スイスには海がないのに、人々は夏になるとビーチへ向かいます。そのビーチの正体は、海ではなく湖のほとり。そこにあるのが「バーディ(badi)」と呼ばれる公共の湖水浴施設です。泳ぐことが大好きな国民性に加え、「自然とともに過ごす」という価値観が根付いているスイス。今回は、実際にバーディを利用した湖水浴から、日本との違いやスイス流のレジャーの魅力について紹介します。
スイスの夏!水辺のアクティビティ事情
スイスでは、泳ぐことは特別なことではなく、日常の延長。幼稚園や小学校では、水泳の授業があり、小学生のうちに泳げるようになることが当然とされています。夏季には週1回のペースで行う学校も多く、水辺で安全教育や体の使い方を学ぶことに重点が置かれています。
水泳の授業は屋内外のプールを利用しますが、筆者の息子が通う学校では、チューリッヒ湖を泳いで横断するというイベントも開催され、子どもたちは湖で泳ぐ経験をしました。小さな頃から自然と水に親しむ環境があり、泳ぐことは健康の一環として生活に組み込まれています。
スポーツクラブに属さなくても、近くのバーディにふらりと立ち寄って泳ぐ。そんな気軽さが日常に溶け込んだ水辺文化を育てているのです。
泳ぐ場所としては、川やプールもありますが、夏の水辺レジャーとして圧倒的に人気があるのが「湖」です。その理由は複数あります。
・海よりも波が少なく、穏やかな水面でリラックスできる
・多くの湖は透明度が高く、水に入るだけで気持ちが整う感覚が得られる
・湖畔には芝生や木陰があり、景観と静けさの中で自然とつながれる
・都市部からアクセスがよく、仕事帰りに立ち寄れる気軽さがある
スイス国内には大小合わせて1,500以上の湖があります。湖はまさに、スイス人にとっての「海の代わり」であり、夏のレジャーに欠かせない存在です。
そして、湖は単なるレジャースポットではなく、心と身体を癒す場所でもあり、「日常の社交の場」でもあります。
・仕事終わりにひと泳ぎ
・仲間と芝生でピクニック
・静かに読書と日光浴を楽しむ
こうした光景がごく自然に存在するのが夏のスイスの風景です。
また、スイスでは日照時間が長くなる夏は、21時ごろまで明るいことが多く、夕方から水辺に出かける人も多く見られます。とくに夏の間は「日常に自然がある」暮らしなのです。
日本では、自然の中に行くことが特別なイベントになりがちですが、スイスでは日常の延長として自然の中に身を置く文化が浸透しています。
「今日は天気がいいから、湖で泳いでリフレッシュしよう」
「夕食はバーディで泳いでからグリルしよう」
そんな日常と自然が一体化したライフスタイルが、スイスの夏には根付いています。
スイス流海の家「バーディ」が夏の憩いの場
湖と人々をつなぐ存在が「バーディ(Badi)」と呼ばれる水浴施設です。夏季に解放され誰もが気軽に利用できます。バーディはスイス各地にあり、施設によって規模や設備はさまざま。一般的には以下のようなものが備えられています。
- 広々とした芝生広場(寝転がったり、ピクニックが楽しめる)
- 更衣室・シャワー・トイレ
- 飛び込み台や浅橋
- 軽食スタンドやカフェ
- SUPやカヌーの貸し出し
入場料は大人が500円〜1,000円程度。子どもは無料の施設も多く、気軽に利用でき便利です。シーズンチケットを購入すれば、夏の間何度でも通えるのも魅力。
バーディは「泳ぐための場所」である以上に「過ごすための場所」でもあります。水に入らなくても、芝生に転がって本を読んだり、友人とおしゃべりしたり、湖を眺めながらランチをとったりと自由な過ごし方ができます。
場所によっては、小さな子どもが遊べる浅めのプールや噴水があり、乳幼児も水に触れる機会があるのはうれしいところ。
日本の海水浴場にある「海の家」は、軽食やかき氷、ビーチパラソルの貸し出しなどを行う、便利なサービスの拠点としての役割を強く感じましたが、スイスでは商業的な要素を最小限に抑えているように感じます。
過剰な音楽や広告もなく、あくまで「利用者の心地よさ」と「自然との共存」が重視されています。
まさにバーディは、地域の人々にとっての「夏の公園」。誰でも自然体で立ち寄れ、無理のないペースで1日を楽しめる、そんな場所です。
バーディ体験!湖水浴で感じたこと
初めてバーディを訪れたのは、ルツェルン湖畔沿いの湖水浴施設でした。晴れた日の午後、周囲には学生や家族連れ、お年寄りなど、さまざまな人々が自分のスタイルでくつろいでいました。
最初に感動したのは、湖水の透明度。水底の石や水草、泳ぐ魚がくっきりと見えるほど澄んでいて、都心から近い場所とは思えないほどありのままの自然が感じられました。
そして、その水質にも驚きました。海水浴の後に感じるあの「肌のベタつき」「パリパリ感」は一切なし。湖は淡水なので、肌がさらりとして心地よく、シャワーなしでも快適に過ごせます。
「湖=なんとなく濁っている」という筆者のイメージをくつがえす、清らかな気持ちになれる湖水にすっかり魅了されました。
アクティビティも実に多彩です。泳ぐ人もいれば、SUPを楽しむ人もいる。家族でピクニックをするグループ、本を読む人、ただ芝生に寝転んでいる人など、人々は思いのままに過ごしています。実際に泳ぐかどうかに関係なく、「水辺にいる」こと自体が豊かな時間として受け止められているように感じました。
もうひとつ印象的だったのは、人の目を気にしない文化だということ。年配の人も若者も自分に合った水着姿で日光浴を楽しんでいて、周囲の誰もがそれを当たり前の光景として受け止めていました。
見た目や年齢ではなく、自分がどう感じるかが基準になっています。誰もが自分らしくリラックスして、自然とともにある時間を過ごす。そんな価値観が根付いていることに感銘を受けました。
また、環境を汚さないという意識の高さから、ゴミが少ないという点も素晴らしいなと思いました。ゴミ箱が少ないにもかかわらず、芝生や水辺にはほとんどゴミが落ちていません。人々はマイボトルや再利用可能な容器を持参し、出たゴミは持ち帰ります。
ゴミを出さない工夫をすることが、当たり前のマナーとして浸透しています。「自然は借りているものだから、次の人のためにもきれいに使う」そんな意識が、子どもから大人まで共通してあります。
ライター
アルパガウス 真樹
スイス在住の40代主婦。息子とスイスの自然を楽しみながら、さまざまなアクティビティに挑戦。夏は森の中でのBBQやハイキング。海のないスイスでは、湖水浴が定番なので、夏季は湖沿いで過ごしたりSUPを楽しんだりしています。現地からスイスの自然との触れ合いをお届けします。