子どもを自然豊かな場所で遊ばせたいと思っても、いざそういった場所に行くと、何をさせたらいいか迷うこともあるでしょう。自然の見方や伝え方を学ぶことで、子どものまなざしが小さな発見へと向かい、その驚きや喜びを一緒に味わえるようになります。今回は、幼い子どもの自然体験を支える大人のための学びの場を紹介します。
いま注目される「幼児の自然体験」

あらゆる情報を簡単に手に入れられる今だからこそ、「ほんものに触れさせたい」と願う気持ちが、親としてより強くなることがあるかもしれません。
画面では得られない発見や驚きに触れてほしい―そんな親の思いに応えるように、日常的に自然の中で過ごす「森のようちえん」 と呼ばれる育ちの場が全国に広がってきました。
森の中の散歩や生きものとのふれあいなど、外の環境そのものを活用する取組みが増え、自然との関わりや直接体験を重視する保護者の選択肢は以前よりずっと多様になっています。
ここではまず、こうした幼児の自然体験への関心が高まる背景や状況を見ていきましょう。
デジタル時代と自然体験への関心の高まり
デジタルが当たり前の時代だからこそ、実物に触れる自然体験の価値が高まっています。
インターネットを通じて世界中の情報に触れられる便利さの一方で、実際に目の当たりにする実物の印象は2次元とは違うもの。誰しも一度はその違いを感じたことがあるでしょう。
子どもは画面の情報を見ただけで「知っているつもり」になりやすく、画面の中の世界と現実の自然とのギャップに戸惑うこともあります。
ある時、子ども達がイモリを見つけた際、「早く来て!何これ?」と興味をもちながらも怖さが勝り、逃げたり、逆にシャベルを手にして叩いたりしていたことがありました。
イモリは危険な生物ではなく、図鑑で見たことがある生きものだったはず。しかし、正体が分からないことが、不安や拒否反応につながってしまったようです。恐れる気持ちのまま距離を置き続ければ、本来の姿を知る機会が失われてしまうと感じました。
また実物を知らなければ、ネット上の情報が誤っていても気づけません。だからこそ、自然の中で「ほんもの」に接し、実際にどのように存在しているのかを知る体験が、これからの時代の子どもにとってますます大切になっていくように思います。
全国に広がる森のようちえん

こうした実物に触れながら小さな子ども達が育つ場として注目されているのが、森のようちえんです。法的に定義されていないことから、運営形態や規模もさまざまですが、それぞれの地域の自然や子育て環境に合わせた取り組みが行われています。
2008年には任意団体「森のようちえん全国ネットワーク」が生まれ、2017年にはNPO法人として組織化。団体会員数は年々増え続け、2024年には北は北海道・稚内(わっかない)、南は沖縄県・石垣島まで、47都道府県すべてに会員が広がっています。
さらに、独自の認証制度を設ける自治体もあり、その代表例が長野県の「信州やまほいく認定制度」です。豊かな自然や地域資源を活かして、子どもの健やかな成長を育む保育を県が公式に認定するもので、2025年12月現在316の園が認定されています。
株式会社クロス・マーケティングが行った調査では、およそ3分の1の人が「子どもや孫に森のようちえんを体験させたい」と答えています。豊かな自然体験を大切にする子育てをしたいと思ったとき、意外と身近なところにも森のようちえんがあるかもしれません。
参照:
私たちについて | NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟
自然体験を重視する保育の課題と展望: 森のようちえんの理念と指導法に注目して
自然を活用した保育
求められる安全管理とリスク対応力
幼児の自然体験では、安全管理とリスクへの対応力は欠かせない視点です。地球温暖化の影響で夏の暑さが厳しくなり、熱中症のリスクはこれまで以上に高まっています。
また、屋外にはハチやマムシ、マダニといった生きものに遭遇するリスクがあり、水辺や倒木など、屋内にはない危険な要素も存在します。それらを見極めて回避する知識やスキル、万一何か起きたときにスムーズに対処できる体制が欠かせません。
子どもの豊かな体験を守りながら、取り除ける危険は極力減らし、避けられないリスクは上手にマネジメントすることが大切です。
怪我や痛い経験を積みながら子どもは育っていくもの。しかし、自然のなかで心置きなく楽しむために、どんな場面で何に注意すればよいのかを知っておくだけで、不安はぐっと軽くなります。
親が自然体験を“学ぶ”意義

親が自然体験について少しでも知識をもっていると、子どもが自然の中でどんなふうに心を動かすのかを安心して見守れるようになります。「危なくないかな」「どう声をかけたらいいんだろう」という迷いも減り、背中をそっと押す余裕が生まれるはずです。
また、思わぬリスクを落ち着いて判断でき、森のようちえんなど、自分たちに合った「自然体験の場」を選びやすくなります。ここでは、自然体験の基礎や関わり方を親が学ぶことの意義について、一緒に見ていきましょう。
わが子の自然体験に寄り添える
親が子どもの自然体験に寄り添うことで、安心感のなかで子どもの世界がどんどん広がっていきます。
自然のなかで出合う「ほんもの」に驚いたり喜んだりする子どもの姿を、すぐ近くで見られるのも魅力です。その時の反応や表情は、親にとっても忘れがたい宝物になるでしょう。
先ほどのヤモリの場面では、「かわいいね」「手にのせてみたいな」といった前向きな言葉が一つ届くだけで、子ども達の空気はがらりと変わります。共感性の高い幼い子どもは周囲の反応を敏感に受け取り、「私もやってみたい」という気持ちへと向かっていきます。
子どもの興味から大人の好奇心が刺激され、親が逆に一緒に「知りたい」「やってみたい」と思える時間が増えていくかもしれません。親子で育ち合えるのも、自然体験に寄り添う意義の一つでしょう。
リスクの回避に役立つ
自然のなかで安心して遊ぶために、親が基本的なリスクの見極めと対象の仕方を知っておくことが大きな助けになります。親が怖がっていては、子どもは楽しめないもの。最低限の知識があるだけで心の余裕が生まれます。
ザリガニを見て「サソリだ」、クモを見れば「毒がある」と言う子がいますが、日本で本当に危険な生きものはそう多くありません。自分の暮らす地域にどんな生きものがいるのかを知っておくだけで、不必要な不安を減らすことができます。
また、安全に遊ぶには、折れて落ちてきそうな枝や子どもが落下しそうな場所、水辺の深さや流れの様子など、環境そのもののリスクをていねいに確認する力も欠かせません。
さらに、マムシやスズメバチに近づかないための行動、真夏に熱中症を避けるための工夫など、知っていれば防げるリスクも多くあります。こうした知識は、子どもを守る安心につながり、大人自身も落ち着いて自然を楽しむ支えになるでしょう。
自分や子どもに合ったプログラムを選択できる

自分や子どもに合う自然体験プログラムを選ぶ時にも、親が基礎的な知識を持っていることが大きな助けになるはずです。
自然体験といっても、提供される内容はフィールドによって異なります。森の中と開けた草っぱらでは環境が大きく違い、地形や水辺の有無によっても、使える素材や出合える生きものが違ってきます。
また、スタッフのスキルや関わり方によって、子どもの体験の質が左右されることも。どんな雰囲気で見守ってくれるのか、また安全への意識や体制はどうかといった点は、安心して参加するための重要な手がかりとなります。
親が自分の知識を土台にして、これらを事前に確認できれば「思っていたものと違った」というミスマッチを避けることができます。基本的な視点を知っているだけで、親子にとってよりよい選択ができるようになるでしょう。
国内で幼児向け自然体験を学べるプログラム3選

子どもの自然体験をより豊かにするためのプログラムには、どのようなものがあるのでしょうか。特に乳幼児からの自然体験に活かせる講座に注目してみましょう。
① 公認ネイチャーゲームリーダー養成講座
ネイチャーゲームとは、1979年にアメリカのナチュラリスト、ジョセフ・コーネルによって発表された活動。五感を使いながら、遊びを通して自然とのつながりを体感する環境教育プログラムです。「公認ネイチャーゲームリーダー養成講座」は、初めての人でも自然体験での関わり方を基礎から学べるのが特徴です。
「ネイチャーゲームを知ると、遊具がなくても、花や葉っぱなど自然の素材で遊べる引き出しを増やせます。身のまわりの小さな自然の見え方が変わって、子どもの発見を一緒に喜び合えるようになり、親自身の癒しにもつながるはず」(ネイチャーゲーム指導員)
森や山だけでなく、公園や校庭など身近な場所で実践できるアクティビティが多いのも心強いポイント。修了後は公認リーダーとして登録され、学んだことが公式な形として残り、自身の子育てや子どもとの遊びのなかで自信を持って生かしていけます。⼀部の講座では、⾃然体験活動指導者(NEALリーダー)資格の取得も可能です。
| 学べる内容 | ・自然の知識に頼らずに、子どもや参加者の自然体験に寄り添う方法 ・子どもの感性に寄りそったプログラムの組み立て方 ・身近な自然あそびにおける安全対策 ・「ネイチャーゲーム」アクティビティを12以上体験 |
| 費用 | 28,000〜45,000円程度 |
| 開催頻度 | 講座は全国で不定期に開催。公式HPの「資格を取りたい」で確認できる。 |
| 所要時間 | 2日間または3日間。日帰り型または宿泊型。 |
| 実施主体 | 公益社団法人日本シェアリングネイチャー協会 |
②プロジェクト・ワイルド(PROJECT WILD)

「プロジェクト・ワイルド」は、アメリカで開発されたプログラムで、子どもの気づきを大切にしながら、自然との関わりを深めていけるのが特徴です。生きものを題材にした遊びやワークを通して、理科や社会、芸術にまで広がる多角的な学びにつながっていきます。
幼稚園から大学、地域の活動まで幅広く取り入れられており、親自身も「一緒に考え、発見する」時間を味わえるのが魅力です。知識を詰め込むのではなく、自然に向き合う姿勢そのものが育つ手応えをゆっくり感じられる内容です。
私が参加したプロジェクト・ワイルド(幼児編)のテキストは、写実的な生きものの図のほかデフォルメされた可愛いイラストも多く掲載されていました。子どもがすぐに手を伸ばしたくなるような親しみやすさで、「散歩でも使えそう」と思える素材がそろっています。
| 学べる内容 | ・野生生物や自然をテーマにしたプログラムで、生きものを通して自然や環境のつながりを学び、考える力を育てる仕組み ・陸上動物・水辺・鳥など、活動シーンに合わせてコースを選べ、Growing Up WILD(幼児編)では低年齢でも自然への感性や興味を育てる内容 ・野外だけでなく、教室や公園、校庭、水辺など身近な自然でも実践できるアクティビティが多数用意されている |
| 費用 | 6,500〜12,000円程度 |
| 開催頻度 | 講座は全国で不定期に開催。公式HPの「お知らせ」で確認できる。 |
| 所要時間 | 1日または2日間 |
| 実施主体 | 一般財団法人公園財団 が日本での運営主体。 |
③森のムッレ教室(日本野外生活推進協会)
「森のムッレ教室」は、スウェーデンで生まれた自然体験プログラムです。森の妖精ムッレが寄り添いながら、子どもたちに「自然って心地いい」と感じられるよう導いてくれます。
五感を使って生きものにふれ、雨の日も風の日も外で過ごすことで、自然の一部としての自分をゆっくり感じ取る体験。その積み重ねが、自然への思いやりや小さな自信につながっていきます。無理なく楽しみながら、自然と仲よくなる基礎を育てる点が、この教室の大きな魅力です。
私が参加したのは5〜6歳向けのコース。空想と現実のあいだを自由に行き来できる年齢に寄り添った進め方が心に残りました。森の妖精ムッレのお話は、日本の八百万の神を思わせるような世界観で、子どもが自然とのつながりを理解する後押しになっていると感じます。
| 学べる内容 | ・0歳から小学生まで年齢別の6つのクラスで、育ちの段階に応じた自然体験 ・五感を使った自然観察、虫や植物とのふれあい、歌やゲーム、自然素材を使った遊び、野外での生活体験、自然の中での協力や役割体験など ・一人ひとりの自然に対する感性や命のつながり、エコロジーの認識を高める方法 |
| 費用 | 26,000~38,000円程度 |
| 開催頻度 | 講座は全国で不定期に開催。公式HPの「リーダー養成講座日程」で確認できる。 |
| 所要時間 | 理論、実技を合わせて20時間。日帰り型または宿泊型。 |
| 実施主体 | 一般社団法人 日本野外生活推進協会(森のムッレ協会)が日本での運営主体。 |
ライター
曽我部倫子
東京都在住。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、小さなお子さんや保護者を対象に、自然に直接触れる体験を提供している。
子ども × 環境教育の活動経歴は20年ほど。谷津田の保全に関わり、生きもの探しが大好き。また、Webライターとして環境問題やSDGs、GXなどをテーマに執筆している。三姉妹の母。