かつては“メイド・イン・イタリー”の矜持(きょうじ)を掲げるショップが並んでいたローマの目抜き通り。現在はインターナショナルなファストファッションのお店が増えました。その安さに多くの人が飛びつきましたが、膨れ上がる廃棄衣料が社会問題となりつつあります。イタリア政府はついに、ファストファッションへの厳格な規制に乗り出しました。メイド・イン・イタリー省の創設の経緯とともに、イタリアのファッション事情を紹介します。
娘の“欲しい”から始まった家族会議!親子で現状を知る

中学生になった頃、娘は友達とファッション情報を共有するようになりました。年頃の子どもにとって、ごく自然なことです。ある日、当時ブームだったファストファッションブランドの洋服をオンラインで見つけた娘が“これ欲しい”と父親におねだり。これが、わが家の”家族会議”の発端でした。
友達からの情報から娘が欲したファストファッション
山あいの町に住むわが家の周辺には、ティーンの女の子が好むショップはありません。しかしコロナ禍以降、オンラインショッピングが急速に広まったのが幸い。娘も友達の影響で、ファストファッションのサイトを覗くようになりました。
イタリアの公立学校の多くは制服がないため、洋服は通学着でもあります。ヒップホップ好きの娘の趣味はストリート系。肌の露出は少なく、価格も手頃、これならば両親を説得できると踏んだのでしょう。“友達もみんな買ってる”と、なかなか堂々としたプレゼンでした。
ミニマムを愛する父の提言
ところが娘のささやかなお願いに、夫ははっきり“ノー”とは言わないまでも、思わぬ方向に話を展開させました。衣服に関してはミニマリストを自認する夫の”提言”は、こんな内容でした。
まず、町の衣服回収ボックスの現状。ファストファッションのブーム以降、衣服回収ボックスは常に古着であふれ返っています。次々と登場する安価な衣服は、どこかでコストが削られている。そしてそのしわ寄せが、娘よりも幼い子どもたちに及んでいる可能性があると語りました。
また安価な衣服は品質も低いため古着市場での再利用も難しく、結局は膨大な量のゴミとなってしまう。“安ければいい”という考え方の危うさを、決然と娘に伝えたのです。
“おしゃれが地球を殺す”?ファストファッションの問題点

町の古着回収ボックスはいつもこのような状態
夫から娘への提言は、叱責ではありません。むしろ効果はてきめんで、それ以来娘はかなり慎重に洋服を選ぶようになりました。正直、大人の私にも耳が痛い話でした。ファストファッションの隆盛は、個人の消費行動をはるかに超えた地球規模の問題をはらんでいます。
毎秒ゴミ収集車1台分の廃棄量
UNEP(国連環境計画)の報告によれば、世界では毎年9,200万トンもの繊維廃棄物が生まれています。これは、1秒ごとにゴミ収集車1台分の衣服が処分されている計算になります。
“このくらいの値段ならひと夏着るだけでも元は取れる”と思って買い、1度手を通しただけで廃棄してしまった私の服も、これらに含まれていることになります。
生産過程で世界の温室効果ガス排出量の最大8%を占める
国連はさらに、ファッション産業は、航空業界と海運業界を合わせたよりも多くのエネルギーを消費していると報告。世界の温室効果ガス排出量のうち、ファッション業界が占める割合は最大8%にも上ります。
“服を買う”という日常的な行為が、気候変動にも大きな影響を与えているのです。
年間215兆リットルの水を消費
ファッション産業が年間に消費する水の量は、約215兆リットル。UNEPは、この量はオリンピック競技用プール約8,600万杯分と表現しています。
ちなみに、デニム1本の製造に必要な水は約7,500リットルといわれており、成人が約7年間で摂取する飲料水の量に匹敵します。
途上国における若年層の労働力搾取
夫が娘に最も強く訴えた問題が、“小さな子どもたちが犠牲になっているかもしれない”という現実です。
ユニセフの報告書によれば、縫製・履物のサプライチェーンにおける児童労働はとても深刻。教育も十分に受けられないまま低賃金労働を強いられている子どもたちが多く存在します。
“これ、可愛い!”と手に取る安価な一枚が、遠い国の子どもの健康や未来と引き換えになっているかもしれない。娘だけでなく、私にとっても重い衝撃でした。
国連事務総長アントニオ・グテーレスが“おしゃれが地球を殺しかねない(Dressing to kill could kill the planet)”と語ったのも、あながち大げさなことではないのです。
参照:
UNEP(国連環境計画) “Sustainable fashion to take centre stage on Zero Waste Day”
UN News(国連ニュース) “Fast fashion fuelling global waste crisis, UN chief warns”
UNICEF(国連児童基金) “Children’s Rights in the Garment and Footwear Supply Chain”
欧州のファッション王国が提起したファストファッション規制

多くの問題を含むファストファッション。私たち消費者の意識だけでは、なかなか解決はできません。ファッション王国フランスとイタリアは、それぞれ、ファストファッション規制という法整備へと舵を切りつつあります。
イタリアにおける取り組み
イタリア上院では、ファストファッションの環境負荷を軽減するための法案(DDL S.1690)が提出され、現在審議を待つ状態にあります。
法案の目玉は、繊維製品を環境・社会的影響に基づいてAからEの5段階で評価する国家エコスコア制度(Sistema Nazionale di Ecoscore Tessile)の創設。スコアが低い製品には、罰則が科せられる可能性もあります。
また、インフルエンサーによるファストファッションブランドのプロモーションを禁止する広告規制も盛り込まれました。SNS経由の購買促進に、直接メスを入れるのが目的です。
フランスにおける取り組み
フランスの動きは、イタリアよりさらに一歩進んでいます。繊維産業の環境負荷軽減を目指す法案(PPL n°23-431)は、2025年6月にフランス上院でも全会一致で可決されました。
法案の柱は3つ。エコスコア表示の義務化、ファストファッション製品へのエコペナルティ導入、そしてインフルエンサーによる広告の禁止です。
なかでも注目されるのがペナルティの金額で、環境負荷の高い製品には1着あたり最大10ユーロが課される見込み。安価な服を大量に売るビジネスモデルそのものが、経済的に成立しにくくなる可能性を秘めた法案といえます。
参照:
Senato della Repubblica(イタリア共和国上院) “Disposizioni per la prevenzione e il contrasto del fenomeno del fast fashion”(DDL S.1690)
Sénat français(フランス共和国上院) “Proposition de loi visant à réduire l’impact environnemental de l’industrie textile”(PPL n°23-431)
“メイド・イン・イタリー省”が担う自国製品保護への道

ファストファッション規制と並行して、イタリアでは自国製品そのものを守る動きも加速しています。2023年12月、”メイド・イン・イタリー省(MIMIT)”が正式に発足。高いデザイン性と品質を誇るイタリアブランドの価値を、国家として守り育てる体制が整いつつあります。
“メイド・イン・イタリー”というブランドを国家がガードする
“メイド・イン・イタリー省”の使命は非常に明確です。世界中で愛される“メイド・イン・イタリー”の卓越した品質を守り、その価値をさらに高めることです。また毎年4月15日を“メイド・イン・イタリーの日”とする記念日も制定されました。
新省庁の役割は、単なる宣伝活動にとどまりません。イタリアのデザインを模倣した安価な商品や不公正な価格競争から、職人や中小企業を守ることも重要な柱となっています。
問題点と批判
画期的に見えるメイド・イン・イタリー省の創設ですが、問題点もあります。
たとえば、どの工程までイタリアで行えば“メイド・イン・イタリー”と名乗れるのか、定義の曖昧さが指摘されています。一部の製造を海外に頼っても、“メイド・イン・イタリー”のラベルを貼ってもよいのか。これは今後の課題です。
また、自国製品優先の姿勢が、グローバルな市場において“排他的”と映るリスクも。とくに現メローニ政権はポピュリズムやパフォーマンス重視の傾向があり、自国製品を守る取り組みが一時的なものに終わるのではないかという懸念も囁かれています。
イタリアの真正な技術や伝統をどのように次世代に継承していくのか、今、その真価が問われているのかもしれません。
参照:
MIMIT・Ministero delle Imprese e del Made in Italy(イタリア共和国 企業・メイド・イン・イタリー省)
Il Sole 24 Ore / Econopoly(イタリア経済紙) “Burocrazia e PMI: il Made in Italy tra tutele e paradossi”
Il Fatto Quotidiano“Caporalato nella moda di lusso: governo promette controlli dopo i casi Loro Piana e Max Mara”
ライター
cucciola
ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。
学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。
アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。