環境への負荷を考慮し、世界各国で普及しつつあるマイボトル。イタリアの首都ローマには、“ナゾーネ”と呼ばれる水飲み場が点在しており、地元の人だけではなく、観光客ものどを潤している光景をよく目にします。あらゆる人に無料で供給されるローマの水は、ローマという町のアイデンティティであり、古代ローマ時代から続くインフラ施設のシンボル。水飲み場のマップアプリまであるイタリアの水事情と、昨今のマイボトルの普及についてイタリア在住歴19年のライターが解説します。
ローマの水は無料?歴史地区に200箇所以上ある水飲み場

ローマの町を歩いていると、どこからともなく水音が聞こえてくることがあります。その理由は“ナゾーネ”と呼ばれる水飲み場。歴史地区だけでも200個以上あるナゾーネの水は無料で、マイボトルが空になったときも、持っていないときも、喉を潤すことができます。なぜローマにはこのような水のシステムが整備されているのでしょうか。
ローマの水飲み場“ナゾーネ”
イタリア語で水飲み場を指す一般的な名称は“フォンタネッラ”。しかし、ローマの人は親しみを込めて“ナゾーネ(大きな鼻)”と呼びます。蛇口部分が突き出した鼻のように見えることから生まれたローマ方言です。
他の都市で見かけるフォンタネッラとナゾーネの決定的な違い、それは蛇口部分にあります。通常のフォンタネッラは、蛇口をひねったりボタン部分を押したりして水を出します。一方ナゾーネの水は、24時間流れっぱなし。絶え間なく水を循環させることで、真夏でも新鮮な水を供給しているのです。
24時間流れっぱなしの水は、エコ意識と反すると思われる方が多いと思います。ローマの水システムは、水の停滞から生じる細菌増殖を予防するための知恵。「アックア・フェルマ(停滞した水)」は、マラリアをはじめとする疫病の発生源として恐れられてきた歴史があります。配管を清潔に保つために、現在もその伝統を継承しているのです。
流出してしまったナゾーネの水は無駄になるわけではなく、下水道に流れ込み、悪臭を抑えるなどの役割を果たします。これもまた、水を停滞させないためです。ちなみに24時間流れっぱなしのナゾーネは、ローマの町独特のもの。他の町では、蛇口で締める形が主流です。

近隣の町にある水飲み場。ローマと違い蛇口で締める形です。
ナゾーネでは、空になったボトルに給水する人もいれば、そのまま豪快に水を飲む人の姿も。ナゾーネの蛇口部分には小さな穴があるタイプのものもあり、蛇口の先端を指でふさぐと、その穴から水が曲線状に飛び出てきます。口をつけずに水を飲むことができる仕組みです。
参照:ACEA「Custodiamo nasoni e fontanelle, patrimonio di acqua e storia」
ローマの町の誇りでありアイデンティティでもある“無料の水”
“すべての道はローマに通じる”といわれ、高度なインフラを誇ったローマ。道だけではなく、帝国内に張り巡らされた水道もローマの誇りでした。首都ローマでは、市民がふんだんな水の恵みを受けることができたのです。
現代に残るナゾーネは、こうした歴史の延長上にあります。“水はすべての生命に平等に与えられるべき”という古代からの精神は、今も“ローマの寛容”として受け継がれてきました。あらゆる人に無償で水を供給する独自のスタイルを、今も維持し続けています。
ローマのナゾーネはただの水飲み場ではなく、町のアイデンティティのひとつといえるかもしれません。
衛生面の検査も万全!

“水は買うもの”というコンセプトが普及した現在、街角の水飲み場の水の安全性が気になるところです。
ナゾーネの水は365日チェックされ、詳細な分析が行われています。ローマの一般家庭の水道と同じ水が供給されているため、飲み水としてもまったく問題はありません。(※)
ただし、日本の軟水とは異なり、ローマの水はカルシウムやマグネシウムが豊富な硬水。人によっては、お腹が刺激されてしまうケースもあります。
参照:ACEA「La qualità della tua acqua」
コーヒーは水道水ではなくナゾーネから?
家庭の水道水と変わりないナゾーネの水ですが、なぜかこの水でコーヒーを入れるとおいしいという都市伝説があります。24時間絶え間なく流れるナゾーネの水は、配管内で冷たく新鮮な状態が保たれているため、家庭の水道水よりおいしいとされているのです。
イタリア国内でもナポリは、コーヒーがおいしいことで有名な町。これもまた、ナポリの水の成分が理由だという噂があります。
イタリア人の夫も、長期間プラスチックに保管されている市販の水よりも、毎日水質チェックが行われているナゾーネやフォンタネッラの水のほうがおいしいはずだと信じているようで、旅行先で水を買うことはほとんどありません。
町の中に水道橋が残るスルモナという町のバールでは、店の目の前にあるフォンタネッラから水を汲んで、お客さんに出している光景にも出くわしました。
イタリアでの生活における水へのこだわり

ポンペイの遺跡にあるフォンタネッラは現役
古代から豊かな水を享受してきたせいか、イタリア人の水への思いは深いようです。日常生活に欠かせない水に関連するエピソードを紹介します。
引っ越し先の水質を重視した夫
我が家がいくつかの候補地の中から今の場所に引越しを決める際、夫が調べていたのが各地域の水質。そして周辺の環境でした。
現在、私たちが住んでいるローマ南部のカステッリ・ロマーニ地方は“州立公園(Parco Regionale)”の指定を受けています。そのため、景観や自然を守るための規制が厳しく、環境負荷の大きい産業施設の建設はほとんどありません。
また、このあたりは火山活動によって作られた地形であり、ミネラル成分が多い良質な水で知られています。実際、真夏でも冷たい水が蛇口から出てくるため、我が家の冷凍庫は氷知らず。ミネラルウォーターを買うこともありません。
小学校の5年間、一貫した“水のリサイクル”に関する研究
娘が通ったのはごく普通の公立小学校ですが、在学中の5年間、一貫して行われていたのが“水のリサイクル”をテーマにした授業や活動です。
哲学の始まりが“水”であること、健康の維持における水の重要性、学校の周辺に残る古代の水道橋見学をはじめ、ローマ水道局(ACEA)による水関連の演劇鑑賞など、活動は多岐にわたりました。
あまりに徹底した教育であったため、「少しでも蛇口の水を出しっぱなしにすると子どもに怒られる」とママ友のあいだで笑い話になったほどです。ちなみに、そんな子供たちもローマに遠足に行き、ナゾーネの流れっぱなしの水のシステムを知ることに。“古代の知恵”と“現代の節水”というコンセプトの違いに、感慨深げでした。
旅行中は“水飲み場アプリ”を活用!
ローマの歴史地区だけで200個以上あるナゾーネは、歩いていれば見つかりますが、他の町で無料で水が飲めるフォンタネッラはそれほど多くはありません。
そこで便利なのが、フォンタネッラの位置情報が得られるアプリ。町の散策時だけではなく、山や海に遊びに行くときも、最寄りの水飲み場を知ることができとても便利です。
参照:ACEA「La qualità della tua acqua」
GooglePlay「Fontanelle d’Italia」
イタリアのマイボトル事情

私が住む町の一角にある水の供給所。通常の水、ガス入りが選べ、市役所が発行したカードがあれば無料。
マイボトルを愛用する人が増えた近年、イタリアにおけるマイボトルについて紹介します。
学校や見本市で配布されるマイボトル
水に関する教育に力を入れていた娘の学校では、入学時にステンレス製のマイボトルが支給されました。町の紋章入りのこのマイボトル、ボコボコに変形してしまった今も、娘は大切に愛用しています。私は日本で購入した150mlサイズの水筒を持ち歩いています。
夫の場合は、仕事上の見本市に参加すると、販売促進グッズのひとつとしてマイボトルをもらってくることが増えました。ただしほとんどがプラスチック製。イタリア人はなぜか、水をはじめとする飲み物はプラスチックではなくガラスでないとおいしくないと思い込んでいるため、プラスチック製のマイボトルはあまり使うことがありません。
環境改善を目的にローマ水道局が提供する無料の水
フォンタネッラ以外にも、無料で水を入手できる場所があります。それは、直訳すると“水の家(Casa dell’acqua)”と呼ばれる給水ステーション。マイボトルなどの容器が必要ですが、常温の水、冷水、ガス入りの水が無料です。
イタリア国立統計局(ISTAT)によれば、イタリア人は節水意識が高いにもかかわらず、3人に1人は水道の水質を信用しておらず、ミネラルウォーターを購入する傾向があるそうです。
イタリア政府はプラスチックボトルの削減や運送コストの軽減を目指し、2010年頃から各地に給水ステーションを設置。フォンタネッラやナゾーネが歴史的な水飲み場であるのに対し、給水ステーションはその現代版といったところでしょうか。
私の町にも数年前に設置されました。ガラスのボトルに給水し、自宅に持って帰る町民の姿をよく見かけます。
ワインの量り売りが根付かせた?“容器持参”スタイル

近所のアグリツーリズムにある量り売りのワイン。
容器を持参して給水するというスタイルがイタリアで受け入れられたのは、ワインの販売方法にも起因するかもしれません。
名のあるワインの多くはボトルで売られていますが、日常的に飲むテーブルワインは、地元産の安いものを買うことが多いイタリア。これらの多くは量り売りされていて、空になった瓶を持参することになっています。
青空市場でも野菜や果物は基本的に量り売り。プラスチックの袋ではなく、紙の袋に詰めてくれる当たり、環境への配慮が感じられます。
ライター
cucciola
ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。
学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。
アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。