美術館に行ってアートを鑑賞する。それが従来の美術体験でした。しかし今、地域全体をひとつの美術館と見立てる新しい形がイタリアで広がっています。“ムゼオ・ディフーゾ”あるいは“エコミュージアム”と呼ばれる美術館は、どのように楽しめるのでしょうか。持続可能な観光となる動きを、イタリアからお伝えします。

屋外を歩いて体験する美術館の形“ムゼオ・ディフーゾ”とは

私が住むローマ近郊のラツィオ州では、今年に入ってムゼオ・ディフーゾ“森の分散型美術館(Museo Diffuso del Bosco)”がオープンしました。SNSで話題になった結果、人口2万人弱の町は週末ともなると大賑わい。家族連れからグループの参加者までやってくるようになりました。従来の美術館とは異なるスタイルで楽しめるムゼオ・ディフーゾについて、その起源となった“エコミュージーアム”の意味とともに紐解いてみます。

ムゼオ・ディフーゾの定義

“ディフーゾ(分散型)”という言葉は、観光分野における法的なカテゴリーのひとつにも使われています。“アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)”は、各州によって条件は異なるものの、町の規模や構造には定められたルールがあります。

アルベルゴ・ディフーゾについて詳しくはこちら

イタリア発「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)」で新たな体験を。地域と共生する宿泊スタイル
イタリア発「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)」で新たな体験を。地域と共生する宿泊スタイル

一方、分散型美術館の“ムゼオ・ディフーゾ”は、まだ法整備が進んでいません。イタリア国内では唯一、マルケ州がムゼオ・ディフーゾの開設に関する法律を定めていますが、その定義は曖昧。“地域全体に分散して存在する文化財・博物館・コレクションを統合しシステム化する”と定められているにとどまります。

言葉としての「ムゼオ・ディフーゾ」の法的な定義は発展途上ですが、根本にある「地域全体を屋根のない博物館にする」という思想は、1970年代初頭にフランスの博物館学者ジョルジュ・アンリ・リヴィエールらが提唱した“エコミュージアム”の概念から生まれました

“建物のなかに展示品を収める”という従来の美術館のあり方を変え、地域のコミュニティが地元の自然や歴史遺産の守り手となる――このフランス生まれのアプローチが、イタリアで「ムゼオ・ディフーゾ」という言葉を生む土台となったのです。

カステッリ・ロマーニの“森の美術館”を歩く

地元ラツィオ州にオープンしたムゼオ・ディフーゾ。四季の変化とともに楽しめる趣向が人気を呼んで、リピーターも多く、SNS上で多くの写真が共有されています。私もカメラを片手に歩いてきました。

設立の経緯

“森の分散型美術館(Museo Diffuso del Bosco)”は、ローマのマーケティング企業Valica S.p.a が企画し、市やカステッリ・ロマーニ州立公園 、観光推進を目的とする官民連携組織DMOの後援で実現しました。

美術館が設置されたのは、古代ローマ時代、ユピテル神に捧げられた神殿があったモンテ・カーヴォ。神殿は既にありませんが、巡礼道の石畳は現在も残り、“聖なる道(Via Sacra)”と呼ばれています。

この文化遺産を中心に、自然と芸術の対話ができる場所を作り、ウェルビーイングを向上させる――これが美術館設立の意図でした。

同時に、過疎化が進む町を活性化するためにスローツーリズムを導入するという目的もありました。

木々の緑とのコラボが印象的な6月初旬のムゼオ・ディフーゾを体験

カステッリ・ロマーニにオープンした“森の分散型美術館(Museo Diffuso del Bosco)”は、家族で楽しめるコース。入場は無料です。

出発点は標高750mのところにあるロッカ・ディ・パーパという町。広場から山道に入ると、モンテ・カーヴォの中腹へとつながります。実際に歩いてみると、“巨大双眼鏡(Il Binocolo GIgante)”にたどり着く最後の行程が少しきつかった程度でした。

ムゼオ・ディフーゾの顔となっているのは、すでにSNSで拡散され話題になっている“フローラ像”。

聖母マリアの祠と向き合うように立つフローラ像。ここを起点に、石畳に沿ってこの地域に生息する動物たちの彫刻があります。

作品の横には動物に関する説明があり、家族連れはおしゃべりに花が咲きます。

四季折々の山野草も見もの。新緑の季節は、イヌバラ(Rosa canino)が咲き乱れています。

その先にあるのは、休憩できるカフェ。のどを潤したりおやつを食べたり、本を読んで過ごしている人もいました。

一息入れてさらに歩くと、森の奥へと続く小道があります。“驚異の庭園(I Giardini delle Meraviglie)”と名付けられたこの道、絵画作品と木漏れ日とのコラボがお見事!ペットを連れて散策する人も目立ちました。

“驚異の庭園”のなだらかな山道の先は徐々に険しくなり、最後の目的地“巨大双眼鏡”へと続く坂道へ。ここまで自転車で頑張った子どもたちも、徒歩へとギアチェンジ。

“驚異の庭園”からおよそ400m。見えてくるのがこちらの景色です。

双眼鏡が見下ろしているのは、カルデラ湖のネミ湖。2000年ほど前、ローマ皇帝カリグラが2艘の豪華な船を浮かべて、水上宮殿のように滞在したといわれる湖です。

汗をかいた体に、花と緑の香りの風が爽快。往復3時間半ほどのトレッキングを楽しめました。もともとよく整備された山道でしたが、ほどよいアクセントになるようなアートが設置されて、多くの人でにぎわっていました。

ここまでは、ムゼオ・ディフーゾのコンセプトと実例について、Museo Diffuso del Boscoの体験と共に紹介しました。
後編ではイタリアだけではなく世界で広がりつつある、エコミュージアムについて解説していきます。

参考:
Infocastelliromani:Il Museo Diffuso del Bosco di Rocca di Papa

cucciola

ライター

cucciola

ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。

学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。

アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。