イタリアは歴史的な建造物をホテルとして改築する例が多く、“アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)”として人気。地域と共生する宿泊スタイルは、サステナビリティの観点からも注目されています。イタリアで誕生した「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)」は、過疎化する地域の再生や、地域の景観保護を目的に、日本でも広がりを見せています。実体験も含めて、意義と魅力を紹介します。
アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)とは?

キッチン付きも多いアルベルゴ・ディフーゾ
イタリアで開催されたミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックは、“分散型オリンピック(Olimpiadi Diffuse)”というスタイル。競技に利用された施設の90%は、既存のものを使用しました。サッカー場や世界遺産となっている古代遺跡を活用した分散型のオリンピックは、今後のイベントにも影響を与えそうです。
イタリアは、既存の資源を活用することに長けた国。“アルベルゴ・ディフーゾ”(分散型ホテル)はまさに、その代表格です。アルベルゴ・ディフーゾが誕生した理由と定義を解説します。
アルベルゴ・ディフーゾの誕生
アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)は、単なる宿泊施設ではなく、「半分は家、半分はホテル」というホスピタリティモデルです。
その原点は、1976年にイタリア北部のフリウリ地方で発生した大地震に遡ります。災害からの復興の中で、壊れた建物を立て直すだけではなく、歴史的な景観を保護しながら、地域の過疎化を防ぐためのアイデアとして生まれました。
構想は宿泊施設として具体化され、1980年代にジャンカルロ・ダッラーラ教授らによって正式に提唱されました。その後、アルベルゴ・ディフーゾは地域再生の手段のひとつとして、イタリア各地に広がったのです。
アルベルゴ・ディフーゾの定義
イタリア全土に普及したアルベルゴ・ディフーゾですが、各州によって法律は異なります。ラツィオ州の法律を参考にすると、アルベルゴ・ディフーゾの運営目的は「地域の歴史的・文化的・景観的資産を活かした持続可能な観光を促進し、観光需要に対応すること」にあります。
アルベルゴ・ディフーゾと名乗る条件は、次のように定められています。
・建物は歴史的・伝統的な建築で、地域の景観と調和すること
・中心の建物に受付があること
・所有者が異なる建物でも一貫した運営は可能
・人口4万人未満の地域であること
・客室となるユニットは、中心の建物から300m以内であること
・建物は3棟以上であること
州によって細則は異なりますが、目的や基本的な定義は変わりません。
※参照
Giochi Olimpici Invernali di Milano Cortina 2026 「Sostenibilita` Now 26」
Alberghi Diffusi 「La Nascita degli Alberghi Diffusi」
Regione Lazio「Regolamento regionale 3 Agosto 2015 n. 7」
イタリアで分散型ホテルが人気の理由

オレンジ色の街灯が美しい夜景も楽しめるアルベルゴ・ディフーゾ
アルベルゴ・ディフーゾは、その後、イタリア各地に広がっていきました。実際、郊外にある近代的なホテルよりも、歴史地区や牧歌的な風景の中に佇むアルベルゴ・ディフーゾを好む人が多い傾向があります。その理由はどんなところにあるのでしょうか。
観光スポットへのアクセスのよさ
イタリアでは、2004年に“文化財・景観法(Codice dei beni culturali e del paesaggio)”が発布されました。この法律により、歴史地区の景観を損なう建築は規制されています。
そのため、駐車場も完備した大規模なホテルは郊外にあり、観光地へのアクセスが不便ということがよく起こります。歴史地区にあるアルベルゴ・ディフーゾを拠点に観光する方が効率的なのです。
アットホームな雰囲気の中で滞在できる
古民家や歴史ある建築物を活用したアルベルゴ・ディフーゾは、多くても10室程度の規模が大半。建物だけではなく家具などのインテリアも昔ながらのものが使用されていることが多く、親戚や友人の家に滞在しているようなアットホームな雰囲気が魅力です。
キッチンや洗濯機付きの施設も多いため、バカンスなどで長期滞在する場合にはとても便利。オーナーとも気さくにおしゃべりができるため、地元の人しか知らない貴重な情報を教えてもらえるのもメリットです。
イタリア人の歴史や伝統への敬意とアルベルゴ・ディフーゾは相性抜群
普段から歴史的建造物に囲まれて暮らしているイタリア人は、近代的な設備よりも、伝統的な空間を好む傾向にあります。実際、ビジネスシーンでは通常のホテルを利用する人も、休暇ではアルベルゴ・ディフーゾを愛好する人が多数。
別荘のような感覚で家族や友人たちと和気あいあいと過ごすのが、国民性にも合っているのです。
“徹底した保存から利益を生む”!イタリアで有名なアルベルゴ・ディフーゾ

バカンス先として人気のアブルッツォですが過疎化が進む山村が数多くあります。
廃村の危機にあった地域がアルベルゴ・ディフーゾの存在によって脚光を浴びる。そんな例もあるイタリアには、知名度が高いアルベルゴ・ディフーゾがいくつかあります。アルベルゴ・ディフーゾ誕生の経緯や、有名になった理由を紹介します。
アブルッツォ州「サント・ステファノ・セッサーニオ」

イタリア人ならば1度は耳にしたことがあるほど有名になったサント・ステファノ・セッサーニオ
1980年代に提唱されたアルベルゴ・ディフーゾの理念が、見事に形になった例があります。それがアブルッツォ州の山村「サント・ステファノ・セッサーニオ」です。地域の再生と文化遺産の救済を可能にしたサント・ステファノ・セッサーニオの例は、イタリア各地にアルベルゴ・ディフーゾが生まれる契機を作りました。
1990年代半ば、この地を訪れた若き実業家ダニエーレ・キールグレンは、周辺の荒々しい風景に溶けこむサント・ステファノ・セッサーニオの町並みに強く魅了されます。この風景を朽ちさせてしまうことは大きな文化の喪失になる――。そう考えたキールグレンは、アルベルゴ・ディフーゾのプロジェクトを始動。
大学で哲学を学んだキールグレンは、グローバル化が進んでも、開発による破壊ではなく、保存そのものが価値を生むと考えていました。古い資料や写真、村に残る高齢者の証言などもふまえて、綿の流通で栄えたこの地の伝統や郷土食を研究。建物だけではなく、暮らしの文化の保存を目指しました。サント・ステファノ・セッサーニオの古名「Sextantio(セクスタンティオ)」と名付けられたアルベルゴ・ディフーゾが誕生したのです。
歴史あるもの、古きよきものを愛するイタリア人は、敏感にそのスピリットに反応。若者を中心に人気を博し、メディアでも大いに注目されました。過疎化した村の持続可能型再生モデルとして、サント・ステファノ・セッサーニオの名はイタリア中で知られるようになったのです。
バジリカータ州マテーラ

過疎と貧困で廃れつつあったマテーラ、現在は超人気の観光地に。
サント・ステファノ・セッサーニオで成功を収めたキールグレンが次のプロジェクトの舞台に選んだのが、イタリア南部バジリカータ州のマテーラです。
マテーラは、“サッシ”と呼ばれる洞窟の住居が特徴の町です。貧困によって過疎化が進むという、典型的なイタリア南部の町であったマテーラは、1993年にユネスコの世界遺産に認定。さらにメル・ギブソン監督の映画『パッション』の撮影が行われたことで、一躍有名になりました。
キールグレンがマテーラにアルベルゴ・ディフーゾをオープンしたのは2009年。18のグロッタ(洞窟)にミニマムな家具を配置し、かつての生活のイメージをそのまま残しました。荒々しい岩肌、素朴な石積みはそのまま活用。館内にキャンドルの演出を施すなどの工夫もあり、原始的な体験ができるアルベルゴ・ディフーゾとして大人気に。
「壮大な歴史が息づく並外れたプロジェクト」(ガーディアン紙)、「世界でもっとも美しい12のホテルのひとつ」(タイムズ紙)など、世界中で高い評価を得ています。
※参照:Rai Cultura「Un imprenditore anomalo a Santo Stefano di Sessanio」
Sextanio「LA NOSTRA PIETRA – documentario sul progetto di recupero conservativo Sextantio, Daniele Kihlgren」
Sextantio Le Grotte della Civita
日本でも進むアルベルゴ・ディフーゾの取り組み。イタリアとの共通点

イタリアのアルベルゴ・ディフーゾをモデルとした取り組みは、日本でも広がりを見せています。伝統や文化が根付いている両国には、共通の問題があるためです。日本でもアルベルゴ・ディフーゾが普及している理由を解説します。
歴史的な地域で増える空き家問題
イタリアと同じように、日本にも歴史を持つ集落、伝統的な家屋が数多く存在します。しかし、合理性や生活スタイルの変化によって、こうした地域に空き家が増えてきました。
日本文化のひとつであるこのような家屋を保存し、なおかつ活用するために、アルベルゴ・ディフーゾの在り方が注目されています。
持続可能性と地域再生の試みが可能になる
空き家を活用するということは、新規開発の抑制につながります。大規模なリゾートの開発に比べると、環境への負荷は小さめ。持続可能性のコンセプトとも合致しており、時代に即した選択となります。
また従来の景観を保つだけではなく、新しい雇用を生み出したり、観光客の誘致ができるなど、地域に観光収益が還元される点も評価されています。
日本におけるアルベルゴ・ディフーゾの問題点もある
日本でアルベルゴ・ディフーゾを展開するには、解決しなくてはならない問題もいくつかあります。
たとえば町の構造の違いが挙げられます。イタリアの町や村は規模が小さく、教会をはじめとする観光スポットは、徒歩圏内にあります。一方の日本は、地元の人の生活区域と観光地が分けられているのが一般的です。町や村は広域に広がっているため、移動には車が必要になります。「町全体がホテル」という一体感を演出することは簡単ではありません。
さらに、建物の素材の違いもイタリア式をそのまま日本に反映できない理由のひとつになっています。石造りが基本のイタリアの家屋は、「器」の部分が堅牢であるため、内装によってホテルへの移行が比較的簡単です。一方、日本は木造建築が多く、伝統的な家屋の保存には湿気や災害への対策が必須。アルベルゴ・ディフーゾへの意向は、より高い技術や資金が必要になります。
静かな環境を好む地元の人が、地域の観光化を望まないこともあり、アルベルゴ・ディフーゾという概念の移植が難しいケースもあります。
※参照:トラベルボイス「日本でも広がる、分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ」とは? 世界の第一人者が語る新たな地域再生と旅のカタチ」
Alberghi Diffusi「Continua lo sviluppo dell’albergo diffuso in Giappone」
実体験!イタリアのアルベルゴ・ディフーゾに滞在する

イタリアで旅行をするとき、宿泊サイトを検索すると、数多くのアルベルゴ・ディフーゾが登場します。価格、立地、サービス内容を確認しながら選択する作業は、旅行の高揚感を高めてくれます。ここからは、アルベルゴ・ディフーゾの体験談を紹介します。
焼き物で知られるウンブリア州の小さな町

天気がよければベランダで食事ができます。大自然に囲まれて鳥の声を聞きながら
ウンブリア州ペルージャ近郊のデルータで滞在したアルベルゴ・ディフーゾは大人数での滞在にとても便利。キッチン完備で調理道具も揃っていて、近隣で調達した食材を使って料理を楽しみました。

子どもたちが作った花の絵
敷地内にはプールがあったり、小さな教会があったり。自然に囲まれたアルベルゴ・ディフーゾで、子どもたちは1日飽きることなく休暇を満喫。テレビやゲームと離れて過ごせる、貴重な時間になりました。
デルータは陶器で有名な街で、アルベルゴ・ディフーゾのオーナーも陶器店の経営者でした。地元の事情に詳しくて、おいしいレストランや町のお祭りの情報を提供してくれます。
日本版「アルベルゴ・ディフーゾ」!?暮らす”ように過ごせる宿泊体験

海沿いの民家が宿泊施設になっています。
日本への里帰り時、母や弟夫婦と滞在した宿泊施設は、アルベルゴ・ディフーゾとよく似た形態でした。日本ではまだ発展の途中にあるアルベルゴ・ディフーゾですが、既存の施設を活用する宿泊施設は増えつつあるようです。
駿河湾の海の幸に舌鼓を打ち近隣の温泉でのんびり

ホテル近くの魚屋さんで近海魚のお鮨を作ってもらいました。
静岡県の用宗海岸周辺にあった空き家群は、一棟貸しの宿泊施設として生まれ変わっています。宿泊者数やペットの有無によって家屋を選ぶことができ、近隣の温泉施設が利用できるほか、商業施設での割引などもセットになっています。
幼い甥っ子がいても、広々とした一棟貸しは騒音を気にしなくてよいのがありがたいところ。駿河湾の幸で有名な鮮魚店でお寿司を握ってもらい、静岡市内のパティスリーでケーキを調達し、“暮らす”ように”過ごすことができました。
日本における今後の課題

宿から歩いて数分のところにある用宗海岸
古い民家を再生していること、レセプションが存在していること、同一地区内に数棟があること、キッチン完備であることなど、アルベルゴ・ディフーゾとの共通点も多かった同宿泊施設。
一方、町や住民主導の運営ではないことや、地域雇用といった部分では、アルベルゴ・ディフーゾの概念とは相いれない点もあります。
古民家型の宿泊施設はブームとなっていますが、アルベルゴ・ディフーゾの存在意義ともいえる「地域の文化や歴史を尊重する」点をどれだけ実現できるのか。今後の課題となりそうです。
ライター
cucciola
ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。
学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。
アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。