海外でトレッキングを楽しむ機会はこれまでもありましたが、“観光の流れを大きく変えずに歩ける山”はそれほど多くありません。クロアチア・ドブロブニクの背後にそびえるスルジ山は、その数少ない選択肢のひとつです。実際に歩いてみると、本格的な装備がなくてもスニーカーで無理なく登れることがわかりました。旧市街の赤い屋根とアドリア海の青は、歩いたぶんだけ少しずつ広がり、街の見え方が変化していきます。山頂で味わう冷えた白ワインとリゾットは、その時間ごとに積み重ねた体験をほどいてくれるようでした。今回は、旅のスタイルを変えずに楽しめるスルジ山登山を、私自身の体験をもとに紹介します。
アドリア海に面した歴史都市・ドブロブニクの魅力

アドリア海に面した“赤い屋根の街”・ドブロブニク。海の青とテラコッタ色の屋根が折り重なる風景は、この街の象徴ともいえる美しさです。
港へ向かって緩やかに傾く街並みは、遠くから眺めるとひとつの絵画のように見え、世界遺産に登録された旧市街が持つ独特の存在感を伝えています。
スルジ山からの眺めをより深く味わうために、まずは街の輪郭を整理しておきましょう。
| 国名 | クロアチア共和国 |
| 位置 | アドリア海沿岸・南ダルマチア地方 |
| 通称 | 「アドリア海の真珠」 |
| 特徴 | 赤い屋根と白い城壁が広がる中世都市。旧市街は世界遺産(1979年登録)。 |
| 歴史的背景 | かつて海洋国家として栄え、交易と外交で独立を維持。堅牢な城壁と石畳の街並みが現存。 |
| 気候 | 夏は乾燥し、冬は温暖。年間を通して晴天が多く観光しやすい。 |
| 主な見どころ | 旧市街の路地、城壁ウォーク、スルジ山からの絶景、港エリア、カフェやレストラン街 |
| アクセス | ドブロブニク空港から旧市街まで車で約30分。市内は徒歩移動が中心。 |
出典:Dubrovnik Tourist Board(ドブロブニク観光局)
日本からのアクセス
日本からドブロブニクへ直行便はなく、イスタンブール、ドーハ、ワルシャワなどを経由するのが一般的です。乗継を含め全行程は 15〜20 時間ほど。空港から旧市街へはバスやタクシーで約30分。観光スポットは徒歩圏内にまとまり、初めてでも動きやすい街です。
歴史が育んだ“守られた街”

中世のドブロブニクは、海洋共和国として交易と外交を駆使し、長く独立を保ってきました。堅牢な城壁と石畳の街並みにはその歴史が今も色濃く残り、歩くほどに時の積層が見えてきます。
観光地としての魅力:歩くたびに顔を変える街

私が訪れたのは11月下旬。日中は上着がいらないほど暖かく、石畳に陽が差すたびに街の明るさが増し、路地の陰影がくっきりと浮かび上がっていました。

赤い屋根とアドリア海の組み合わせは、ジブリ映画『魔女の宅急便』や『紅の豚』を思わせる風景です。公式に舞台と明言されているわけではありませんが、箒に乗った魔女の少女や、空を駆ける飛行艇がふいに現れそうな空気が漂っていました。
旧市街は迷路のように入り組んでおり、どの路地を進んでも違う景色に出会えます。行き止まりかと思えば広場が開け、その先にまた別の風景が続いていく——そんな歩く楽しさがあります。

街には地域猫も多く、石畳で日向ぼっこをしていたり、観光客に近寄ってきたりと、街そのものが猫たちの居場所になっていました。治安もよく、昼夜を通してひとり歩きでも不安を覚える場面はありませんでした。
スルジ山から眺める、もうひとつのドブロブニク

旧市街を歩いていると、街の入り組み方や海との位置関係が少しずつわかってきます。その全体像を俯瞰できるのが、背後にそびえるスルジ山です。
スルジ山の概要
| 名称 | スルジ山(Mount Srđ) |
| 標高 | 約412m |
| 位置 | クロアチア・ドブロブニク旧市街の背後に位置 |
| アクセス | ロープウェイ(約4分)、徒歩(約60〜90分) |
| 見どころ | 旧市街とアドリア海を一望できる展望地 |
| 地形 | 石灰岩の山で、山頂に向かうにつれ岩が多くなる |
| 山頂施設 | 展望レストラン、独立戦争博物館 |
| 歩きやすさ | スニーカーで登山可能(岩場あり・足場注意) |
ロープウェイと徒歩、それぞれの行き方

ロープウェイは約4分で山頂に到着し、効率よく絶景へアクセスできる便利な手段です。
- 乗り場:旧市街東側のケーブルカー下駅(旧市街ゲートから徒歩数分)
- 所要時間:約4分
- 料金(往復):大人:30ユーロ(2025年現在)
- 運行時間:9:00〜22:00(季節により変動)
- 運行頻度:約30分間隔(混雑時は短縮あり)
- 注意点:風が強い日は運休の可能性あり※料金・運行情報はスルジ山ケーブルカー公式情報を参照。最新の運行状況は現地公式サイトで確認を。
Dubrovnik Cable Car
徒歩ルート:行き方と難易度の目安

一方、徒歩ルートは 景色の変化を味わいながら登れます。スルジ山の登山口は旧市街から徒歩15〜20分ほどの場所にあり、住宅街を抜けた先に標識が出ています。
- 登山口までのアクセス:旧市街から徒歩15〜20分
- 所要時間:約60〜90分
- 道の特徴:序盤は白い土の道、中腹から砂利・岩場が増える
- 注意点:日陰が少なく、夏は水分必須
ロープウェイも便利ですが、歩くことでしか見えない景色を期待して、私は徒歩ルートを選びました。
歩いたからこそ見える、スルジ山の表情

歩き始めてしばらくすると、標高412mという数字以上に視界が開け、街と海がひとつのパノラマとして重なり始めます。振り返るたびに、歩いてきた路地の位置関係が立体的につながり、地上ではわからなかった街の構造が少しずつ見えてくるのが印象的でした。
ここからは、歩いたからこそ見えた道中の様子を紹介します。
道中の様子と歩く楽しみ方

私が登り始めたのは午前10時ごろ。太陽が高くなる時間帯で、旧市街の赤い屋根とアドリア海の青が明瞭に分かれ、街の並びや城壁の形がくっきりと見渡せました。
登山道は白い土の道から始まり、進むにつれて細かな砂利の斜面、さらに中腹では角ばった石灰岩が段状に連なる場所が現れます。
写真では伝わりにくいのですが、実際に歩くと散歩道よりずっと歩きごたえがあり、ジグザグに折れる急な斜面や足場を選ぶ必要のある区間もありました。乾いた日でも砂利が滑りやすく、慎重を要する場所も。

それでも、振り返るたびに景色が変わるのがスルジ山の魅力。旧市街は城壁ごと小さくまとまり、赤い屋根の密度が“街のかたち”として浮かび上がる瞬間があります。アドリア海は進むごとに視界を広げ、青が段階的に深まっていくのがはっきりわかりました。
カーブに入ると海風が体温を落ち着かせ、周囲は不思議なほど静かになります。音の変化すら、歩いた者だけが味わえる体験でした。
山頂のレストランと絶景の食卓

山頂にたどり着くと、風景はさらに大きく開けます。そこにはガラス張りのテラス席を備えたレストラン「Panorama」があり、アドリア海と旧市街が一望できます。

私はテラス席に座り、白ワインとシーフードリゾットを注文。辛口の白ワインは喉の乾きを潤す透明感のある酸味で、体に自然に染み込んでいきました。

リゾットには地元産の魚介の旨みがしっかりと染みていて、穏やかな塩気と海風の相性がよく、“眺めながら食べることで味が完成する” と感じられる一皿です。
歩いてきた時間と景色の変化が、そのまま食事の満足感につながるような、静かで豊かな休息になりました。
時間帯で変わる、ドブロブニクの光と眺め

夕方にかけて、ドブロブニクの街は光の当たり方で大きく表情を変えます。
太陽が海側へ傾くにつれて旧市街には金色の光が差し込み、屋根や城壁に斜めの影が伸び、街全体が深い陰影をまとっていきます。

サンセットが近づくと、海面が朱に染まり、石造りの建物がそっと浮かび上がるように見えます。日没の瞬間を目当てに、多くの旅行者が港へ足を運ぶのも納得の美しさです。
私自身は夜に山頂までは登っていませんが、港からスルジ山を見上げると、山頂の灯りが海に反射し、昼とはまったく違う静けさがありました。その光の落ち方から、山頂から眺める夜のドブロブニクもまた、街がゆっくりと浮かび上がるような景色なのだろうと感じました。
ただし、登山道には街灯がないため夜間の徒歩登山は危険。夜景を楽しむならロープウェイを利用するのが安全です。
スルジ山は、ドブロブニクのもうひとつの顔に出会える場所です。岩場の感触、風の向き、振り返るたびに移ろう海と街の表情──歩いたぶんだけ景色は具体的な輪郭を持ち、旅の印象が鮮明になっていきます。ドブロブニクを訪れたなら、ぜひ“スルジ山登山”を旅のプランに加えてみてください。ほんの少し歩く時間を足すだけで、旅はまったく違う風景を見せてくれるはずです。
ライター
Ryoko
ひとり海外旅行と海外トレッキングを愛し、自然や文化に触れる旅をライフワークにするライター&エディター。猫と音楽にも目がなく、心惹かれる音や風景を文章で切り取るのが得意。国内外のフィールドで得た体験を、読者と共有することを楽しみにしている。