アドベンチャーレースとは
アドベンチャーレースは、海、山、川、ジャングルや砂漠など、極限の自然環境の中、地図とコンパスを駆使したナビゲーションにより、チェックポイントを通過しゴールを目指します。
男女混合チームで、スタートからゴールまでノンストップで行われ、時には数百キロ、数日間にも及ぶ耐久レースです。
コースでは、その環境により、トレッキングやマウンテンバイク、カヌーやボート、ロープワークなどのアクティビティを熟し、人間が未開の自然に挑む限界を追求します。
アドベンチャーレースが最も過酷と言われる所以のひとつは、スタートからチェックポイント、ゴールまでのルートが定められていないこと。
それゆえ、レース参加者は主催者から渡されるコース地図とコンパスを頼りに自ら進むコースを選定します。
時には険しい稜線を越え、激流の中で川を下り、洞窟の中などリスキーなコースを進み続けなければなりません。
また、スタートからゴールまでノンストップのタイムレースであることが、より過酷なレース環境を生み出します。
休憩時間、食事時間、チェックポイントでの準備時間なども全て計測されるため、時には不眠不休でレースを続けることすらあるのです。
豪雨などの悪天候や灼熱、厳寒の気温であっても容赦なくレースタイムは刻み続けます。大会によってはわずかなチームしか完走出来ないこともある過酷な耐久レースなのです。
日本のプロチーム『Team EAST WIND』
世界中で行われるアドベンチャーレースに、日本のプロチームとして参戦しているのが『Team EAST WIND』(チーム イースト ウィンド)です。
アドベンチャーレースの普及を通じて、日本にアウトドアの文化と教育を浸透させることを目的としています。
レースの参加だけではなく、講演や出版物、メディア対応などによりアウトドアスポーツの普及に力を注いでいます。
キャプテン:田中正人
日本アドベンチャーレース協会の理事長も務めるアドベンチャーレース界での国内第一人者にして『Team EAST WIND』の創始者。
1993年第1回日本山岳耐久レースで優勝したことから注目され、翌年、間寛平さん率いるチームに参加し、レイド・ゴロワーズのボルネオ大会で日本人初完走を達成。
その後、プロのアドベンチャーレーサーとして世界各国を転戦。数多くの結果を残し日本国内におけるアドベンチャーレースのパイオニアとして、アウトドアスポーツ普及に努めています。
大自然に挑むアドベンチャーレースのすばらしさと、レース完走に不可欠なチームワークを如何に育んできたのか。20年の歳月をかけて作ってきた『Team EAST WIND』には、仲間と困難に立ち向かうための、人間力を養うリーダーシップ理論がそこにあります。
現在はその経験を書籍やメディア、講演会などを通じて発信しています。
チームのエース: 田中陽希
次期キャプテンとしての活躍が期待される田中陽希さんは、学生時代、全日本学生スキー選手権などで活躍し、2007年『Team EAST WIND』のトレーニング生となり、翌年正式メンバーとなりました。
現キャプテンの田中正人さんの意思を継ぐエースとして、チームに不可欠な存在です。
チーム参加後、世界を転戦するなか、自らの挑戦する力が『Team EAST WIND』の成長に繋がると思い、たった一人で日本百名山を制覇する冒険に旅立ちます。
屋久島の宮ノ浦岳から北海道利尻島の利尻岳まで、一切の交通機関を使わず、海はシーカヤックで陸は徒歩のみで走破する、約7,800キロに及ぶ前代未聞の挑戦を成功させます。
さらに翌年、北海道宗谷岬をスタートし、九州最南端の佐多岬をゴールとする約8,000キロを超える日本二百名山の旅を人力だけで走破。前人未到の冒険記録を達成しました。
2018年1月から「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~」がスタートしております。
過酷なレースから学ぶもの
近年のトレッキングやオリエンテーションのブームにより、日本国内では初心者向けのアドベンチャーレースも開催され、自然を学ぶカリキュラムとして愛好者が増えてきました。
しかし、自然と向き合う機会が減っている現代人にとっては、初心者向けのリクレーションであっても、けがや事故の危険性が伴います。
アドベンチャーレースは、大自然が立ちはだかるいくつもの困難に対して、自分自身の力と仲間との協調性で立ち向かう競技です。
自然へのリスペクトと、チーム内の信頼関係や連帯感など、実社会を生き抜くためのスキルとしても必要なものを学べるスポーツでもあります。
世界で開催される本格的なレースでは、より過酷な環境で人間の限界が試されます。極限状態における挑戦は、身体的な強靭さのみならず、精神的な強さも要求されます。
そしてその過酷なレースを大自然というステージで、仲間との協力で乗り切って完走することが人の生き方を象徴しているように思えます。