自然学校のカタチ③地域再生を担う自然学校の例

Greenfield

自然学校のカタチ③地域再生を担う自然学校の例 出典 かみえちご山里ファン倶楽部

全国各地に広がる自然学校ですが、その拠点はやはり自然が豊かな「農山村」に置かれることが多いです。そして今、どこの農山村でも直面しているのが、都市へ人が出ていってしまうことによる過疎化や住民の高齢化により、地域のコミュニティが成り立たなくなってきていることです。そんな地域をあえて選び、地域が持っている力を掘り起こしながら再生に成功している自然学校の事例をご紹介します。

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部(新潟県)

山里で生きる知恵や技術をレッドデータとしてリスト化。現代にも通ずる「必要な生活技能」として引き継ぎたい

「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」は、新潟県上越市の通称「桑取谷」という地域を拠点にしています。

 

日本の国土の約8割と言われる「中山間地域」の中でも、おそらくここは最奥の、まるで秘境のようなエリア。

桑取谷の「中ノ俣」という集落までは、上越の市街地から峠を4つ越えなくてはならず、「まさかこんな所に人が住んでいるとは…」と初めて訪れる人は度肝を抜かれます。

逆に言えば、そこまで立地的に孤立しているからこそ、この地域で千年以上も前から人が住み、培ってきた「自然と共生する知恵」が純粋に残っているとも言えるでしょう。

 

 

平成13年に実施した調査では、桑取谷には山里における生活技能…例えば、「水車が作れる」、「炭焼きができる」、「魚を素手で捕まえられる」など、が100以上あることが分かりました。

しかしその技術を保持しているお年寄りの寿命から割り出した結果、あと10〜15年でそれらの技術の多くが消滅してしまう、ということも明らかになったのです。

その調査結果をレッドデータとし、地域の伝統と文化を守ろうと2002年に立ち上がったのが、「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」(以下「かみえちご」)です。

地域住民80名も発起人として参加しました。

 

「知恵を引き継ぎたい」若者と集落民の付き合いが地域を変えていく

「かみえちご」には全国から出身、専門の違う若者8名が集まり、スタッフとして活動の主軸を担いました。

だれもが皆、この地域の文化と伝統に敬意を持ち、「教えてもらう」というスタンスでお年寄りの元を訪れ、次第に地域に溶け込んでいきました。

 

 

桑取谷は大・小25の集落が連なるところ。

集落によっては、70歳以上の住民が半分以上を占めるいわゆる「限界集落」も多い中、若い彼らの移住は途絶えていた行事の復活にもつながりました。

若者がおらずできなくなっていた小正月の「馬」という奇祭(横畑集落)や、昔ながらの盆踊りが数十年ぶりに復活しました。

また、結婚式を挙げていなかったスタッフを花嫁に、往時の風習を確認しながら「里の結婚式」も再現されるなど、昔ながらの風景が戻ってきたのです。

 

 

かみえちごの企画するイベントには子ども向けの自然体験や、一般向けのわら細工、郷土料理などの里山体験、また「棚田学校」などの通年型の本格的なプログラムもあります。

そこに地域の年寄りが「講師」として招かれ、外から来た参加者へ“まかない(※)”の知恵や技術を伝えています。

(※)“まかない”=人、食、天然資源、文化、技術、景観、地域内経済、地域内産業など、生存に必要な要素を、地域にあるものを生かしながら自給してゆくこと。かみえちごは地域が自立していくためには、10種類の“まかない”が必要だとしています。(米野菜、海産物・塩、天然採取物、木材資源、エネルギー、水、民族伝統、教育、文化、産業)

 

 

まるでタイムスリップしたかのような、茅葺き古民家や棚田などの風景が残る桑取谷。

そこの暮らしや生き方に惹かれた人達が、県内からも東京などの都会からも多く訪れるようになりました。

この場所を故郷のように感じる人を地域の一員として緩やかに受け入れ、都市と地方で“まかない”を支え合いながら交換していく…そんな新しいコミュニティが生まれています。

 

こちらも合わせてご覧ください

NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部

 

 

 

NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター(長野県)

山村で人間の土台を育む。山村留学が出発点

「山村留学」とは、自然豊かな農山漁村に、小中学生が一年間単位で移り住み、地元小中学校に通いながら、様々な体験を積む活動のことです。

グリーンウッド自然体験教育センター(以下「グリーンウッド」)は、山村留学からスタートし、地域住民の数を超える交流人口を生み出した地域再生の例です。

 

 

1980年代、学校では校内暴力やいじめ、子どもの自殺といった問題が深刻になりました。

学校に居場所のない子ども達だけでなく、テレビゲームの普及などにより外で遊ぶことが少なくなった子ども達に、山村で暮らしながら真の「生きる力」を身につけてほしい…そんな思いから1986年に長野県の泰阜(やすおか)村で「通年合宿所だいだらぼっち」(現在のグリーンウッド)が立ち上がりました。

山村留学「だいだらぼっち」では、18名の小中学生(2017年度)が親元を離れて共同生活をしながら、地元の学校に通っています。

「自分のことは自分でやる」をモットーに、毎日の食事づくりや掃除洗濯、薪での風呂焚き、その薪割りに至るまで、生活に関することは基本的に自分で、あるいは当番を決めて行っています。

一年間のプログラムもすべて子どもが決めていきます。

 

 

山村留学からキャンプ、人材育成に至るまで、グリーンウッドでは、人間の土台をつくる「ねっこ教育」を大切にしています。

スキルやテクニック(枝)を伸ばして良しとする現代の教育の風潮がありますが、その前に「感じる心」、「楽しむ心」、「生み出す心」という人間形成の土台となる“根っこ”を育んでおく必要がある、とのこと。

32年にわたって教育に真剣に取り組んで来たグリーンウッドの理念が、この図に表れています。

 

 

 

外からの子どもとの交流が生まれ、地元の人の意識が変わった

国道も信号もコンビニもない泰阜村に完全に「よそ者」として入ったグリーンウッド。

子ども達を預かる山村留学から始めた活動は、当初なかなか地域の理解を得られませんでした。

活動趣旨を住民に伝える説明会では「村の純真な子どもの血が、都会の悪い子の血で染まる」とまで言われたそうです。

しかし現在は、山村留学や山賊キャンプ等の事業による総収入は約1億円という、村内でも一目置かれる事業体になりました。

また、職員やその家族がすべて泰阜村で暮らすことで定住人口を創出し、グリーンウッドの事業が外部から人を呼び込むことで生まれる交流人口は村の人口(約1700人)以上にまでなりました。

 

 

なかでも大規模なのは「信州こども山賊キャンプ」で、夏と冬に全国から子どもとボランティアが泰阜村に集い、“行列のできるキャンプ”と言われるほどの人気ぶりです。

あえて“ちょっと不便”な環境に身を置くことで「食う寝る遊ぶ働く」をするシンプルなキャンプ。

山村留学を希望する子どもの多くはこのキャンプへの参加がきっかけとのこと。

山賊キャンプの子ども1,100人と、ボランティア350人がひと夏に食べる野菜は、約1.6トン(2010年)ほど。

その9割程度を泰阜村の農家から調達しているとのことです。

「子どもたちが食べるものだから」と、低農薬の野菜づくりを始めた農家もいるとか。

農家にとっては経済的な利益が得られるだけでなく、子ども達の喜ぶ顔が「来年も頑張ってつくろう」というモチベーションにもなっています。

 

 

また、グリーンウッドでは暖房、風呂、登り窯の燃料に使うために大量の薪が必要になるために、子ども達と里山から木を切り出しています。

このことが、地主が管理できず放置された山をきれいにし、お互いにとって利益のある関係を作っています。

過疎の村に子ども達の元気な声が響き、訪れた子ども達からのリアクションや外部からの評価を経て、住民が自分たちの地域に誇りと自信を取り戻しています。

単なる自然体験でなく、山村の暮らしに入りこむ中で、自然と人と深く関わることができる…そんな経験のある人材を育てながら、グリーンウッドは「あんじゃね」(大丈夫だ、心配するな、安心せよという意味の方言)な社会の実現を目指しています。

 

こちらも合わせてご覧ください。

NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター

 

 

まとめ

地域再生に大きく貢献する二つの自然学校の例をご紹介しました。どちらも、一見「何もない」とされがちな過疎の田舎で、そこにある資源(自然、暮らし、人)を見抜いて、外部の人と地域の人をつなぐ力に長けている自然学校と言えます。自然学校は今、人と自然をつなぐだけでなく、農山村においては人と人、人と社会をつなぐ触媒となり、地域活性化の担い手となっています。

公式アカウント

関連記事