東京・高円寺に佇む、街の山小屋『urban hutte koenji(アーバンヒュッテ コウエンジ)』。登山をこよなく愛する店主yukey(ユッキー)さんのもとに、山好きたちが“食”と“癒し”を求めて集います。木のぬくもりに包まれた店内では、ひとりで訪れても気づけば隣のハイカーと山談義に花が咲く──。そんな居心地のよさは、店主の穏やかな人柄と、山と食への深い情熱がつくり上げたもの。今回はその魅力に迫ります。
登山と料理を愛する店主yukeyさん
秋田県・鳥海山を望む町で育ったユッキーさん。これまでスポーツに打ち込んでいた情熱を料理へ。きっかけは、同級生に誘われた調理学校の体験入学だったようです。
「料理で人の心を動かす、という一皿から始まった“感動”が原動力となり、東京の調理学校に進学しました。学校ではフレンチとイタリアンの基礎を学び、さらに自らの感性を磨くため、フランス・リヨンの調理学校に留学。現地アルザス地方のレストランで住み込みで働くという経験も積み、料理人としての基礎と情熱を育みました」
のちに東京へ戻ったユッキーさんは、フレンチやダイニングバーなどで修行後、高円寺のイタリアンIL DOGEで8年ほど勤務。この頃から趣味の登山熱が高まっていきました。今では登山歴12年になるベテランハイカーのユッキーさんですが、登山の最初のきっかけは「日本人として富士山に登っておきたいなぁ」とそんな気軽な気持ちだったそうです。
「富士山のあとは少し間が空いたのですが、友人からの誘いで登山愛が再熱しました。山頂で食べた鍋焼きうどんがおいしかったんです。山で食べるご飯ってすごくおいしいんですよね。この何とも言えない感動を自分のお店でもお客様に伝えられたらと思うようになりました」
いまではご夫婦でオールシーズン山に出かけ、山仲間と一緒に本格的な山ごはんも楽しんでいるユッキーさん。重い材料を持ち、山で調理し食べてもらう。『おいしい』と喜んでもらえるのがうれしくて、料理と山は切っても切れない存在になったといいます。その想いこそが、お店のコンセプトの土台となっているのでしょう。
「山と食をつなぐ場所」として選んだ高円寺
地元に愛された居抜き物件、高円寺駅から徒歩3分の地下空間。そこでユッキーさんが選んだのは、自然と都会をつなぐ“山小屋イタリアン”というコンセプトでした。
「イルドージェで働いていた頃には登山も本格的になり、山で出会った人たちがお店に遊びに来てくれるようになったんです。高円寺の街とその住み心地のよさをあらためて実感するなかで、せっかくこの場所でつながった縁を、もっと大きなものに育てられたらと思い、この街で“山”や“登山”をテーマとしたお店を開きたいと、その一歩を踏み出しました」
高円寺は、登山にゆかりのある高速バスターミナルのバスタ特急あずさのある新宿から4駅です。「登山帰りにちょっと寄ってく?」そんな声も上がりそうですね。
語らいが生まれる、山を感じるビールと季節の一皿
ハイカー同士が自然と出会い、語り合うコミュニティが広がっているのもアーバンヒュッテの魅力です。こだわりある料理とお酒が、さらに会話を弾ませます。
「メニューについては常にこだわっていきたいと思っていますが、飽きの来ない定番はもちろん、季節のものも取り入れつつバランスよく楽しんでもらえるものを作っていきたいと思っています。
まず食べてもらいたいのが前菜の盛り合わせ!“あれもコレも食べてもらいたい”が詰まった一皿になっています。ピッツァやパスタは、野菜をとおして季節を感じられる工夫をしています。ぜひ最後まで楽しんでもらいたい想いで試行錯誤し、こだわりを詰め込んだ『ピスタチオティラミス』と『バニラ香るバスクチーズケーキ』もおすすめです。
クラフトビールは『8peaks(エイトピークス)』さん、『VERTERE(バテレ)』さん、などを取り扱っています。味や香りだけでなく、お店に居ても八ヶ岳や奥多摩での山々や街並みなどを思い出させてくれる要素になっているんじゃないかと」
おいしい料理にプラスして、山の思い出を語り合うきっかけにもなるクラフトビールは、空間の雰囲気をより一層和やかにしてくれますね。
木・器・光で語る、自然とのシンクロ
山小屋の雰囲気がでるように、テーブルやカウンターなど細部にまで自然のものにこだわっています。入り口のドアを開けると温かい雰囲気で、緑の木々が出迎えてくれました。
「楠木とモンキーポッドでできた一枚板のテーブル、カウンターはウォールナットの材木をそのまま使用し、穴の開いている箇所はガラスを嵌め込み活かしています。皮付きの渋いブラックウォールナットの吊り板が深い森の雰囲気を醸し出し、インパクトあるカウンターに仕上がりました。内壁は左官職人さんの職人技で温かみのある仕上がりになっています。
ドアを開けると目に入る木々たちは、八ヶ岳伐採業を営む方から、伐採された枝や樹木をいただきハンガーフックやテーブル照明の土台としています。そこにグリーンをベースとした植物の装飾を高円寺のお花屋さん@Lopnur(ロプノール)さんにお願いし、お店の雰囲気をより深みのある空間にしていただきました」
食器もユッキーさんが厳選して選んでおり、器はぽってりとした温かみのある色合いで、お店の雰囲気に合いお料理を引き立てています。
「益子で買い付けた焼き物の器を中心としており、ひとつひとつ想像しながら選びました。カトラリーはモノづくりの町でもある燕三条のステンレス製です。グラスはクラフトビールやナチュールワインなどと相性のよい『木村ガラス』のものにしています。見た目がキレイで狭い空間でも倒れにくく、口当たりのよさも気に入っています。器やグラスは割れるリスクもありますが、自分がこだわって使うものって大事に扱いますよね。人も物も長く大切にしたいと思っているんです」
ひとつひとつの素材にこだわるその姿勢は、ユッキーさんの“誰かに喜んでもらいたい”という想いの強さを感じました。ここは、ただ食事をするだけでなく、自然とつながるやすらぎの場所なのです。
「食」を超えて──山好きが集う場所を作るということ
オープンから約3ヶ月。アーバンヒュッテ高円寺は、単なるレストランではなく、都会に佇む「山小屋」のような存在になっています。
「店内では、世代を問わずエネルギッシュで楽しく、ポジティブな会話が飛び交っているんですよ。そうした笑顔を見られることが、自分にとってのやりがいでもありますし、本当にうれしいことだなと日々実感しています」
山を愛する人々が集い、語らい、憩いの場としての役割を果たしながら、さらにその領域は広がろうとしています。
「お客様の笑顔がもっと広がるように、山の写真展、ガレージブランドのPOP UP、山小屋のトークイベント、国内外の山行報告会や交流会などの企画もしていきたいと考えています。こうした交流を通じて、登山をする人もしない人にも新たな視点や角度から山を好きになってもらえたらうれしいです」
現在は穂高〜槍ヶ岳の稜線を型取った@puna.moonさんが製作する素敵な指輪を販売中。ユッキーさんが思い描く『山と食と人が交わる空間』は、これからさらに巻きこんでいくでしょう。
取材協力:urban hutte koenji
ライター
yuki
幼少期からキャンプや釣り、スキーなどを楽しむアウトドアファミリーで育つ。10代後半は1人旅にハマりヨーロッパや北米を中心としたトラベラー期となる。現在もスキー、スノーボード、ダイビングなど海や山で活動中。「愛する登山」は低山から厳冬期の雪山まで季節問わず楽しむhike&snowrideなスタイル。お気に入りの山は立山連峰!Greenfield登山部/部長の任命を受け部活動と執筆活動に奮闘中。