フリークライミングを始めてしばらくすると、多くの人がぶつかるのが「5.11aの壁」。筆者も例外ではなく、何度挑んでも完登できず、悔しい思いを繰り返しました。力だけでは突破できないこのグレードを登るには、ちょっとした工夫や意識の切り替えが必要です。この記事では、私が実際に試して効果を感じた取り組みを紹介します。
登る力をつけたい―デシマルグレードを意識し出した理由

山岳会に入ってアルパインクライミング※1を本格的に始めて数年。それなりに登れるようになったつもりでしたが、あるときふと気づきました。「登る力」が頭打ちになっている、と。
そのとき、会の先輩クライマーがぽつりと言いました。
「フリーもやらないと、強くならないよ」
その一言がきっかけで、フリークライミング※2にも取り組むことを決意。そこから意識するようになったのが、デシマルグレードで最初の登竜門とされる「5.11a」のレッドポイント※3(RP)です。
登る力が伸び悩む日々に、「ここを突破すれば次に進める」という具体的な目標を持った瞬間でもありました。
※1アルパインクライミング:急峻な岩場や雪、氷などが出てくる高山地帯で、さまざまな要素を含む登山のこと
※2フリークライミング:道具は命を守るために使うだけで、登る動作自体は体の力とテクニックで行うスタイル。ボルダリングやリードクライミングを含む
※3レッドポイント:事前に練習したルートを、本番で1度も落ちずに登り切ること
クライミングの種類については、こちらでも説明していますのでご覧ください。
デシマルグレードとは

フリークライミングには「デシマルグレード(YDS)」という難易度表記があります。これはアメリカ発祥の「ヨセミテ・デシマル・システム(Yosemite Decimal System)」に基づくもので、世界中で使われています。
クライミングの難易度は、まず5段階のクラスに分かれ、フリークライミングは「Class 5」に該当します。その中でもさらに細かく数字とアルファベットで示され、5.8、5.10a、5.11c…と、数字が大きくなるほど難しく、a→b→c→dの順に段階が上がります。
たとえば、5.10aは「本格的なクライミング」に入るレベル。筆者が目標にした5.11aになると、中級者以上でないと登り切れない難易度です。数字を見るだけで、「ここを超えれば次のステップ」という目安がはっきりします。
フリークライミング上達の4つのコツ

中級ルートを完登するために、筆者が実際に試してわかった、リードクライミングで欠かせない4つの要素を紹介します。どれも地道ですが、着実に登る力につながります。
保持力・フィジカル:腕だけじゃ登れない、全身で登る
リードクライミング※4では、手指の力だけに頼るとすぐに疲れて落ちてしまいます。重要なのは、腰の高さ、壁との距離、肘の伸縮、体幹、下半身の使い方などを総動員して、無駄な力をセーブすること。
筆者も最初は腕だけで登ってすぐパンプしていましたが、体幹や下半身を意識するだけで、長く登れるようになりました。
「腕がつらい…」と思ったら、体全体を使うことを思い出してみてください。
※4リードクライミング:10〜30mほどの長いルートに中間支点とロープで最低限の安全確保を行い、体ひとつでロープをかけながら登る種類のフリークライミング
クライミングムーブ:動きの流れで力を節約
クライミングムーブとは、身体のバランスや重心の使い方のこと。手足の位置やホールドの形状に応じて体重移動を工夫すると、無駄な力を使わずに登れるようになります。
ムーブは単発の動きではなく、連続した動きの流れとして考えるのがポイント。私も最初は一手ずつ必死でしたが、流れを意識すると指の疲れが驚くほど減りました。
クリップ動作:安全と省エネを両立する
リードクライミングではロープを中間支点にかけるクリップが必要です。慣れないうちは、ロープのかけ方を間違えてしまうこともあります。Zクリップや逆クリップと呼ばれるミスは、場合によっては地面への落下につながるので要注意。
でも、どんな体勢でもスムーズにクリップできるようになると、腕の力を温存できて登りが安定します。
クリップは、まさに「練習あるのみ」の動作です。
パンプさせないための戦略:腕を休ませるタイミングをつかむ
長くホールドを握り続けると腕が「パンプ」して、血流が止まり、握力が落ちてしまいます。完登のカギは、腕を交互に振って血流を戻す「シェイク」をこまめに入れ、休むタイミングを作ること。
課題が難しくなるほど、ムーブの順番や休むタイミング、クリップ動作まで含めた戦略が大切です。筆者も最初は「とにかく登る!」でしたが、少し立ち止まることで最後まで力を持たせられるようになりました。
具体的なトレーニング方法とマインドセット

次に、筆者が取り入れた具体的なトレーニング方法とマインドセットを紹介します。
初心者を脱して5.11aに挑むには、フィジカルだけでなく、考え方や練習の工夫も必要です。ここでは筆者が実際に取り入れた方法を、4つの視点で紹介します。
1. トレーニング編:体と技術を鍛える
まずは登る体を作ることが最優先です。保持力や持久力を高めるだけでなく、効率的なムーブを行うためのフィジカルを鍛えましょう。
フィジカル強化
リードクライミングでは、前傾壁での保持力が重要です。筆者は体幹トレーニングやヨガで柔軟性を、懸垂で背中や腕の筋力を鍛えました。体幹が強いと体全体で壁に張り付けるため、指の力をセーブでき、省エネ登攀(とうはん)につながります。
長物課題で持久力アップ
ボルダリングジムの長物課題(手数が多いトラバース課題)を使って、足運びやレストの技術を磨きました。数字課題をクリアしたら、30分以上壁に張り付くなど、自給力を意識した練習が効果的です。
2. 学習編:観察と振り返りで成長

練習を積んでも、ただ登るだけでは上達しません。自分の動きを振り返り、他人の登りを観察して学ぶことで、効率的に技術を伸ばせます。
なぜ登れなかったかを考える癖付け
落ちたときは、ホールドやフットスタンスを見逃したのか、ムーブに無理があったのか、体力不足だったのか。あらゆるパターンを考え、自分なりの最適解を見つけましょう。試行錯誤はパズルを解くような感覚です。
他のクライマーの動きを参考にする
RPを狙うなら、他人の登り方を観察するのは有効です。身長やリーチの違いでムーブは変わります。「あの人の動きを真似てみよう」と試すことで、自分に合ったベストムーブが見つかるかもしれません。
3. メンタル編:恐怖と緊張をコントロールする
上達の鍵は体だけではありません。登る心を整えることで、難しい課題でも冷静に取り組めるようになります。
ネガティブ感情を手放す
「落ちたらどうしよう」という恐怖や、他人と比べて落ち込む気持ちがあると、登れるものも登れません。筆者は意識的にネガティブな感情を手放すことで、前向きにムーブを起こせるようになりました。
笑顔で緊張をほぐす
少し変わった方法ですが、登っている最中に舌を出すことで表情を緩め、筋肉の緊張を和らげています。口角を上げることで自然と笑顔に近づき、不安や緊張をやわらげる「メンタルハック」になります。
4.「グレード」にとらわれ過ぎないこと

登れないときは、自分を責めずに柔軟に課題を変えましょう。
・グレードを下げて別の課題に挑戦
・クラッシュパッドを使ってボルダーに転身
行き詰まったときこそ、焦らず「楽しむこと」を優先するのが上達への近道です。小さな変化や進歩を見逃さず、次のトライに活かす習慣を持つことが、初心者脱却の大きな力になります。
ライター
Sho
1995年生まれ。元新聞記者。写真の趣味をきっかけに2020年から北海道に移住。野生動物や自然風景、山岳写真を撮影する週末カメラマンとして活動している。山岳登攀にも力を入れており、北海道を拠点に沢登りやアルパインクライミング、フリークライミング、アイスクライミング、ミックスクライミングなどジャンルを問わず登るクライマーでもある。写真も山も、挑戦と冒険をモットーに生きている。山帰りは、デカ盛り大好き大食い野郎と化す。