起業家として事業づくりに携わる一方で、アーティストとしても活動する坂木茜音さん。2026年7月、横須賀ののどかな谷戸に佇む古民家「問室(といしつ)」で、初個展「昨日見た花の色は何色だったっけ」を開催しました。自然や場所、人との対話を取り込みながら生まれた作品は、多くの来場者が長く滞在し、語り合う場にもなったといいます。個展を終えたばかりの坂木さんに、作品に込めた思いや、自然から学んだ「人間らしい時間」について伺いました。
「場所」が作品を生み出した初個展

ピントをわざと外した花の写真をすりガラスで覆った作品。ぼんやり眺める時間が心地よい
一般的な個展では、完成した作品に合わせて展示場所を決めることが少なくありません。しかし、坂木さんの作品づくりは、その順番とは逆でした。初個展を開催しようと考えたとき、候補に挙がったのは横須賀・谷戸の古民家を活用したスペース「問室」。
坂木さんは、作品を展示する場所としてではなく、「そこを訪れた人がどんな時間を過ごすか」を起点に、作品のイメージを膨らませていったといいます。
「がんばってたどり着いた先に、ほっと安らげる空間が広がっていて、その中に作品がある風景が思い浮かんだんです」

切りっぱなしのシフォンの布が風に揺れる「透明な詩」。映す景色で雰囲気が変わる
アクセスの良さではなく、その場所だからこそ生まれる時間を大切にしたい。その思いから、会場は問室に決まりました。実際、展示作品も空間に合わせて一つひとつ制作されています。
ガラス作品は部屋の広さや光の入り方を考えながらサイズを決め、透明に見える布を吊るした作品は天井の高さを測って長さを調整。来場者が付箋に言葉を書き込む参加型作品も、室内の机や椅子の配置を見ながら設計したのだそう。
「やりたいことが叶えられる場所でもあり、その場所でしかできないものがつくれる場所でした」
作品が主役というより、場所と作品、人が一体となって初めて完成する展示。その考え方は、土地に根を張る植物にも重なります。

和紙と天然顔料で作られ、朽ちていく作品。「土の上でどのように変化していくのか楽しみ」(坂木さん)
「植物がその場所で育つように、その土地だからこそ生まれる作品や、人とのコミュニケーションを捉えたいと思いました」
会期中は問室の運営メンバーの拠点に滞在し、約10日間を横須賀で過ごしました。
坂の多い街並みや、リヤカーでごみを運ぶごみ収集の人の姿、車が通らないからこそ安心して子どもが走りまわれる場所があることなど、旅では気づけない日常の風景との出会いも、新たな発見だったといいます。
「場所によって、便利さや時間の流れは全然違う。そこに行かなければ出会えない偶然性がある。その土地で過ごした記憶や時間の蓄積も、これからの作品につながっていくと思います」
作品は完成してから展示されるものではなく、その土地で過ごした時間や景色、人との出会いを受けながら育っていくもの。そんな坂木さんの制作スタイルは、自然の中で植物が育つ姿にもどこか重なって見えました。
「観る」は、作品の前に立つことだけじゃない

個展では、作品だけでなく、人類学者や建築家、アーティビストなどを招いたトークイベントも開催されました。坂木さん自身、作品を展示することだけが目的ではなく、「その場で生まれる対話や時間も含めて、一つの作品として捉えていた」といいます。
そんな考え方を大きく広げるきっかけになったのが、トーク中に交わしたある対話でした。
「『作品を観てほしいという気持ちは伝わるけれど、“観る”ってどういう定義ですか?』と聞かれたんです」
その問いを受けて坂木さんがたどり着いた答えは、作品の前に立って鑑賞することだけが「観る」ではない、というものでした。
作品を眺めながら誰かと会話をする時間も、空間の中でぼんやり過ごす時間も、床に寝転んで天井を見上げることも、その場に流れる空気を感じることも、すべて作品との関わり方の一つ。作品はときに主役ではなく、人と人をつなぐ「背景」になってもいい、と考えています。

「作品と自分との関係性を、正面に立って向き合うだけじゃない見方も含めて楽しんでもらえたらうれしいと思っていました」
その言葉からは、「こう観てほしい」という作り手の押しつけは感じられません。展示のテーマでもあった「曖昧さ」も同じです。速い、遅い。覚えている、忘れてしまう。正しい、間違っている。どちらか一方を選ぶのではなく、その間にある感覚を肯定したい――。
坂木さんは、作品を通してそんな価値観を表現したいと考えていました。アート鑑賞では、どうしても作家の意図を読み取ろうと、“作品とにらめっこ”してしまうこともあるかもしれません。しかし、坂木さんの展示には、「うまく言葉にできない」「なんとなく心地よかった」という曖昧な感覚のまま、その場をあとにしてもいいという空気が流れていたように思います。
作品は答えを示すものではなく、それぞれの感じ方を受け止める存在であること。その自由さが、会場にゆったりとした時間を生み出し、人が自然と集い、語り合う風景につながっていました。
森が教えてくれた、ありのままでいられる感覚

実家・山口のご両親が山で見つけたというヒノキの木片。たくさんの傷跡を包帯で巻いたように見える
坂木さんが近年、繰り返し足を運んでいる場所があります。それは森です。木々に囲まれた空間で風や光を感じながら過ごしていると、不思議と肩の力が抜け、自分自身も自然の一部になったような感覚があったといいます。
「森では、それぞれの植物が違う姿や形のまま生きています。誰かと比べられることも、否定されることもなく、そのまま存在している。その景色を見ていると、自分もそのままでいていいんだと思えるんです」
森の中には、「こうあるべき」という基準はありません。背の高い木も、小さな草花も、それぞれが異なる役割を持ちながら共生しています。坂木さんは、そんな自然の姿に触れるたび、人も本来はもっと自由で、多様な存在であっていいのではないかと感じるようになりました。

アウトドアが好きな人は、“自然の中でこそ自分らしくいられる”という感覚があるのかも?と伝えると、少し考えてから「森のような空間を、もしかしたら私はつくりたいのかもしれません」と坂木さん。
その言葉は、今回の個展を振り返る中で、ご自身が新たに見つけた答えでもあったように感じました。
作品を観て何かを理解することでも、正しい感想を持つことでもない。ただ、その場で心地よく過ごし、人と語り合い、自分らしくいられる時間をつくること。その空間そのものが、坂木さんの表現なのかもしれません。
自然は、答えを教えてくれる場所ではありません。しかし、ありのままの自分を静かに受け入れてくれる場所ではあります。坂木さんが初個展を通して届けたかったのも、そんな時間だったのではないでしょうか。
その場所で過ごした時間は、訪れた人それぞれの中に、くっきりと輪郭はなくても、“確かな余韻”として残り続けるのかもしれません。
ライター
朝倉奈緒
ファッション誌の広告営業、音楽会社で制作やPRを経験後、フリーランス編集&ライターとして独立し、カルチャー・アウトドア・自然食を中心に執筆。現在Greenfield編集長/Leave no Traceトレーナーとして、自然を守りながら楽しむアウトドア遊びや学びを発信。キャンプ・ヨガ・野菜づくりが趣味で、玄米菜食を実践中。