美しい海に潜るたび、私たちはその豊かさに感動します。しかし、ダイビング中に目にする水中ゴミは、その感動を曇らせる現実でもあります。このゴミ問題を目の当たりにしたとき、ダイバーとして何ができるのでしょうか?この記事では、水中ゴミ拾いを安全かつ楽しく習慣化するための具体的なコツを紹介。水中ゴミ拾いがあなたのダイビングライフに新たな視点と喜びをもたらす方法をお伝えします。
きっかけはツアー参加者が示した海ゴミ

水中ゴミをより意識するようになったきっかけは、あるダイビングツアーでの出来事です。
その日、ツアー参加者の一人が指差した先にあったのは、海底に絡み合った釣り糸の束。それは片手で運ぶことが難しいほどの大きさで、金属の針金も交じっています。
危険と判断した私は、自分のゴミ用メッシュバックに回収。陸上でその話をすると、ゴミを見つけた参観者はとても驚いていました。
「面白い形のゴミだったので指差しただけで、まさか拾うとは思いませんでした」
このとき私は、多くのダイバーにとって水中ゴミが「見慣れた風景の一部」になってしまっているのかもしれないと、寂しい気持ちになりました。
しかし、そのツアー参加者は、私の行動を見てこう宣言してくれたのです。
「これからは必ず、水中ゴミ用の袋を持って潜ります!」
この出来事は、水中ゴミ拾いが特別なボランティア活動ではなく、すぐにでも始められる身近な行動であること、そして何よりも、何気ない自分の行動が周囲の意識を変える力を持っていることを教えてくれました。
なんでも拾っていいの?水中ゴミの拾い方と注意点

水中ゴミ拾いはとても意義のある行動ですが、やみくもに拾うことは避けましょう。「何を」「どのように」拾うのか。ダイバーとしてのスキルと責任を持って活動に望むことが大切です。
拾う前の「判断が安全」の鍵
水中でゴミを見つけたとき、最も重要なのは拾うことよりも「安全の確保」です。
- 絡みつきの確認
魚網や釣り糸など、海底の構造物やサンゴにぎっしり絡みついているゴミは、無理に引っ張ると繊細な水中環境を破壊する恐れがあります。 - 危険物の識別
鋭利な金属片や割れたガラス片、注射器などの危険物は、専用の耐切創グローブや、安全な回収容器が必要です。判断に迷ったら無理に回収しない「勇気」も大切です。 - 体力の考慮
大きなゴミや重いゴミを回収しようとすると、中性浮力(バランス)が乱れ、水中で疲労困憊してしまう可能性があります。大きなものはバディと協力するか、誰かに伝えるという行動も立派なゴミ拾いの一歩です。
「これは安全に回収できるか?」という事前の判断こそが、水中ゴミ拾いの安全の鍵となります。
中性浮力と安全確保を両立させる回収テクニック
ゴミは回収する際、ダイバーの基本である「中性浮力の維持」を崩さないことが大前提です。
- 体勢の安定
ゴミに近づく際は、フィンキックを極力控え、海底を蹴らないよう水中でホバリングしたまま、そっと手を伸ばします。中性浮力が不安定になると、砂を巻き上げたり、サンゴを傷つけたりしてしまいます。 - 回収後の浮力調整
回収ゴミが多いほど、ゴミ自体の体積により浮力が急に変化します。回収後はBCDへの給排気で浮力を調整し、常に最適な浮力を保ち続けましょう。 - 切断具の安全な使用
絡みついた糸を切断する際は、バディと連携し、ナイフやハサミをバディや自分に向けないよう、慎重に行動します。
安全に環境に優しく、自分のスキル内で活動を終えることが、水中ゴミ拾いを長く続けるための基本です。
回収後もダイバーの責任
水中のゴミ拾いは、回収しただけで満足せず、陸上で適切な分別や、回収したゴミを記録・共有することを徹底しましょう。とくに「どこで」「どんなゴミを」拾ったかという情報はゴミの発生源やルートの特定につながり、海洋保全の大きな手がかりになります。
拾うことが“学び”になる。ーPADIコースで見える新しい海の見方

水中ゴミ拾いは、単なる環境美化に留まらず、「新しい海の見方」と「問題解決への意識」を育ててくれます。
学びとしての水中ゴミ拾いを、PADIの「AWARE Dive Against Debrisスペシャルティコース(以下、アゲインストデブリSP)」を例に紹介します。
単なるゴミ拾いではない「調査」ミッション
私は、水中ゴミ拾いを「拾って終わり」にするのではなく、回収後にツアー参加者と一緒に「このゴミはどこから来たのか?」「海洋生物にどんな影響を与えるのか?」と考える時間を設けたことがあります。そこには正解や間違いはなく、水中写真を共有しているときと同じくらい、水中ゴミについての対話が大いに盛り上がりました。
それぞれが個々にイメージし、考えを共有するだけで、ゴミ拾い自体が知的好奇心を満たす「探求の場」へと変わります。一つひとつのプラスチック片から、人間の営みの痕跡や社会の課題が立ち上がり、「海が抱える問題」が見えてくるのです。
コースで取得する「ゴミ分類と記録スキル」
PADIのアゲインストデブリSPで驚かされるのは、ゴミ分類の細かさです。陸上のゴミ出しよりも詳細な分類別に最初は面食らいますが、実際に拾ったゴミを分類・記録していくと、その作業が面倒ではないことに気づきます。
例えば、使い捨てライターの燃え残った部分や、ビニール袋の細かな破片など、「これは何に分類されるのだろう?」と仲間たちと議論しながら進める作業は、自分たちもプロの海洋調査団になったようで気分が上がります。
ゴミを「データに変えるスキル」こそが、保護環境への最も重要な一歩。そのスキルを身につけた私たちこそが、海を守る力になるのです。
環境保護への貢献を証明!“行動するダイバー”として得られる誇り
個々に記録したデータは、世界中の海洋保全組織(PADI Dive Against Debris 調査ガイド)に報告され、プラスチック規制の策定やゴミの流出防止対策などに活用されます。私たちが海中で数十分かけて拾ったゴミは、世界を変えるための貴重なエビデンスとなるのです。
PADI AWEREアプリをチェックすると、調査ゴミの登録や報告をしたり、次はここへ行こうと話したりしている参加者には、楽しみだけではなく使命感のようなものが見られました。
ただ潜るだけでなく、海を守る「行動するダイバー」として認められたことは、何にも代えがたい喜びになることでしょう。
水中ゴミ拾いを習慣化するための3つのポイント

水中ゴミ拾いを一過性のイベントで終わらせず、「楽しんで、無理なく、長く」習慣化するポイントを3つ紹介します。
ポイント①スキルアップに結びつける
水中ゴミ拾いは、中性浮力やエアー消費コントロール、バディとの連携といったダイビングスキルを磨く絶好の機会です。意識すべきことは、ゴミを回収する動作を「スキルアップのチャレンジ」と捉えることです。
あるツアー参加者は、「絡みついた釣り糸を切る際、水深や体勢が崩れないよう完璧な中性浮力を維持する」ということを自分に課していました。
安全に回収できたとき、それは「ゴミを拾えた達成感」だけでなく、「ダイビングスキルが向上した」という技術的な満足にも繋がります。
この「スキルと心の成長」が連動することで、ゴミ拾いは楽しい習慣へと変化していきます。
ポイント②バディーやチームで取り組む「クリーンアップ」
水中ゴミ拾いは、バディやチームで取り組むことで、楽しさも使命感もぐっと強まります。
普段のダイビングでは「どう潜るか」「なんの魚が見れるか」「どんな写真を撮るか」などに意識が集中しがち。私もファンダイビング(ダイビングツアー)のとはつい、そのことばかり考えています。
しかし、水中ゴミについても考えるようになると、新たなダイビングの楽しみ方が増えたように感じます。
考え、発見し、安全を確保しながら記録していく。この連携を仲間とともに行うことで、チーム全体で海洋保全に貢献できているという強い達成感が生まれ、中級者以上のダイバーにとっても、新たなやりがいと喜びを与えてくれます。実際に、ダイビングに飽きて足が遠のいていた常連さんが、ゴミ拾いの活動をSNSで知り、再び定期的に参加してくれるようになりました。
グループでクリーンアップを行うことで、新しい楽しさ、一体感、使命感が増し、継続するモチベーションになります。
無理なく「マイペース」で続ける
習慣化の最大の敵は「義務感」です。ゴミを一つも拾えなかったとしても、落ち込む必要はありません。小さな破片を一つ拾うだけでも、それは海への貢献につながります。
回収用のバッグの携行を習慣にし、潜るたびに「安全で、無理なく拾えるものだけを拾う」というスタンスで臨みましょう。
「今日は観察だけ」「今日は一個だけ」というマイペースな意識こそが、水中ゴミ拾いを長く、楽しく続けられるための最も重要な秘訣です。
ライター
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マリンスポーツのジャンルを得意としたwebライター。海遊びの楽しみ方やコツを初心者にも伝わるよう日々執筆活動中。スキューバダイビング歴約20年、マリンスポーツ専門量販店にて約13年勤務。海とお酒と九州を愛する博多女です。