけじゃない!

大雪山系の広大な景色。忠別岳、トムラウシ山方面

北海道中央部に広がる国立公園の大雪山系は、先住民族アイヌの言葉で「カムイミンタラ」と呼ばれることがあります。その意味は、「神々が遊ぶ庭」—。

ここでいう神々というのは、アイヌ語でいう「キムンカムイ」=「ヒグマ」のことを指しています。古来からそれだけ多くのヒグマがありのままに暮らす環境が息づいています。

開けた海岸に石が無数に積まれている光景はまさに「賽の河原」

しかし、あまり知られていませんが、北海道古宇郡神恵内村のジュウボウ岬に位置する「西(賽)の河原」もカムイミンタラと呼ばれるエリアです。ここは海難事故で亡くなった死者の霊を弔う霊場で、異様な雰囲気を放つ場所。実際にヒグマも居着いているようで、筆者もこの周辺でクマにばったり遭遇しました。

野生のヒグマは全道で約1万2,000頭※いると推計されている今、こういった特別な場所でなくても、里山に入ればもうそこはヒグマの生息エリアであると考えて差し支えありません。北海道だけでなく、本州であっても山にはツキノワグマをはじめ、イノシシやニホンザルが多く生息しています。

獣害対策について地域共通でいえる確かなことは、お互いの棲み分けを徹底するということ。畑への被害も含めて、人の生活圏になるべく侵入させないことはもちろん、我々ヒト側も野生動物が生息するエリアに入る時は一定の配慮をすることで、軋轢は減らせるのではないかと考えています。

※朝日新聞「北海道ヒグマ保護管理検討会」2022年末時点

クマと遭遇した時の対処法は状況や個体によって対応が変わるので、柔軟な対応が必要です。クマの気配を感じたら気を引き締めなくてはいけませんが、フィールドに残された足跡や食痕、糞を観察して個体の特徴を想像できると楽しいですよ。クマがいるということは、自然が豊かである証拠。フィールドに入る際は同じ地球に生きる生物の一員であるということを忘れず、彼ら彼女らの営みを尊重した行動ができるといいですね。

Sho

ライター

Sho

1995年生まれ。元新聞記者。写真の趣味をきっかけに2020年から北海道に移住。野生動物や自然風景、山岳写真を撮影する週末カメラマンとして活動している。山岳登攀にも力を入れており、北海道を拠点に沢登りやアルパインクライミング、フリークライミング、アイスクライミング、ミックスクライミングなどジャンルを問わず登るクライマーでもある。写真も山も、挑戦と冒険をモットーに生きている。山帰りは、デカ盛り大好き大食い野郎と化す。