国内外から約2,900万人※が来場した、記憶に新しい2025年大阪・関西万博。最新のテクノロジーによる展示が多い中、イタリア館は歴史的遺産ともいえる芸術品を多数出品し話題になりました。「“現在”も“未来”も、過去の延長線上にある」という考えは、イタリアの町の在り方を見れば一目瞭然。古代、中世、現代が共存するローマの実例から、「もったいない」という概念を超えたイタリア流のサステナブル文化を紐解いていきます。

※出典:EXPO 2025

「新しさ」だけを追わないイタリアのアイデンティティ

もともとは古代ローマの五賢帝(ごけんてい)※1の一人、ハドリアヌスによって建てられた霊廟(死者を祀る建物や場所)である「カステル・サンタンジェロ城」(奥)と手前のはバロック時代に建設された「サンタンジェロ橋」(手前)

古い町並みが残るイタリアの中でも、ローマは個性が強い町です。理由は、町の中に点在している遺跡の数々。古いものを残し共存を続ける意義はどこにあるのでしょうか。

万博のイタリア館で示された過去を尊重する理念

2025年の大阪・関西万博で、イタリア館はレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品を展示し、大いに話題になりました。

各国が最新のテクノロジーを駆使した展示で競い合う中で、なぜイタリア館だけは過去の遺産を主役にしたのでしょうか。イタリア館の責任者マリオ・ヴァッターニ氏はインタビューで「昔のものを介して未来の話をしたいからです」※2と語りました。

ローマっ子はよく「この町の過去は終わらない」と口にします。過去は現在と連結しているという考えが、イタリア人の中に浸透しているのです。

※1 五賢帝…ローマ帝国の最盛期に統治した5人の優れた皇帝

※2 参考:MBS NEWS  万博イタリア館の至宝を“万博後”も大阪で! 大阪市立美術館で特別展開催へ

古いものを「見る」のではなくその中で暮らす

古いものを取り壊さずに残してきたことで、ローマをはじめとするイタリアの町は「町そのものが美術館のようだ」と表現されるようになりました。お金を出して美術館や博物館に行かなくても、日常生活の中でさまざまな「歴史」に触れられます

その傾向が特に強いローマの町は、パリやロンドンと比べるとどこか混沌としていることも確かです。ローマ出身の俳優アルベルト・ソルディは「ローマは完璧な町じゃない。そう、人間と同じだよ」と語りましたが、まさに言い得て妙。

“歴史を大切にする”というコンセプトは、イタリアの大企業も共有しています。ファッションブランド「フェンディ」はトレヴィの泉、「トッズ」はコロッセオ、それぞれの修復のために多額の出資をしました。

フードブランド「イータリー」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の修復や換気システム設置のスポンサーになったことがあります。「歴史は繰り返す」という格言からもわかるように、人間の問題への対処法は本質的に変わらないといわれています。歴史を大切にして、そこから学び、将来を考えるという概念が、イタリアのアイデンティティになっているのです。

現代との見事な融合!イタリア流サステナブルの実例の数々

「ローマ街道システム」として世界遺産に登録されたアッピア街道は市民の散歩道

実際にイタリアでは過去の遺産をどのように活用しているのでしょうか。イタリア在住の著者が見聞した実例を紹介します。

リラックスを求めて市民が赴く散歩道「アッピア街道」

街道沿いに残るヘラクレス神殿跡。街道を行きかう人が利用するお店もあったそうです

「ローマ街道の女王」といわれるアッピア街道は、紀元前4世紀に敷設されました。ローマからイタリア南部の主要都市を結んでおり、2024年にはユネスコの世界遺産に登録されました。

石畳、道沿いの墓所や神殿跡、松の木が印象的なアッピア街道は、現在は市民の散歩道。週末には、家族や友人、ペットを連れた人々がウォーキングしたりランニングしたり、暮らしの中に溶け込んでいます。

2,000年前に敷設されて今もなお現役の「ヴィルゴ水道」

ローマ観光で外せない名所となっている「トレヴィの泉」。噴水に使用されている水は、ローマから東に13kmのところにあるサローネの湧き水が引かれ、紀元前1世紀に建設されたヴィルゴ水道によってもたらされています。

15世紀にローマ教皇ニコラウス5世がヴィルゴ水道を修復しトレヴィの泉を完成させた経緯があり、まさに古代と中世の合作といった感じです。

考古学博物館との共存を目指した「サン・ジョヴァンニ・コロッセオ駅」

ここ数年、イタリアでブームになっているのが「博物館駅」です。地下鉄の建設中に発掘された古代の遺物を、博物館ではなく、駅の構内に展示するという方法で、ローマの地下鉄C線サン・ジョヴァンニ駅とコロッセオ駅で実践されています。

水道管、彫刻、碑文、貨幣などのほか、古代の遺物を中世に建物の一部として再利用した柱などが広大な空間に多数展示されていて、駅そのものが博物館となっています。観光客だけではなく、家族で駅を利用する人たちが鑑賞しているのが印象的でした。

2025年にオープンしたばかりのコロッセオ駅。構内には工事中に発見された井戸の跡をそのままのぞけるという楽しい趣向もあり、クリスマス休暇シーズンは歩くのもやっとなほど人が押し寄せていました。

美観だけではなく耐久性にも優れた石畳

近所で行われていた水道管の工事。石畳の石はすべて再利用されます

ハイヒールで歩くには不便な石畳ですが、サステナブルの観点からも再評価されています。

石畳の石は、水道やガスの工事が行われたあともそのまま再利用。パズルのようにはめ込んでいきます。「石畳」という日本語訳から、薄いパネル型の石を想像しますが、実は非常に厚みがあるのが特徴。摩耗にも強く、耐久性に優れています。

古い町並みと調和する石畳は、景観という観点からだけではなく、低負荷のインフラ素材として脚光を浴びています。

マクドナルドやイケアも遺跡を保存した店構えに

マリーノの町にあるマクドナルドは地下にあるアッピア街道が見えるような構造

掘り起こすと遺跡が出てきてしまうのは、ローマの町だけではありません。ローマ近郊のマリーノの町では、マクドナルドの店舗を建設中に地下からアッピア街道の一部が出現。行政とマクドナルドが話し合った結果、マクドナルドに来店するお客さんが遺跡を見学できる構造にしました。

古代の公衆浴場がミケランジェロにより教会に、現在は博物館に

古代ローマの浴場跡は、ローマ国立博物館になっています

テルミニ駅と向かい合うように立つディオクレティアヌス帝の浴場跡。この遺跡の一部は、ダビデ像で有名なルネサンスの巨匠ミケランジェロによって、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会として再設計されました。イタリアの国葬が行われる格式のある教会です。

広大な浴場の遺跡の残りの部分は、ローマ国立博物館になっています。遺跡を修復し、補強し、当時の面影を最大限に生かしています。

歴史と共に暮らす子どもたちと学び

中世都市の遺構を利用して庭園にした「ジャルディーノ・ディ・ニンファ」

現代の町と遺跡が融合した設計が多いだけではなく、自然と調和させて庭園として残っている遺跡も数多くあります。人間が生きていた証をこのように残せることもまた、イタリアの芸術性のひとつではないでしょうか。こうした環境の中で、子どもたちは、何かしら影響を受けて育つようです。

「Epica(神話や叙事詩)」の授業とともに生きた教養を学ぶ

学校の周辺にも遺跡が多いという環境のためか、「神話や叙事詩の世界を想像するのも難しくない」というのが娘の言葉。

実際、公立の学校でも小学校高学年から「Epica」という授業があり、継続的に神話や叙事詩を学びます。また「リチェオ・クラッシコ」と呼ばれる古典系の高校では、古代ギリシア語やラテン語を習得し、ヨーロッパの文化の源流となった哲学を学びます。こうした古典は、文系理系に関わらず、欧州のエリートの必須科目とされてきました。

歴史が好きな私の娘も、ごく自然に古典系の高校に進学しました。娘は毎週1回、現地の日本語補習授業校に通っています。興味深いのは、彼女にとって難しい日本語の学校でも、古典を好んで勉強する点です。「大昔の人たちの血が私にも流れているように感じるから」というのがその理由です。

ちなみに、娘の学校の校舎は17世紀の宮殿。広い敷地内にはオリーブ畑やブドウ畑があり、天気が良い日は木の下で授業をしたり対話をする子どもたちの姿があります。

「問い続けて答えを模索する」という学習スタイルを支える「過去」の存在

日本のようなマークシートの試験は皆無で、口頭試験や論文形式のテストが多いのがイタリアの学校の特徴です。「速攻で正解を導き出す」ことよりも「問いや対話の中から答えを模索していく」というのが学習の基本になっています。

どちらが優れているというわけではなく、それぞれの国民性にあった学習方法だと思います。「2,000年」という歳月をごく身近に感じられるイタリアの子どもたちにとって、長期のスタンスで学習に取り組むことはとても自然なことなのでしょう。

受験戦争で苦労した私としては、見聞を広めながら思索力を培うこのような学習法が羨ましく感じられます。

※参照:Umberto Galimberti 『Le grandi domande. Filosofia per giovani menti』2024年、Feltrinelli

さまざまな遺跡とともに生きていると、命の強靭さや儚さに敏感になります。サステナブルという言葉では収まりきれない、過去の活かし方。持続可能性は、物質の再利用や耐久性だけではなく、それらを生み出した人びとへの敬意や感謝が伴ってこそ、本物になっていくのではないかと実感しています。

cucciola

ライター

cucciola

ヨーロッパの片田舎で家族と3人暮らし。

学生時代に都会の生活で心を病んで以降、スローライフとスローフードで心身の健康を維持。気が向くまま、思いつくまま、風まかせの旅行が多数。

アートと書籍を愛するビブリオフィリアで1人の時間が大好き。