ベトナム北部・サパ近郊にあるカットカット村は、モン(Hmong)族が数百年にわたって暮らしてきた集落です。現在は観光地として整備されていますが、その背後には、家族の営みや農耕、手仕事といった地域の生業が今もそのまま息づいています。前編では、タ・フィン村に暮らすモン族の手仕事や家族の営み、霧とともにある日常の風景を辿りました。
後編となる本稿では、その“続く暮らし”が観光地化の進むカットカット村でどのように保たれ、観光と生活が同じ場所で並行して存在しているのか──その共存の姿を辿ります。

観光地であり集落でもあるカットカット村の現在

カットカット村

前編で感じたモン族の“自然とともに動く暮らし”は、観光地として整備されたカットカット村にも根づいていました。

前編のタ・フィン村トレッキングツアーの模様はこちら

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本稿に先立つベトナム編の2本もあわせてどうぞ。

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カットカット村は、モン族が暮らしを営む集落でありながら、入場料を払って入る観光地にもなっています。ここからは、村の概要と歩く中で見えてきた景色を紹介します。

カットカット村の概要

名称 Cat Cat Village(カットカット村)
所在地 ラオカイ省サパ郡サン・サ・ホー(San Sa Ho)コミューン
(サパ中心部から約2〜3 km)
入場料 大人:VND 150,000(約880円)、子ども:VND 70,000(約440円)※2025年10月現在
営業時間 5:00〜22:00(年中無休)
主な見どころ 棚田、モン族の木造家屋、滝(ティエンサ滝)、手工芸品店、民族衣装レンタル

参考:Hidden Land Travel(Cat Cat Village Guide)

村を歩くと見えてくる“二つの風景”

カットカット村

村の入口で感じた観光地としての雰囲気は、道を進むにつれて生活の風景へと自然に溶け込んでいきます。観光客向けの店と、そこで暮らす人々の日常が同じ道の上にあり、その重なりがカットカット村の現在を象徴していました。

観光と日常が隣り合う道

観光客向けの店が並ぶ通りには、民族衣装や刺繍小物が並び、観光地として整えられた景色が続きます。少し視線をそらすと、店の裏側では物干しに吊るされている洗濯物が揺れ、家畜が横切り、子どもたちが裸足で駆け回る姿が。

軒先では藍染の布を干す女性や、刺繍に勤しむ家族の姿があり、手仕事が生活の一部として続いている様子も見えます。

棚田と家々に残る、変わらない営み

カットカット村

観光通りから下り道を進むと、開けた谷に棚田が現れます。斜面に沿って広がる棚田は、モン族が受け継いできた農耕の仕組み。水路の音が近くなり、生活の気配が濃くなってきました。

棚田のそばでは、田の手入れをする人や水路を整える姿も見え、観光とは別のゆるやかな時間の流れが続いていました。土地の段差や水の流れに合わせて働くリズムが、この地域の暮らしを支えているのだと感じました。

観光に関わる子どもたちの現実

カットカット村

村を歩くなかで気づくのは、観光に関わる子どもの多さでした。その姿には家庭の事情や地域の経済がそのまま反映されていて、単純な善悪では語れない現実が横たわっています。

刺繍ポーチを売る少女

村の入口付近では、刺繍のポーチを差し出し「買って」と声をかけてくる少女がいました。最初は戸惑いましたが、これが彼女の日常であり、家族の暮らしを支える役割でもあると知りました。

サパの街中でも、赤ちゃんをおんぶしたモン族の子どもが商売をする姿を何度も見かけました。幼い体に大きな責任が背負われているように見えて、思わず足を止めてしまいました。

モン族の暮らしでは、子どもも家族の一員として働き手になることが珍しくありません。家計をみんなで支えるという価値観が根づいており、子どもが観光に関わる姿もその延長にあるのだと感じました。

教育の機会が限られる背景

こうした状況の背景には、モン族が置かれてきた教育環境があります。モン語と公用語の違いによる言葉の壁、山岳地帯ゆえの地理的な距離、家計を支えるために子どもが働かざるを得ない家庭の事情──そのどれもが、学校に通うハードルを高くしています。

教育を受ける機会が限られることは、選べる働き方の幅が狭くなることにもつながっているのです。

英語を話すガイドが見せてくれた“教育の力”

カットカット村

子どもが学校に通えず、働く姿にジレンマが残る一方で、カットカット村で別の可能性を示す存在にも出会いました。
村を案内をしてくれたカットカット村出身のモン族の20代の女性は、栽培している薬草の効能や畑の様子を流暢な英語で説明し、私の質問にもていねいに答えてくれました。

彼女はこうも話してくれました。
英語を覚えたことで、働ける場所が増えたんです。前よりもガイドの仕事が好きになりました
その言葉には、暮らしの選択肢を自分の力で広げようとする前向きさがにじんでいました。

観光の仕事を通じて、自分たちの文化を “語る” ことができるようになった——。
彼女は幼少期から観光客を迎える村の暮らしのなかで、英語を“自然に”学び始めたのかもしれません。もしくは、地域の教育支援プログラムなどの機会を通じて、ベトナム語・英語の基礎を磨いたのかもしれません。

いずれにしても、村の案内という仕事を自ら選んだ“橋渡し役”として成長してきたのでしょう。英語ガイドとして振る舞うその姿には、観光と暮らしが交錯するこの地で、しっかりと“伝える”という意志が見えました。

子どもの頃には選べなかった働き方が、英語を学ぶことによって少しずつ開かれていく村のなかにある もう一つの未来が、彼女の言葉の奥から立ち上がってくるようでした。

変わりながら続く文化と、地域の持続性

カットカット村

観光は村の風景を確かに変えてきましたが、それは同時に“この土地で暮らし続けるための選択”にもなっています。伝統を守るだけではなく、働きながら更新していく柔軟さが、地域の持続性につながっていました。

藍染の模様、棚田を流れる水音、子どもたちの笑い声——どれも形を変えながら続いてきた営みです。観光が地域の経済を支え、働きながら文化を更新する力につながり、結果として地域が“住み続けられる場所”として機能しているように見えました。

 観光収入が生計を支え、英語を身につけた若い世代がガイドとして文化を伝え、棚田や手仕事が地域の時間をつないでいく。どれも単純な構図ではありませんが、それぞれが“ここで生きるための現実的な手段”として息づいていました。旅先で出会う風景の背景には、そこで暮らす人の選択があります。次の旅では、そんな視点で土地を見つめてみてはいかがでしょうか。景色の中に、これまで気づかなかった物語が見えてくるはずです。

Ryoko

ライター

Ryoko

ひとり海外旅行と海外トレッキングを愛し、自然や文化に触れる旅をライフワークにするライター&エディター。猫と音楽にも目がなく、心惹かれる音や風景を文章で切り取るのが得意。国内外のフィールドで得た体験を、読者と共有することを楽しみにしている。