晩秋の山歩きで、ふと自分の足に目をやると何やら小さなものがびっしり。虫だと思ってギョッとした経験はありませんか?草の種子とわかってほっとするのも束の間、取り除くのが大変!今回は、この通称「ひっつきむし」について掘り下げていきます。
「ひっつきむし」は虫じゃない
気づかないうちに服や靴にくっつき、なかなか離れないことから「ひっつきむし」といわれているこの粒々。これらの正体は、草の実や種子です。
一緒に歩いていた子どもが急に足回りを気にして「痛い痛い」と言い始め、よくよく見てみると原因は「ひっつきむし」だったということも。
「ひっつきむし」はくっついて取るのが大変なだけでなく、刺が服を貫通して肌にあたるとチクチク痛いため厄介です。秋冬のハイキングをさらに楽しむために、「ひっつきむし」の生態と対処法をご紹介していきます。
「ひっつきむし」の繁殖戦略
植物は地面に根を張り自分では動けないため、生育域を広げながら子孫を残すには種子を少しでも遠くに運ばなければなりません。
種子を運ぶ方法には、重力散布・自動散布・動物散布・水散布・風散布があります。より遠くに運ばれる可能性が高いのは、動物散布・水散布・風散布です。
動物散布型には果実などが動物の餌となり離れた所で糞と一緒に種子が排出される場合と、動物の体にそっと付着してその移動に任せて種子を散布する形があります。
「ひっつきむし」は、哺乳類や鳥類の体にくっついて運ばれる動物散布型の植物の種子です。そのため、かぎ状の刺や細かい毛をもつなど、動物の体毛にひっかかりやすい実や種子の構造になっています。
私たち人間も動物として利用され、無意識のうちに植物の種子を運ぶお手伝いをしているのです。
身近な「ひっつきむし」の顔ぶれ
「ひっつきむし」を実らせる植物は、野山だけでなく川原や街中にも存在します。以下にご紹介するのは、比較的よく見られる種類です。「ひっつきむし」の植物を見分けられると避けることも可能<になるので、ぜひ野外で探してみてください。
コセンダングサ
先端に2〜3本の短い毛がついた細長い種子が、放射状に集まっています。服などにくっつくのは、種子の先の短い毛に下向きの小さな刺が生えているためです。服地の目を貫通したり、小さな刺が服に残ったりするとチクチクします。
関東地方以西の河原や空き地に群生するキクの仲間で、高さ1mほどになり、9月ごろから黄色い花を咲かせます。集まった種子の形が特徴的で覚えやすいので、存在に気がついたら近づかないのが得策です。
イノコヅチ
米粒のような形の実の周りに、針のように細い苞(ほう)があり、動物の体にくっつきます。苞はまっすぐなので手で払って落とすのは難しくありません。
市街地のちょっとした地面でも成長するしたたかな植物で、草丈1mくらいになります。8~9月に花を咲かせますが、緑色で小さく地味なので咲いていても目立ちません。ヒナタイノコヅチとヒカゲイノコヅチがあり、前者は全体的に毛が多く白っぽく見え、種子が密につきます。
チヂミザサ
8〜10月に種子をまばらにつけた穂を出します。種子は長い毛で覆われているように見え、長く突き出た毛からべたべたする粘液を出し、動物のからだにくっつきます。
草丈が30cmほどで小さいですが、密生することが多く穂が出る頃には目立ちます。粘着力は強くありませんが、細かい毛がたくさんついてしまうので、うっかり足を踏み入れると大変です。葉の形がササに似ていて、縁がちぢれたように波うっているのが、「チヂミザサ」の種名の由来です。
ヌスビトハギ
三日月のような形の実で、表面にかぎ状の毛が密生しているため、マジックテープのように服にくっつきます。小さい実がしっかりと布地に付着するので、一粒一粒手で取るのは大変な作業です。
草丈1mほどになるマメ科の植物で、7〜9月にピンク色の花を多数つけた花序(かじょ)をのばします。ヌスビトハギにもいくつか種類がありますが、街中でも見られるアレチヌスビトハギは北米原産の帰化物です。
キンミズヒキ
種子を包む実は円錐状で縁に多数の刺があり、特徴的な形です。このかぎ状の刺で服にくっつきますが、立体的なので手で払って取り除きやすい「ひっつきむし」です。
道端や草地に生え草丈1mほどになり、7~10月に穂を伸ばして黄色い小さな花を多数つけます。仙鶴草(せんかくそう)という漢方薬にもなる植物です。
「ひっつきむし」がつきにくい装備とは
「ひっつきむし」がつきにくい服は、レインウェアやトレッキングパンツのように表面がなめらかな素材です。意外かもしれませんが、密に織られているためかジーンズもくっつきにくい布地です。
逆にくっつきやすいのはご想像のとおり、起毛やフリースなど動物の毛のようにもふもふ・ふわふわした素材です。また、動きやすいニット素材にもくっつきやすいので、注意してください。特に小さい子どもを野山で遊ばせるときには、服の素材選びにも気をつけましょう。
服についた「ひっつきむし」を取り除く便利な技
万一、「くっつきむし」がたくさんついてしまい困った場合にお勧めしたいのが、ゴム手袋です。
うっかり「くっつきむし」に好まれる服装で藪に入って、ズボンやフリースの上着などが種子だらけになってしまったら、手で払ったりつまんだりして取り除くのは大仕事。ガムテープなどの粘着テープを使いたくなりますが、服の繊維が抜けてしまい思うように取れません。
こんなとき、ゴム手袋を手にはめて、服の上に密着させながらこそげ落とすように一方向に動かすと、比較的スムーズに種子や実を取り除けます。実や種子がだいたい取れたところで、洗濯機に入れましょう。ぜひ試してみてください。
「ひっつきむし」の楽しみ方
「ひっつきむし」は秋の風物詩。いつものハイキングコースで見つけたら、実際にくっつきやすい構造になっているかどうか、観察してみてください。また、「ひっつきむし」を探している内に、今まで素通りしていたほかの実や種子に気づくかもしれません。
もっと知りたくなった方には、実や種子をターゲットにした図鑑もあります。「身近な草木の実とタネハンドブック(文一総合出版)」は種子散布の方法ごとに植物が紹介されているのでおすすめです。
実や種子は植物が次世代に命をつなぐ手段ですが、ほかの生きものにとっては餌の少ない時期の貴重な食糧となっています。ひっつきむしを通して、生きものどうしのつながりを想像してみるのも楽しいですね。
また、敢えて種子を集めて持ち帰り、種まきしてみてはいかがでしょうか。ある絵本では、靴の上から大きめの古靴下をはいて野原を歩き回り、種子のついた靴下ごと土に埋めて芽が出るのを待つ…という子どもたちのお話が描かれています。
ふだん目につかない小さな種子から、植物の生命力の強さや自然の営みを実感できる体験となりそうです。
ライター
曽我部倫子
東京都在住。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、小さなお子さんや保護者を対象に、自然に直接触れる体験を提供している。
子ども × 環境教育の活動経歴は20年ほど。谷津田の保全に関わり、生きもの探しが大好き。また、Webライターとして環境問題やSDGs、GXなどをテーマに執筆している。三児の母。