日本で暮らしてたころの私は、週末はいつも予定をいれていました。せっかくの休みの日だから、買い物に出かけたり、友達と会ったり、少しでも時間があれば「自分の時間を無駄にしたくない」と思っていたのです。けれど、スイスに移住して初めて迎えた日曜日。その日、私は”世界が止まる”という体験をしました。

スイスでは日曜日にショッピングを楽しめない?

ワークライフバランス、スローライフ、休む、日曜日

スイスに来たばかりのとある日曜日の朝。食材がないことに気がついた私は、当たり前のように買い物へ。気持ちのいい空気を吸いながら、急いで街へ出たのを覚えています。

スーパーに向かう道すがら、街が妙に静かで落ち着かない気持ちに。歩いても歩いても人の気配がない。その後すぐに、「しまった、やってしまった」と気が付きました。

スイスでは、ホテルや病院、交通機関など、生活に不可欠な業種を除き、日曜日はお店を休むことが法律で定められています。そんなルールを、すっかり忘れていたのです。

自宅へ戻る帰り道、行きは急いでスーパーへ向かったので気がつきませんでしたが、周囲を見渡すと、賑わっているのはカフェだけ。店内からは朝食を楽しむ人たちの穏やかな笑い声が聞こえてきました。

日本では週末といえば、ショッピングモールやデパートが賑わいます。私にとっても、「休みだからこそ買い物へ行く」というのが常識でした。

「買い物に行かなくちゃ」と思い込んでいた自分の姿に反して、「スイスの日曜日は、カフェでお喋りをしたり、朝ごはんを食べたりして楽しむ時間なんだ」と、そのとき初めて感じたのです。

静かな日が生む「大切なものに向き合う心のゆとり」

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日曜日はドイツ語(スイスの公用語のひとつ)で「ルーヘターク(Ruhetag)」といいます。直訳すると、「休息の日」

この日は、多くのアパートで洗濯機や掃除機の使用が禁止されているほど、静寂を大切にする日。つまり“仕事や家事から離れてもいい日”という考え方なのです。

移住したばかりのころの私はこのルールに戸惑いました。お店も閉まってるし、掃除機の音にさえ気を遣う。「なんて退屈な国なんだ」と、言葉にはしなかったものの、どこかで不満を感じていたのかもしれません。

けれどある日、スイス人の知人が言ったひと言にハッとさせられました。「静かな日曜日の街が、日常の焦りから解放してくれるようで心が落ち着く。だから好きなんだ」

それをきっかけに、私は“静けさの意味”を考えるようになりました。静けさとは、何かをしないことではなく、大切なものに丁寧に向き合う時間なのだと。

遠くから聞こえてくる教会の鐘の音、ベンチに座って読書をする人、芝生の上で昼寝をするカップル。そこには「大切なものに向き合って過ごす、心のゆとり」をもって生きる人々の姿がありました。

スイスの人たちは、休むことに罪悪感を持たない。有給休暇もしっかりと取るし、家族や自分の時間を後回しにしない。彼らの休みを大切にする姿に、社会の健全さを感じました。

休むことを許せる自分に気がつくまで

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スイスで暮らすうちに、自分の中にある「休む罪悪感」と向き合うようになりました。日曜日に何も予定がないと、どこか落ち着かない。「何かしなければ」「生産的でなければ」という焦り。その正体は、休むことを悪いことのように感じている心の癖でした。

日本では、「忙しい=がんばっている」という空気感が、どこかにあるように思います。予定がないと、なんとなく後ろめたさを感じてしまうような雰囲気も。でも、スイスでは予定を入れすぎることよりも「休む時間」を持つことが大切にされています。

ある日曜日、私は思い切ってがんばらない一日を過ごしてみました。朝はゆっくりと起きて、自分の心と向き合う。いつもは、キッチンの食洗機をフル活動させ、食器類を片付けて、翌週に洗濯したい衣類の仕分けをする。

だけど、この日は手を止めて、ゆっくりと朝食にパンを食べて、コーヒーを入れて静かに朝食をとる。食後は、家事を休んで自宅近辺の森でのんびりと散歩。静けさの中で、動物の姿や風の音、鳥のさえずりをききながら歩く。

その穏やかな時間の中で、思っていた以上に心がゆるみ、軽くなるのを感じました。意図的に「何かをしない」時間が、思っていた以上に心を整えてくれたのです。

スイス人たちは、休むことで自分をリセットし、次の週を新しい気持ちで迎える準備をしている。休むことが「立ち止まる勇気」でもあり、「働くこと」と同じくらい尊いことなのだと気付かされました。

静けさの中で気づいた、本当の豊かさ

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日曜の街を歩くと、普段は聞こえない音が聞こえてくることがあります。湖のさざ波、木々のざわめき、鳥の声。静かな時間の中でそっと目を閉じると、日常の音に隠れていて気がつかなかった世界のリズムが耳に届きます。

働く人々が少ない街を歩いていると、石畳の上に伸びる影の形や、教会の尖塔(せんとう)の美しさに思わず足を止めたくなります。そんな時間に身を委ねていると、”豊かさ”とは何かに気づかされます。それは、何かをがんばって手に入れることではなく「今この瞬間を感じとる心の余裕」なのかもしれません。

いつもは早足で通り抜けていく街も、ゆっくりと歩くことで普段とは違う風景が目に映ります。便利で速い生活の中では見落としがちな「心の余白」。それがこの国の人々の穏やかな表情や暮らしのゆとりを支えているように思います。

予定を詰め込むのではなく、あえて「がんばらない日」を作ってみる。お店が休みのように、自分の生活にも「立ち止まる時間」を作ってあげる。そうすることで、本当の「豊かさの定義」が少しずつ見えてくるのかもしれません。

スイスに学ぶ、「休む日」を取り戻す小さな習慣

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休むことを特別なご褒美とせず、毎週やってくる「大切な習慣」として考えてみませんか。何かをしなきゃと焦る代わりに、「何もしない時間」を自分に贈る。

そんな小さな意識の変化が、日々の暮らしに静かなゆとりを運んできてくれます。ここでは、スイスの人々の休み方から学ぶ、日本でもすぐできる「休む工夫」を紹介します。

カレンダーに「予定を入れない日」と書き込んでみる

予定でぎっしり詰まったカレンダーに、「ノープラン(予定を入れない日)」という予定を、あえて書き込んでみましょう。

何かをしなければと思う気持ちよりも、ただゆっくりと過ごす時間を守る。その小さな決意が、日常のリズムを柔らかくしてくれます。

家の中に「日曜日モード」を作る

スイスの日曜日はお店が休み、街全体が静けさに包まれます。そんなリズムを、家の中でも取り入れてみませんか。たとえば、スマホをオフにする時間を決めてみたり、照明をいつもよりも少しだけ暗くして音楽を流してみたり

小さな儀式をつくることで、暮らしにメリハリが生まれます。スイスでは教会の鐘が、「休む時間」の合図を告げますが、日本の家の中でも、自分だけの合図を決めてみるのも素敵です。

買い物は前日に!「余白の時間」を作る

スイスの日曜日は店がしまっているため、土曜のうちに買い物を済ませます。その習慣を日本でもまねてみましょう。

「明日は買い物しない日」と決めるだけで、時間と気持ちに余裕が生まれます。忙しさに流されず、家族と過ごす時間や自分を整える時間を増やす。そんな小さな段取りが、暮らしを穏やかに変えていきます。

「休むことは怠けではない」と自分に許可を出す

日本では、がんばる姿が美徳のように語られがちです。でも、スイスの人々は、休むこともまた「生き方の一部」だと知っています。

自分に「今日は休んでいいよ」と声をかけてみるだけで、心の奥の緊張がゆるみます。休むことは怠けではない。それは、自分を大切に扱う力を取り戻すことなのかもしれません。

休息日を取り入れてみると、自分を見つめる時間が増え「働かない日」を受け入れるようになりました。便利さよりも、静けさの中にある幸せを感じられるようになった今、私はこの「世界が止まる日曜日」が大好きです。そしてもし、あなたが少しだけ疲れを感じているなら、ほんの一日だけでも「何もしない日」を作ってみてください。世界が止まるような静けさの中で、きっと心がゆっくりと息を吹き返していくのを感じるはずです。

アルパガウス 真樹

ライター

アルパガウス 真樹

スイス在住の40代主婦。息子とスイスの自然を楽しみながら、さまざまなアクティビティに挑戦。夏は森の中でのBBQやハイキング。海のないスイスでは、湖水浴が定番なので、夏季は湖沿いで過ごしたりSUPを楽しんだりしています。現地からスイスの自然との触れ合いをお届けします。