毎年春になると、冬眠明けのクマのニュースが度々話題になります。登山や山菜採りで山に入ってばったり遭遇するケースもあれば、人の生活圏にまで侵入した個体が人身事故を起こすケースも…。もしヒグマに遭ってしまった場合、または遭わないためには、どうすればいいのでしょうか。前編は人身事故が起こる要因について、クマの生態や筆者の遭遇体験も交えながら、お伝えできればと思います。

北海道に生息するヒグマと本州・四国のツキノワググマ

北海道に棲息する野生のヒグマ

国内に生息している野生のクマは、本州・四国に生息するツキノワグマと、北海道にのみ生息するヒグマに大別されます。どちらも鋭い牙と爪を持っている雑食の陸棲(りくせい)哺乳類という点では共通ですが、ヒグマの方がツキノワグマよりも一回り大きい体に成長します。

一般的にヒグマは最大体長3m、最大体重は400kg、ツキノワグマは最大体長1.5m、最大体重120kgとされており、ヒグマは国内に生息する最大の陸棲哺乳類でもあります。

過去の獣害事件

カムエクウチカウシ山の八の沢カール。福岡大学生の慰霊レリーフが設置されています

ヒグマ・ツキノワグマ共に人身事故は度々ニュースになりますが、過去には大規模な獣害事件もありました。有名な事件には、三毛別ヒグマ襲撃事件(1915年)や石狩沼田幌新事件(1923年)、福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件(1970年)などがあります。いずれもヒグマによる死傷者が多数出た代表的な獣害事件です。

一方で、ヒグマに対して小さくて臆病という認識されがちなツキノワグマも死傷者を出す獣害に何度も発展しており、十和利山クマ襲撃事件(2016年)では、山菜採りで山に入った男女の計4人が襲われる被害が出ています。

基本的にクマは植物性のものを多く食べる雑食ですが、ヒグマの場合、秋に遡上するサケをたくさん食べたりすることで冬眠や出産に向けて栄養を蓄えます。冬眠明けのヒグマは冬を越して弱ったエゾシカを追い詰めて襲うということもよくあり、生態的に動物性のものも食べるのです。

なぜ人身事故が起きているのか?

ヒグマやツキノワグマは先述の通り雑食性であるため、昆虫や動物の死骸も食べます。肉の味を知ったクマは時として肉食に偏るケースさえあります。近年、北海道東部で話題となった牧場の牛ばかりを襲う忍者熊「OSO18」は、肉の味を学習し、偏食化した個体だったことが駆除後の解体でわかっています。

柵の中で飼われている家畜が恰好の獲物であることを知り、楽に食べ物を得られることを学習すると、その個体は嗜好性を持って特定の獲物を狙うことがあります。この獲物がもし人間だったら…と思うとゾッとします。

これが、人を襲ったクマは問題個体としてすぐに駆除しなければいけない理由です。もし放置すれば、「近づいても怖くない」とか、「おいしいものを持っている」、「人自体が楽に狩れる獲物である」と覚えさせてしまい、人身事故に発展しかねません。

人とのばったり遭遇によりクマが防衛本能で取る攻撃や、母グマが子グマを守るための排除行動、若グマの戯れ行動、自分の獲物から対象を遠ざけるための排除行動も、正しい知識と対応ができなければ事故につながるおそれがあるのです。

至近距離や1日6頭も…筆者のヒグマ遭遇実体験

クマが走るスピードは時速60kmともいわれます

筆者は北海道の山に登山や撮影目的で入ることが多いので、過去にヒグマと遭遇することもそれなりにありました。

ばったり遭遇4回

一番注意したいのは至近距離でのばったり遭遇です。ヒグマと初めて至近距離で遭遇してしまったのは、札幌近郊の山で藪漕ぎをしていた時でした。下っていた沢の10mほど先で、黒く巨大な塊がうごめき、「ドスンドスン」と音を立てて逃げて行ったことがありました。

大きな足跡と糞も残っていたのでおそらく成獣のヒグマでした。その他、積丹半島や夕張山地、日高山脈でそれぞればったり遭遇したことがありますが、運よくどの個体も向こうから逃げてくれました。

左は水分がまだ残る新しい糞。右は若グマの新鮮な足跡。この後、ばったり遭遇しました

つきまとい個体

夕張山地のある山に単独で登山していたある日、クマにつきまとわれたことがあります。ヒグマが多い山域という認識はあったので何度か笛を吹いたり、「ハッ!!」と大きな声を出してこちらの存在を知らせるようにしていました。

しかし、ある程度登ると常に藪の中から唸り声と動く音が聞こえてくるように…。常に気配を感じるところからも「シカではないな」と直感が働きました。樹林帯を抜けて視界が開けたことで少し安心していたその時、樹林帯の方向から「グオーーーン!」という野太い声が聞こえてきました。姿は見えないものの、クマの遠吠えに間違いありません。

予定ではそこから1時間ほどで山頂を踏んで帰ってこようとしていましたが、日が落ちてきて薄暗くなることを考慮してなるべく早く下りた方がいいと判断し、そこからすぐに下山することにしました。

この日は他の登山者と一人もスライドしなかったので、本当に山の中に一人という状況でした。何度か一人で入ったり泊まったりしてきた山域ですが、そういったつきまとい個体がまだいるかもしれないという緊張感が、このエリアにはあります。

「土饅頭」と「雪渓の罠」

クマは、獲物を一気に食べずに貯食する習性があります。シカなどの大きな獲物を捕らえたときは、土に埋めて隠す「土饅頭」(どまんじゅう)を作ることで知られており、この土饅頭に近づいてしまうとクマによる排除行動の引き金になることも。道南の大千軒岳で2023年10月に発生した獣害の際も、男子大学生を襲い、遺体を埋めた近くを通った登山者に襲い掛かったという事例がありました。クマは、自分の餌とみなした物に非常に強く執着します。

ある日筆者が夏尾根を縦走していた時のこと。飲み水を補給するために稜線を下った雪渓で雪解け水を採ろうとしていました。しかし、水を汲もうとした近くに、ヒグマが雪を掘り返したとみられる跡が残っていました。雪がある場合、ヒグマは餌を雪の中に埋めることもあります。「雪饅頭」だったら危険だと判断し、すぐにその場を離れました。夏に冷たい水と雪を求めるのは我々人間だけではなかったということです。

1日で6頭に遭遇…知床半島で感じたこと

悪戦苦闘の末、サケを捕まえた瞬間。思わずこちらまでうれしくなります

サケを獲るヒグマを撮影するため、秋に知床半島に遠征したことがありました。世界自然遺産の知床半島はヒグマの過密生息域でありながら、観光地という側面も持っており、クマが出ると写真に収めようとするカメラマンや見物したい観光客で人だかりができることもよくあります。その日は雨が降っており、人が少なかったからか1日で6頭のヒグマに出会えました。

しかし、この時同時に感じたのは、ヒトとヒグマの距離があまりに近過ぎるということ。超望遠レンズを取り付けたカメラを持っているのにも関わらず、進行を遮るような位置までクマに急接近していくカメラマンが多くいたのです。その日以降、筆者は撮影目的でヒグマにアプローチすることはきっぱり辞めました。自分も同じ穴の狢(むじな)かもしれないと感じたからです。

クマに近づく行為そのものが、人馴れや人身事故につながる危険があります。「人は近づいても怖くない」という学習をさせてしまえば、次に出遭った人への接近を招き、間接的に事故へと発展させてしまう可能性があるということです。

ヒグマを調査・管理している知床財団や、ヒグマの専門家はクマに接近した際、必ずゴム弾射撃などによる追い払いのアフターケアを行っています。餌付けやゴミの不法投棄といった行為も絶対にNG!道路沿いに不法投棄されたゴミが野生のキタキツネやエゾタヌキ、ヒグマを誘因させ、野生動物のロードキルや、ヒグマによる事故につながる因子となります。

次回は実践編。クマにばったり遭遇してしまった際の具体的な対処法について、お伝えします。

1日6頭も…数々の遭遇体験から語る。誤解だらけのヒグマ対策〜実践編〜
1日6頭も…数々の遭遇体験から語る。誤解だらけのヒグマ対策〜実践編〜
野生のクマに遭うことなんて一生に一度あるかないかと筆者は思っていました。しかし、北海道に来て毎週末山に登るような生活をしていると、1年に1回ペースでクマとばったり遭遇しています。それでも、クマの生態についてある程度の知識さえあれば、大抵は事故を未然に回避できますよ。

Sho

ライター

Sho

1995年生まれ。元新聞記者。写真の趣味をきっかけに2020年から北海道に移住。野生動物や自然風景、山岳写真を撮影する週末カメラマンとして活動している。山岳登攀にも力を入れており、北海道を拠点に沢登りやアルパインクライミング、フリークライミング、アイスクライミング、ミックスクライミングなどジャンルを問わず登るクライマーでもある。写真も山も、挑戦と冒険をモットーに生きている。山帰りは、デカ盛り大好き大食い野郎と化す。