イタリア各地の田舎町では、「サーグラ」と呼ばれる祭りが行われます。地元に伝わる食材や料理が主役になることが多く、スローフードを愛するイタリア人の姿を見ることができます。例えばローマ郊外の山あいで毎年秋に開かれる「栗祭り」。現地で取材したからこそ見える、イタリア人の地元への誇りと、伝統を守り続ける暮らしを紹介します。

「サーグラ」とは伝統的な特産品をアピールする祭り

「サーグラ」とは、ラテン語の「サクルム(神聖なもの)」という言葉から生まれたといわれています。 農業と深く関連しているサーグラは、ワインやキノコ、オリーブオイルや栗など、地元の食材の収穫や完成を祝うもの

かつては村や町の人びとが楽しむお祭りでしたが、2000年ごろから町の人もサーグラを求めて足を運ぶようになりました。スローフードブームに伴って、各地の名産物のおいしさが脚光を浴びるようになったことがサーグラの隆盛に拍車をかけたのです。

地元にとっても、特産物を売り出す絶好の機会。とくに秋になると各地で行われるサーグラの情報がネット上にあふれ、多くの人が郊外に向かい、実りの秋を体感します。

食の流行に左右されないイタリア人

イタリアは食事がおいしいことで有名ですが、自国の料理に対するイタリア人の自負心も相当なもの。マンマの料理を世界一と思っている人が多く、食に関しては非常に保守的です。

日本のように毎年「期間限定商品」が並ぶことはなく、スーパーの棚にあるのはいつもの食材やお菓子。変わらないからこそ安心できる—。そんな暮らしが、イタリアの日常です。

旬のものはスーパーで買うよりも青空市場で手に入れるのが一般的。並ぶのは近郊で採れた野菜や果物で、みずみずしい味わいは飽きることがありません。

サーグラに込められた地元食材と郷土料理

イタリアの食事情を踏まえてサーグラを訪れると、イタリア人の食への思いが理解できます。

地元産の食材と昔から伝わるレシピがサーグラの主役。普段は専業主婦のマンマたちも、町をあげてのサーグラには率先して参加し、祭りの期間中だけオープンする簡易レストランで腕を振るいます。

高級料理ではなく、素朴な家庭料理こそがイタリア人の誇り。サーグラはその魅力がぎゅっと詰まった食の天国です。

イタリア人にとって、週末は自然の中で家族と過ごす大切な時間。サーグラは、地元の食材を味わいながら散策も楽しめる場として、暮らしにすっかり根づいています。

スローフードが息づくイタリアの食文化

「ファストフード」と対極にある「スローフード」の概念はイタリア生まれ。その理由が、サーグラを訪れると肌で実感できます。

イタリアにとっての「食」は、ただ食べることではありません。家族や友人が集い、ワインを片手に語らいながら何時間も続く日曜のランチ。地元の畑でとれた野菜や果物を並べ、笑い声に包まれる食卓—。イタリアではそうした時間そのものを「食」と呼びます。

忙しさのなかで食事を短時間で済ませることをイタリア人は好みません。日曜日のランチには一族がそろって食事をする習慣が根強く残っています。

サーグラもまた、その空気の延長にあります。派手さや“映え”ではなく、素朴で充実した時間を大切にするイタリアン人の姿。そこに、この国の食文化の本質が息づいているのです。

ローマ郊外の栗祭り現地取材—山の町に根づくサーグラ文化

毎年10月に行われる栗祭りの様子

私が住んでいるのは、ローマの南側に位置するカステッリ・ロマーニ地方。自然豊かなこの地方ではサーグラが多く、私が住む町でも毎年10月に栗のサーグラが開催されます。

町中が栗を煎る煙に包まれるサーグラの様子を紹介します。

栗の木に囲まれた町、その理由は?

私が住む町は標高750mほどのところに位置しています。町を取り巻く栗林から、秋になるとまるで“栗の雨”のように実が落ちてくる。そんな光景が日常です。

これほど栗の木が多いのには理由があります。かつて小麦が不足した山の町では、栗を粉にしてパンの代わりを作っていました。膨らまず重たい食べ物だったそうですが、それでも人々を飢えから救った大切な糧でした。

今も山の斜面を覆う栗林を見ると、その歴史と暮らしの記憶が息づいていることを実感します。

町民が総出で参加する祭り

私が住む町の人口は2万人ほど。サーグラは、この町の歴史地区といわれる地域で行われます。

サーグラは準備の段階から町全体が動き出します。普段は広場でおしゃべりに興じるおじいさんたちも、反抗期まっただ中の10代の子どもたちも、栗を煎る道具を運んだり、簡易レストランを整えたりと準備大忙し。祭りを前に、町じゅうが活気に包まれます。

当日を迎えると、食べ物の提供だけでなく、中世の生活を再現した行列やコンサートも催されます。町民はそれぞれの得意分野で力を合わせ、祭りをさらに盛り上げていきます。

そして一番の楽しみはやはり食べ物。大きな鉄板で煎られた栗は紙袋に入れられ、赤ワインとのセットで3ユーロ(約500円)。イタリアでは焼き栗に赤ワインを合わせるのが定番です。売店に知っている顔がいると、おまけしてくれるのも楽しいもの。

紙袋に入った焼き栗の横には、クルミやキノコなど秋の味覚がずらり。栗を炒る煙と香りが混ざり合い、歩くだけでお腹が鳴ります。

栗から生まれるお菓子や料理の数々

手前は栗入りのチョコ、奥に見えるのはフリテッレ

町の人たちが作る栗のお菓子は実に多彩です。代表格は「カスタニャッチョ」。栗の粉で焼き上げた素朴なケーキは、ふくらまず薄いけれど、しっとり香ばしい味わいです。

ほかにも、栗の粉の生地を揚げて砂糖をまぶしたフリテッレ、艶やかなマロングラッセ、ほろりと崩れる栗の粉のクッキー、栗のジャムまで。屋台をのぞけば甘い香りに誘われて、ついつい財布のひもがゆるんでしまいます。

「まあ、地元にお金を落としてるんだからいいよね」と笑いながら買い物をするのも、この祭りならではの楽しさです。

町のマンマたちが自慢の料理を提供

我が家のお気に入りはカブ科の野菜とポテトを使ったフリッタータ

サーグラの楽しみは栗だけにとどまりません。町のマンマたちが腕を振るう家庭料理も、もうひとつの目玉です。湯気を立てるポルチーニ入りの手打ちパスタや、「ラモラッチャ」というカブ科の野菜とポテトを煮込んだ素朴な一皿。限られたメニューながら、どれも滋味あふれる田舎料理ばかりです。

奥さんがキッチンで鍋をかき混ぜ、旦那さんが「次のお客さんどうぞ!」と声をかけながら注文をさばくー。まさに家族総出のファミリービジネス。子どもや孫たちも皿を運んだり席を整えたり、にぎやかにレストランを切り盛りします。

マンマたちは気前よくレシピを教えてくれるけれど、家で同じように作ってもあの深い味わいは再現できません。だからこそ毎年この季節になると、常連客としてまた足を運びたくなるのです。

イタリア各地の祭りを楽しむ

サーグラでは中世の衣装の行列に遭遇することもあり楽しい!

地元密着型の祭り・サーグラは、近年ますます注目を浴びています。地産地消やスローフードの考え方が広まるなかで、イタリア各地で開催されるサーグラは今や年間2万件以上。旅行中に町を歩いていると、広場から漂う香ばしい匂いや音楽に誘われ、思いがけずサーグラに出会うことも少なくありません。

ローマ近郊のさまざまなサーグラ

首都ローマ近郊でも、秋から春にかけて個性豊かなサーグラが開催されています。

ワインで知られるマリーノの町では、噴水からワインが噴き出すユニークな祭りが名物。ローマっ子が週末を楽しみに訪れる人気のサーグラです。

湖畔の町ネーミでは、春になると真っ赤なイチゴを主役にした祭りが開かれ、町全体が甘い香りに包まれます。さらに香草を詰めて丸焼きにした「ポルケッタ」のサーグラは、各地で繰り広げられる定番の味覚イベントです。

トリュフやポルチーニ、おいしい食材が主役の各地の祭り

「ポルケッタ」という香草を詰めた豚の丸焼きが主役のサーグラもあります

旅行中にサーグラを見つけると、ちょっと得した気分になります。とりわけポルチーニやトリュフを主役にしたサーグラでは、町中に芳醇な香りが漂い、お財布のひもがどんどん緩んでしまいます。

私が訪れたトスカーナのクティリアーノのサーグラでは、特産物が一堂に集まるにぎやかな祭りでした。食べ物に加えて、毛織物や革製品など職人の手仕事も並び、山あいの町全体が活気に包まれていました。標高1,000mを超える高地で育った「メーロのポテト」と呼ばれるジャガイモのおいしさは格別で、5キロも買い込んだのが懐かしい思い出。

このサーグラで買ったホワイトレザーのベルトは今も柔らかさを保ったまま、旅の記憶を呼び起こしてくれます。

イタリア料理の魅力は、高価な素材ではなく、地元で採れる新鮮な食材にあります。サーグラは、そうした食材と人々の暮らし、そして伝統が息づく場所。旅行中、もしてサーグラを見つけたなら、ぜひ立ち寄ってみてください。その偶然こそが、旅をいっそう特別なものにしてくれることでしょう。

cucciola

ライター

cucciola

ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。

学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。

アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。