一般登山道ではなく、自然にある渓流から山を登る「沢登り」は、日本独自の登山スタイルです。遡行する沢は基本的に整備されたゲレンデではないため、時にはエイド(人工登攀技術)も駆使して登るのが特徴。そのスタイルには、華やかなクライミングにはない泥臭さと冒険性があり、山の魅力が詰まっています。しかし、自然特有のリスクや不確定要素を考慮して状況に応じた判断やロープ確保技術、登攀技術が求められる領域でもあります。ここでは、筆者のリーダー経験をもとに沢登りの基本的な技術と、リーダーに求められる技術についてお伝えします

沢登りのリーダーが「身に付けておきたいスキル」とは

沢登りのリーダーには、アルパインクライミングのような登攀スキルに加えて、滝やゴルジュを突破するスキル、メンバーとのチームワークが求められます。また、他人が過去に遡行した沢の場合、沢の難易度である遡行グレードが本やインターネットの記録で公開されているはず。他人を沢に連れていくリーダーであれば、遡行記録をよく調べ、着実にステップアップしながら、メンバーのレベルに応じた沢を選ぶことが大切です。

そして、沢では携帯の電波が入らないことも多々あります。万が一、メンバーの誰かが怪我をして動けなくなった場合のセルフレスキュースキルや、知識も身につけておくべきです。レスキュースキルはさらに専門的な領域となるため、ここでは沢登りのリーダーなら身につけておきたい最低限のスキルについて、紹介します。

登り方

沢登り、シャワークライミング、確保技術

まず、岩をホールドとして使う際は、浮石でないかを叩いて確かめて、岩を押さえつけるようにして登るのが基本です。この時、しっかりとしたホールドでない限り、岩を引くようなムーブは避けるべきです。仲間が落石を起こしそうな登り方をしていたら指導・注意しましょう。草付き斜面では、束ねた笹や草の根っこを掴むこともあれば、土に指やゴルジュハンマー※1 のブレードを突き刺して登ることもあります。

足はラバーソールの沢靴を履いて登る場合、細かいフットスタンスを点で拾うよりも、面で大まかに捉えるスメアのような動きを多用します。チムニー(凹角)形状の岩は足を突っ張るステミング※2 も有効。もっと幅が広くなると体を横に倒して突っ張り、ジリジリと登るというような大胆な登り方もできます。

※1 ゴルジュハンマー…沢登りやクライミングでピトン打ちや支点作りに使う軽量コンパクトな登攀用ハンマー

※2 ステミング…対向する壁に手足を突っ張って体を支えながら登るクライミング技術

藪漕ぎ

沢登り、シャワークライミング、確保技術

整備された登山道ではないため、沢登りに藪漕ぎはつきものです。登攀できない滝を高巻き※3 する時はよく藪漕ぎになります。笹やハイマツといった藪がうるさい場合は視界がほとんど効かないので、進路に気を配りながら進む必要があります。

※3 高巻き…登れない滝や危険な場所を避けて、沢の横の斜面を登り回り込んで通過する技術

仲間のサポート

沢登り、シャワークライミング、確保技術

フリーで登るのが難しい滝や大きな岩は、仲間の肩に足を乗せて高い場所を乗越したり、お助け紐で上から引っ張り上げたりする協力プレイも必要になります。濡れと停滞による体力消耗を避けるために、なるべくスピーディーに進むことが肝要。仲間が苦戦していれば上や下からサポートしなければいけません。

水流が激しい場所では流されたり、釜(滝つぼ)の複雑な流れに巻き込まれたりしないようにロープで補助するといった方法もあります。水量と落差がある滝の釜は要注意!泡立ったポイントに巻き込まれると簡単には抜け出せず、溺れる危険があるからです。

支点の取り方

沢登り、シャワークライミング、確保技術

沢では自然物でアンカーを作って支点を確保するのが基本です。生きた立ち木や灌木、頑丈な岩でビレイステーション※4 を作成します。リス(岩の細い裂け目)にハーケンを打ち込むか、クラック(岩の割れ目)にカムデバイス※5 などのナチュラルプロテクションで取ることも有効。滝や壁の登攀時は、中間支点にハーケン※6 やカムデバイスを多用します。

少し恐ろしいですが、笹をスリングで束ねてガースーヒッチ※7 をつくり、余長をイワシ結び(笹を束ねて動かないように縛る)をすることで懸垂下降ができるほどの強固なアンカーも作れます。ナチュラルプロテクションでビレイステーションを作る際は、3点以上のポイントから支点を取るのが理想と筆者は考えています。

※4 ビレイステーション…クライミング中に確保(ビレイ)や中継点として使用する複数の支点をまとめた安全確保用の場所

※5 カムデバイス…岩の隙間に差し込んで広がることで固定し、クライミング中の墜落を防ぐための可動式プロテクション器具

※6 ハーケン…岩の割れ目に打ち込んで使用する金属製の固定支点で、クライミング時の墜落防止や支点構築に使われ

※7 ガースーヒッチ…主にスリングで物体(カラビナや木など)を固定する際に使う、簡単で確実な結び方(摩擦系ノット)の一種

ゴルジュの突破

沢登り、シャワークライミング、確保技術

両サイドが狭い壁に囲まれた谷地形を「ゴルジュ」や「廊下」と呼びます。ゴルジュは水流が長い年月をかけて両岸を削って形成される地形です。水深が深く足がつかないことも多いため、泳ぎやへつり、突っ張りを利用して突破しましょう。泳げない人はライフジャケットを持っていくのもよいですが、防水バッグに空気を入れてザックを浮袋にする方法もあります。

また、ゴルジュは高巻きができないことも多く、雨による急な増水・鉄砲水に対して逃げ場がなくなるポイントです。もし遡行中に水が濁りだしたら、冷静に進退を判断してください。

魚止め滝・CS(チョックストーン)の突破

沢登り、シャワークライミング、確保技術

ゴルジュで高巻きもできない滝やチョックストーン※8 は、フリーで登れなければエイドクライミングで突破するのが定石。ロープと接続したハンマーを岩の上部に投げ込み、引っかけて仮固定したロープを頼りに登る「ハンマー投げ」という技の見せ所です。成功すればヒーローになれます。リスがあればハーケンを打ち込んでエイドするという手段もあります。

※8 チョックストーン…沢や岩の割れ目に挟まって動かなくなった自然の石(岩)で、クライミングや沢登りでは足場や支点として使われることがある

大滝、側壁の登攀

沢登り、シャワークライミング、確保技術

大滝は登攀が可能かどうかを見極める能力が必要になります。カムが入るクラックもない場合、水に打たれながらリスにハーケンを叩き込んでランニングビレイ(適宜確保をとりながら登る)を取って登ります。基本的に支点はプア(貧弱)で、ランナウト※9 することも珍しくありません。絶対に落ちないという前提で挑戦し、敗退するときは可能な限りクライムダウンしたいところです。

逆層や水流の多さから、登攀が不可能な大滝は、側壁から高巻きするしかありません。側壁もヌメリが強い場合があるので、タワシで擦るなどしながら慎重に登攀しましょう。

※9 ランナウト…クライミング中に最後の支点から次の支点までの間隔が長く、落下時のリスクが高い状態

渡渉(としょう)

沢登り、シャワークライミング、確保技術

水深が深い箇所を渡る「渡渉」の場合、スクラム※10 を組む方法のほか、両岸に張ったロープを頼りに渡り切る手段があります。ガルダーヒッチ(カラビナ2枚でロープの逆戻りを防止するシステム)や倍力システム(2倍や3倍の力で引き上げられるロープセット)、チロリアンブリッジ※11 などの方法で弛まないようにロープを張り、浮き袋にしたザックとロープをカラビナでクリップ。そのままザックに捕まり、バタ足で渡ってしまうという流れです。

張ったロープと体を直接つなげる方法は、流されて自由が利かなくなり、溺れてしまう危険があります。また、水が白く泡立っているポイントは流れから抜け出せなくなることがないように、引き込み用のロープでビレイし、救出できるようにしておきましょう。

※10 スクラム…仲間同士が体を支え合って狭所や段差を乗り越える即席の協力動作

※11 チロリアンブリッジ…ロープを使って谷や川を渡るための空中に張られた水平の渡渉システム

あると心強いアイテム

ここでは、リードとして沢登りへ行く際に持っておくと心強いアイテムを紹介します。ぜひ参考にしてください。

ゴルジュハンマー

リスにハーケンを打ち込む際に使うほか、急な草付き斜面にピッケルのように突き刺して使ったり、ロープと結束して岩に引っ掛けることで人口登攀する「ハンマー投げ」に使うこともあります。「沢ヤ」の魂ともいえるアイテム

ナチュラルプロテクション

カム・ナッツ・クロモリハーケンというようなギアを駆使して、自然物で構築できるアンカーのこと。沢登りの対象はゲレンデではないため、クラックやリス、大きな岩や頑丈な生木といった自然物を支持物とします。ちなみに、熊笹は地中の根っこでつながっているため、縄で束ねれば懸垂下降ができるほど強固なアンカーになります。

セルフジャミングプーリー

PETZL(ペツル)の「マイクロトラクション」やEDELRID(エーデルリッド)の「SPOC(スポック)」のような、スパイクとプーリー(滑車)が一体化したギア。後続の同時登攀で時間短縮できるほか、セルフレスキューにも使える優れものです。

水を吸っても重くなりにくいスリング

ナイロンスリングは水を吸って重くなり、強度も半減します。少し値が張りますがダイニーマスリング、切断に強いケブラースリングが水を吸っても重くなりにくくて便利です。長いスリングなら後続のお助け紐としても使えます。

タワシ

濡れた岩はヌメリが強く、滑りやすくなっています。どうしてもホールドやスタンスとして使いたい部分がヌメッていた場合、このタワシで擦れば、フリクションが劇的に上がります。安く手に入る自動巻き取りコードで、ザックのショルダーハーネスにつけておけば余裕がない局面でもすぐに取り出せ、落としてしまう心配もありません。

タコ糸

懸垂下降する際のマルチピッチクライミングでも使えるアイテムです。ロープを回収するためにロープを支点で折り返し、2ラインで懸垂下降するのが一般的ですが、ロープの末端をカラビナでガースーヒッチ※をつくって仮固定することで降りればロープの長さいっぱいの距離を降りられます。タコ糸をロープ末端とつながるカラビナに縛り、下降後に紐を引けば、メインロープを残置せずに済みます。補助ロープを使ってもよいですが、タコ紐の方が圧倒的に軽いのでおススメです。

Beal(べアール)の「Escaper(エスケーパー)」というフリクションコードの原理を利用したアイテムもありますが、沢では落石のリスクが上がるため、おススメできません。

登山をする人の中でも、少しマニアックな山行スタイルである沢登りをする人というのは、相当山が好きな人だと思います。尾根歩きをしているだけでは味わえない爽快感や高い自由度、冒険要素が沢の醍醐味です。しかし、その自由度や冒険要素には当然リスクが存在します。くれぐれもけがや事故には気を付けて、暑さを吹き飛ばす沢登りを最大限楽しみましょう。

Sho

ライター

Sho

1995年生まれ。元新聞記者。写真の趣味をきっかけに2020年から北海道に移住。野生動物や自然風景、山岳写真を撮影する週末カメラマンとして活動している。山岳登攀にも力を入れており、北海道を拠点に沢登りやアルパインクライミング、フリークライミング、アイスクライミング、ミックスクライミングなどジャンルを問わず登るクライマーでもある。写真も山も、挑戦と冒険をモットーに生きている。山帰りは、デカ盛り大好き大食い野郎と化す。