春の訪れとともにダイバーを悩ませる「春濁り」。視界が悪いからと敬遠されがちですが、実はこの時期こそ本土の海が活気に満ちる最高のシーズンです。筆者自身、学生時代は「春は沖縄一択」と信じていましたが、ダイビングショップで働き始め各地の海を知るうちに、その認識は一変しました。ダンゴウオの幼魚などの春限定のアイドル、魚たちの力強い繁殖行動など、この時期だけの見どころが詰まっています。
この記事では、春濁りの仕組みから春の海を楽しむコツ、沖縄の海に頼らずとも楽しめる厳選スポット7選を、元ダイビングショップスタッフの筆者が詳しく紹介します。
「春の海はつまらない」は誤解!プロが伝えたい3つの特別な理由

ダイバーになって間もない頃や、リゾートで輝くような透明度しか知らない人にとって、春の本土の海は魅力的な場所ではないように思うかもしれません。
確かに視界が1m先も見えないような強烈な春濁りに遭遇すると、「外れかぁ…」と肩を落とすこともあります。
しかし、ダイビングショップで働き、四季折々の海の表情を見つめ続けてきた私にとって、春は「一年で最も海が躍動し、生命の輝きが凝縮される季節」です。
なぜベテランダイバーやプロが、濁りを承知で春の海に向かうのか。その理由は大きく分けて3つあります。
命が芽吹く季節!「マクロ生物」の宝庫
春の海の主役は、なんといっても小さな命たち。この時期、多くの生物たちがベビーラッシュを迎えます。
その筆頭が、春のアイドルの代名詞とも言える、ダンゴウオの幼魚。体調わずか数ミリ、海藻の影にちょこんと張り付く姿は、思わず「がんばって!」と応援したくなります。
水中ガイドから指を向けられても、どこを指しているのかわからないほどの小さな小さなアイドルを探す体験は、冬・春の海だからこそ。一つの場所に、じっくりと腰を据えて没頭できる究極の遊びとも言えます。
さらに、ウミウシも春に種類・数ともに爆発的に増える生き物のひとつです。「海の宝石」とも呼ばれる色鮮やかなウミウシたちがあちこちで姿を見せるこの季節は、マクロ派ダイバーにとってまさに至福のシーズン。
視界が悪いからこそ10cm以内の世界に集中できる。その瞬間、濁りの存在は消え、生き物たちの鮮やかな色彩だけが目に飛び込んできます。
水中での「恋の季節」。貴重な繁殖行動
春は、魚たちにとって愛を育む季節でもあります。水温の変化やプランクトンの増加は、繁殖のスイッチを入れる重要なトリガーとなります。
なかでもダイバーを魅了するのが、春ならではの「婚姻色」です。普段は地味な色をしている魚たちが、パートナーを惹きつけるために、驚くほど鮮やかで刺激的な色彩へと変化します。
求愛のダンスを踊るオス、目まぐるしい追尾行動、そして産卵シーン。ただ泳いでいるだけでは決して見ることのできない、生命のドラマがあります。水中でしか出会えない「生命の物語」を目撃できるのも、春ダイビングの大きな魅力のひとつです。
混雑知らず、のんびり自分たちのペース
夏休みや秋の連休の喧騒を思い浮かべてみてください。ボートの上は人と器材でギュウギュウ、水中はダイバーの吐く泡で溢れかえっている…。そんな状況では、じっくり観察したり、写真を撮ったりするのは難しいものです。
その点、春は非常に静かです。人気スポットであっても、この時期はダイバーの数が落ち着いているため、プライベート感たっぷりのダイビングが楽しめます。
ガイドさんも、一人ひとりのリクエストに対してきめ細かく対応してくれることが多く、自分のペースでゆっくりスキルを磨いたり、納得がいくまで一匹の生物と向き合ったりするには、春は贅沢なシーズンです。
気になる「春濁り」の正体と発生する時期

春のダイビングを語る上で避けて通れないのが「春濁り」です。なぜ海が白、あるいは緑色に濁るのか。そのメカニズムを知れば、濁りに対するネガティブな感情が、自然の敬意へと変わるはずです。
春濁りの正体は「生命の源」
春濁りの原因、それはズバリ「植物プランクトン」の大発生です。
冬の間、冷たい空気によって冷やされた海面付近の水は、密度が高くなり海底へと沈み込みます。代わって、海底付近にあった栄養豊富な海水が水面へと押し上げられる「鉛直混合(えんちょくこんごう)」※という現象が起こります。
※鉛直混合…海の深い部分と浅い部分の海水が入れ替わる自然現象
春になり、日照時間が長くなって光合成が活発になると、この栄養を糧にして植物プランクトンが爆発的に増殖します。これを「スプリングブルーム(Spring Bloom)」と呼びます。
つまり、海が濁っているのは、海の生態系を支える基礎的な栄養が溢れ返っている証拠です。
このプランクトンを食べる小さな生物が増え、さらにそれを食べる魚が集まる。春濁りは、海が一年を生き抜くため、エネルギーチャージをしている姿なのです。
春濁りが発生する具体的な時期
エリアによって前後しますが、本州周辺での一般的な傾向は以下の通りです。
| エリア | 春濁りの時期 |
| 伊豆(関東) | 3月中旬〜4月 |
| 和歌山(関西) | 3月下旬〜4月下旬 |
| 長崎(九州) | 3月上旬〜4月 |
一度濁ったら終わりではなく、潮の満ち引きや風向き、低気圧の通過などによって、劇的に透明度が回復する「隙間」のある日もあります。この、濁りと回復の繰り返しこそが、春の海の醍醐味でもあるのです。
視点を変えれば世界が変わる!春の海を楽しむコツ

「透明度が悪いから楽しめない」と決めつけるのは、あまりにももったいないことです。四季を楽しむレジャーダイバー(趣味で潜るダイバー)は、濁った海でも120%楽しむための技を持っています。
「マクロ(近接)」に全集中する
視界が3mしかないなら「30cm」以内の世界を楽しみましょう。
春は、数ミリ単位の極小生物が最も多い時期です。ワイドな景色を追うのではなく、岩の隙間や海藻の裏をじっくり覗き込んでみてください。水中ルーペ(拡大鏡)を持っていくのもおすすめです。
肉眼では気づかなかった繊細な模様や、生き物たちの表情が見えてきたとき、透明度の低さは全く気にならなくなります。
なお、陸上用のルーペは水中では機能せず意味がありません。水中での使用を検討する場合は、水中専用のルーペを選びましょう。
水中でのライティングを研究する
水中で写真を撮る際、正面からストロボを当てると、プランクトンが光を反射して画面全体が真っ白になる「バックスキャッター(後方散乱)」が起こります。
これを防ぐには、斜め横から光を当てるのがコツです。被写体の正面から光を当てないことで、浮遊物を強調せずに、生き物の色だけを浮き立たせることができます。
春の海はプランクトンが多く、ストロボの当て方ひとつで写真の仕上がりが大きく変わります。だからこそ、光のコントロールを意識する絶好の練習の場なのです。
「濁り」を演出として楽しむ
濁りを悪いものではなく、幻想的なフィルターと考えてみませんか?
春の海特有の、深く優しい緑色の水中に、太陽の光がカーテンのように差し込む光景は、通常では見ることができない幻想的な美しさがあります。この独特な雰囲気を活かした写真は、非常にアーティスティックな仕上がりになります。
ガイドの技を盗む
視界が悪いなか、ガイドはどうやって迷わず根(岩場)へ辿り着き、どうやって小さな生物を見つけているのか?その答えを知るためには、ガイドの動きを観察し、地形の目印を意識することが大切です。
ガイドのスキルを盗むことで、あなた自身のダイビングスキルも飛躍的に向上します。
特に、濁った海でのダイビングは、コンパスナビゲーションや地形把握の能力が格段に試されるため、スキルアップを目指すダイバーには、春の海は最高の練習環境と言えるでしょう。
絶対に行くべき!本土周辺のおすすめ春ダイビングスポット7選

沖縄のような安定した透明度はなくても、それを補って余りある魅力が詰まった、厳選された7つのスポットを紹介します。
女川(宮城県)
東北の海を代表する女川は、本土以南ではなかなか出会えない生物たちが生息する貴重な海です。
中でも女川の春は、クチバシカジカや、巨大なミズダコなど、冷たい海ならではの生物が勢揃い。
筆者が特におすすめしたいのが、ホヤに乗ったダンゴウオ、通称「ホヤライダー」の観察です。東北でしか見られない貴重な体験なので、マクロ派のダイバーはぜひ一度訪れてください。
館山(千葉)
館山は、ダイバーであれば一度は耳にするであろう「シャークスクランブル」がある有名スポットです。そんな館山の春の海は、青物の魚影をぐっと近くに感じることができ、岩影などには幼魚がひっそりと泳いでいて、ダイバーにとっては忙しい季節です。
また、水中神社やマンボウランドといった好奇心をくすぐる名物スポットが点在しています。春限定のダンゴウオの幼魚との遭遇も高確率なため、マクロにするかワイドにするか、フォト派ダイバーを悩ませる場所です。
大瀬崎(静岡)
「ダイバーの聖地」である大瀬崎の春の海は、海藻が大きく成長し、水中が森のように広がる幻想的なスポットとして知られています。
藻の間からこぼれ落ちる太陽の光と温もりは、春の訪れを感じるゆったりとした時間をもたらします。
ウミウシやエビ、カニといったマクロ生物の産卵はもちろん、アオリイカの産卵シーズンでもあり、大型のアオリイカの観察が楽しめます。
串本(和歌山)
本州最南端の串本は、黒潮の恩恵を最も受けるエリアです。
ジョーフィッシュの口内保育やアオリイカの産卵など、多様な水中生物の繁殖行動が活発で、生物好きのダイバーには外せません。
串本の春の見どころとして特筆すべきは、特定のエリアでしか見ることができない「ケヤリ」です。見る角度によって色の変化が楽しめる、不思議かつ美しい海藻で、上級のフォト派ダイバーをも魅了します。
柏島(高知)
「マクロの聖地」柏島は、春になってもその実力が衰えることはありません。激レアと言われるホムラハゼや、ド派手で小型な珍しい生物ハナイカを高確率で観察することができます。
また、柏島の春の魅力は生物だけではありません。太平洋側に位置し温暖な気候なため、5月から5mmウェットスーツ+フードベストでダイビングを楽しめるという魅力もあります。
青海島(山口)
日本海側に位置する青海島は、春に浮遊系ダイビングの聖地へと変わります。
春の潮流に乗って、リュウグウノツカイの幼魚や、見たこともないクラゲ類、タコの仲間など、外洋の深場から珍しい生き物たちが流れ着きます。何が出るかわからない、宝探し以上のドキドキ感がここにはあります。
天草(熊本)
天草の春の海と言えば、美しい海藻の森とダンゴウオのベビーラッシュです。特に、東日本では見ることができない「サクラダンゴウオ」は名物となっています。
また、透明度が50mを超えると言われる湧水ダイビングも期間限定であり、春の九州ならではのダイビングスタイルを体験することができます。
春のダイビングで失敗しない3つの注意点

春の海は魅力たっぷりですが、快適に楽しむためにはいくつかのポイントに注意が必要です。
1.水温は「一年で最も低い」時期
気温が上がり、陸上が暖かくなっても、水温の温度は数ヶ月遅れて表れます。
3月が一年で最も水温が低く、4月上旬でもその冷たさが残っていることがほとんどです。インナーをしっかり着込んだドライスーツでの潜水を強くおすすめします。
2.花粉症対策を万全に
ダイバーにとって鼻詰まりは「耳抜き」の天敵です。花粉症の人は、医師と相談の上、眠くなりにくい薬を服用するなど、潜降に支障がないよう事前に対策をしましょう。
3.防寒着を忘れずに
春の日差しでポカポカな陽気を感じると、つい準備を怠ってしまいがちな防寒着。陸が暖かくても、ダイビング後の身体は非常に冷えやすいため、防寒対策は必須です。
ライター
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マリンスポーツのジャンルを得意としたwebライター。海遊びの楽しみ方やコツを初心者にも伝わるよう日々執筆活動中。スキューバダイビング歴約20年、マリンスポーツ専門量販店にて約13年勤務。海とお酒と九州を愛する博多女です。