パリを中心に、10年以上フランスに通っています。訪れるたびにときめくのは、市内各地で開かれるマルシェの光景。パリっ子はバスケットや瓶を持ち歩き、野菜や豆、チーズ、魚介に至るまで“欲しい分だけ”を量って買う。美食の国だからこそ、おいしく食べきることへの意識が高く、それが結果としてフードロスを減らす暮らしにつながっています。この記事では、フランスを訪れるなかで見えてきた食材をムダにしない工夫や、旅先でのマルシェ体験を紹介。“食を大切にする循環”は、日本の暮らしにも持ち帰ることができますよ。
“マルシェ”がある暮らし

フランスの街を歩くと、マルシェには人々の生活がそのまま流れ出ていることに気づきます。野菜を手に取り、生産者と会話を楽しむ光景に、土地ならではの知恵や生活のリズムが息づいていました。
週末を彩るマルシェ
土曜日の朝、街角に色とりどりのテントが並び始めると、マルシェの時間が動き出します。野菜や果物、穀類に肉、魚介類、チーズにワインまで。温かいスープやお惣菜を出す屋台も並び、買い物客の姿も含めて“食の風景”になっています。
日常の延長として、食と人が自然につながるところ。それがフランスのマルシェです。
“欲しい分だけ買う”。量り売り文化のしくみ

マルシェではキロ単位でなくても買い物ができます。「この貝を2人分」「手に乗るくらい」。そんな感覚的なオーダーでも、店主は笑顔で対応してくれます。
フランスでは、「必要な分だけ買う」「おいしく食べきる」という価値観が広く受け入れられています。その背景には、量り売りと、容器や小分けの袋を持ち歩く文化がしっかりと根付いています。
少量から買える安心感
マルシェでもスーパーマーケットでも、100gから買える量り売りは当たり前。必要な量だけを手に取り、ムダなく最後まで食べきることができます。
今日と明日のためだけに買うという感覚は、“新鮮な食材を無理なく食べきる”知恵。
量り売りは、ムダのない循環の仕組みとして生きています。
瓶やプロデュースバッグを持ち歩く

私がパリで購入したオーガニックコットンのプロデュースバッグ。日本でもエコバッグと一緒に持参し、バラ売りの野菜などを入れています。
エコバッグは日本でも浸透していますが、フランスではさらに一歩進んで、“小分け”のための袋やガラスの瓶・容器を持参します。
日本では、レジ袋こそ有料化されたものの、生鮮売り場にあるロール状のビニール袋は無料。私も無意識のうちについ、使ってしまいがちに。
ところが、パリではこのビニール袋をほとんど見かけません。代わりに使われているのが、紙袋やコットン製の「プロデュースバッグ」。“produce=農産物”を入れるための袋で、自分で購入して使うのが一般的です。通気性がよく、使い捨てにもなりません。
生産者との会話から、食材の背景を味わう
食材を選ぶ時間がそのまま、生産者との対話の場になるのもマルシェの魅力。
例えば、チーズの前で足を止めると──
「これは15ヶ月熟成のコンテチーズ。今朝、ジュラ(※)から届いたばかりだよ」
※ジュラ:フランス東部のスイスにまたがるジュラ山脈の西麓の地域
魚売り場では、氷の上に横たわるカレイを見ていると──
「これは今朝、マルセイユ(※)で水揚げされたもの。脂がのっているから、ソテーがおすすめだよ」
※マルセイユ:フランス南部の地中海に面する湾岸都市
育った場所や旬のタイミング、ときには生産者の思いや土地のストーリーも丁寧に教えてくれます。
マルシェとともに四季を暮らす

春が旬のホワイトアスパラガス。日本では缶詰が主流でも、パリのマルシェでは生のまま手に入ります。その季節だけの味に会いに行く旅が、私の楽しみです。
マルシェには、その季節にしか出会えない味覚が並びます。春にはホワイトアスパラガス、初夏にはアプリコットや南仏のメロンが登場。秋にはセップ茸や新栗が、冬には根菜と濃厚なチーズが食卓を賑わせます。
季節が変わるたび、並ぶ食材が変わり、料理も変わる。マルシェは、「食によって季節を知る場所」でもあります。
地元の人が通う、おすすめマルシェ5選

パリには個性豊かなマルシェがいくつもありますが、そのどれもに暮らしの息づかいがにじみ出ています。パリに通うたびに地元の友人から教えてもらったり、たまたま立ち寄ったりするうちに、私自身の定番になった場所があります。
以下は、渡仏のたびに足を運んでいる大好きなマルシェたちです。
| 名称 | 住所 | 営業日 | 特徴 |
| マルシェ・ポール・ロワイヤル (March Port-Royal) |
boulevard de Port Royal 75005
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火・木・土 7:00〜14:00
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パリ近郊で採れた新鮮な野菜がそろう。春先にはスペインやイタリアからの“初物”が並ぶ。 |
| マルシェ・コンヴァンション (Marché Convention) |
rue de la Convention 75015 | 火・木・土 7:00〜14:00 |
15区の数あるマルシェの中で最も規模が大きい。浜直送の魚屋さんは、目の前で旬な魚を捌いてくれる。 |
| マルシェ・アンヴェール (Marché Anvers) |
place d’ Anvers 75009
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金曜のみ 15:00〜19:30 |
ノルマンディから届く新鮮な牡蠣、オマールやカニが並ぶ。鶏肉専門店の「ソシス・ド・ヴォライユ(鶏肉のソーセージ)は絶品。 |
| マルシェ・クールド・ヴァンセンヌ (Marché Corus de Vincennes)
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corus Vincennes 75012 | 水・土 7:00〜14:30
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卸市場を通さずに、生産者が直接持ってきた野菜を販売。 |
| ラスパイユビオマルシェ (Marché biologique Raspail)
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Bd Raspail, 75006 | 日曜のみ 7:00〜14:30
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最大級の完全オーガニック専門の市場。野菜、果物、肉、魚、乳製品、パンなど、扱われる商品はすべて有機認証(Bioラベル)を受けている。 |
イチオシは「ラスパイユのビオ・マルシェ」

なかでもパリ6区で開かれる「ラスパイユのビオ・マルシェ」は、私が滞在するたびに通う、とっておきの市場です。「ビオ(Bio)」とは、フランス語で有機農産物やオーガニック食品を指す言葉。生産者が化学的な処理を避け、自然に寄り添って育てた食材のことをいいます。

生産者が自ら持ち寄った野菜やチーズ、蜂蜜に加えて、ガレットの屋台もあります。
私のパリの日曜ブランチは、熱々のジャガイモと玉ねぎのガレットが定番。ほろほろとした食感に、少しだけ生地の香ばしさが混じる瞬間が、とても好きです。

“ビオ”という言葉が特別なものに感じなくなる。必要な分だけを買い、その味わいをきちんと使いきる。ラスパイユのビオマルシェでは、その“丁寧な食べ方”が、生産者との近い距離感で実践できました。
スーパーマーケットも、“暮らし”が見える場所

マルシェが“街の外側にひらかれた暮らし”だとしたら、スーパーマーケットは“日常の内側にある風景”です。そこには、その国の人が毎日手に取る食材が並び、旅人にも意外な発見があります。
彩り豊かなヨーグルト、瓶詰めのバター、大容量のスパイス。外食では気づけない“フランスの普段の味”が、棚のひとつひとつに並んでいました。
「旅先のスーパーは面白い」という感覚は、きっと誰にでもあるはず。棚をのぞくことで、暮らしの温度がそのまま伝わってくるようです。
おすすめのスーパーマーケット&食材店
マルシェは週末限定や曜日が決まっていることが多く、旅の日程とタイミングが合わないと訪れにくいことがあります。
その点、スーパーマーケットや食材店は平日や夜間でも営業していることが多く、いつでも開かれている暮らしの入口。マルシェとはまた違う気軽さで、現地の味に触れられる場所です。
| 名称 | 住所 | 特徴 |
| モノプリ (Monoprix) |
パリ市内各地 | 生鮮品からお惣菜、雑貨まで幅広く揃い、旅先での“日常の買い物”が楽しめる。 |
| グラン・エピスリー (La Grande Épicerie) |
38 rue de Sèvres, 75007 | パリ屈指の食料品専門店。美しい陳列とこだわりの品揃えで、食の宝箱のよう。 |
| ボン・マルシェ食品館 (Le Bon Marché – La Grande Épicerie) |
24 Rue de Sèvres, 75007 | 高品質な食材やワイン、惣菜が並ぶ。パリジャン&パリジェンヌが“特別な美味しい”を買いにくる場所。
|
| パリストア (PARIS STORE)
|
44 Avenue D’Ivry, 75013 | アジア系スーパー。日本でも馴染みのある食材や調味料が揃い、旅中の味変にも便利。 |
キッチン付きアパルトマンで、“食べきる”旅へ

アパルトマンは1泊から借りられる物件も多数。キッチンや洗濯機など、生活に必要な設備が備わっているから、旅でも“暮らすように過ごす”ことができます。
マルシェやスーパーマーケットをめぐると、思わず手に取りたくなる新鮮な野菜や魚介、チーズに出会います。けれど、ホテル滞在だと、「調理できない」「持て余してしまいそう」と躊躇することも。

そんなときに頼りになるのが、キッチン付きのアパルトマンです。泊まるだけではなく、暮らすように過ごすことで、旅の中に食の循環が自然と生まれていきます。
買ったものが旅の食卓になる

ボルディエバターで軽くソテーしただけのホワイトアスパラガス。塩も添えずに、旬の甘みとほのかな苦みをそのまま味わう──シンプルだからこそ際立つ、春だけのごちそう。
量り売りで選んだ野菜や肉、魚介を調理して夕食に。残りは翌朝のパンに添えることもできます。“買う→調理する→食べきる”という流れを、旅行中でも体験できるのがアパルトマン滞在の魅力です。
キッチン付きの宿は、短期でも利用できる
キッチン付きのアパルトマンは、“長期滞在向け”と思われがちですが、1泊から利用できる物件もたくさんあります。Booking.comでは「キッチン付き」などの条件を選んで検索でき、Airbnbでも1泊から利用可能な物件がありますよ。
日本の暮らしにも取り入れられる、“食の循環”の始め方

フランスで見た“欲しい分だけ買う”食文化は、特別なことをしているわけではありません。キッチン付きアパルトマンに滞在したり、フランスの友人宅で過ごしたりするなかで感じたのは、「買いすぎない」「使いきる」ことが結果としてムダを減らし、おいしく、ストレスなく食卓が続くということ。
私がフランスの暮らしから持ち帰った、小さな“循環のヒント”を紹介します。
少量販売や直売所を気軽に利用してみる
スーパーに併設された量り売りコーナーや、直売所、八百屋さん。少量から買える場所を選ぶだけで「買いすぎて使い切れない」悩みを減らせます。
“使い切る日”を冷蔵庫につくる
「使い切りデー」を設けて、冷蔵庫にあるものをできるだけ使い切ってみる。残り物や半端な食材をつなげることで、新しい味の組み合わせや料理の発見が生まれます。
“翌日に生かす”視点を持つ
夕飯の付け合わせの残りを翌朝のトーストに乗せたり、半分残った豆の煮込みを次の日のスープに変えたり。食べきることが、手間や節約にもつながります。
まとめ買いでも、“食べきれる分だけ”を意識する
まとめ買いをするときこそ、「これでどんな献立が作れるだろう?」と想像しながら買うことがポイント。
思いつきでカゴに入れるよりも、ざっくりと1週間の献立をイメージしてから必要なものだけを選ぶことで、買いすぎを防げます。
「今週は魚を使う料理が多くなりそうだな」といった大まかな方向性だけでも決めておくと、ムダなくまとめ買いができます。
フランスのマルシェで見た“欲しい分だけ買う”習慣は、無理のない食の循環をつくっていました。それは旅先だけの特別なものではなく、日本でも小さく取り入れていける工夫。買う量を見直したり、残りを翌日に活かしたり──そんな些細な選択が心地よさにつながります。日々の食卓の中で、少しだけ「食べきる」を意識してみませんか。暮らしのリズムが、きっと軽やかに変わっていくはずです。
ライター
Ryoko
ひとり海外旅行と海外トレッキングを愛し、自然や文化に触れる旅をライフワークにするライター&エディター。猫と音楽にも目がなく、心惹かれる音や風景を文章で切り取るのが得意。国内外のフィールドで得た体験を、読者と共有することを楽しみにしている。