「非情の山」K2に史上最年少で登頂した日本人クライマー青木達哉

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「非情の山」K2に史上最年少で登頂した日本人クライマー青木達哉 出典Tatsuya Aoki official website

山登りの人気とともに、本格的なクライミング技術や世界的なクライマーへの注目度が上がっています。青木達哉さんは日本人のアルパインクライマーとして、世界的にも若手の注目株です。今回は、最も登頂が難しいと言われるK2の最年少登頂記録を持つクライマー、青木達哉さんをご紹介します。

非情の山と呼ばれるK2

K2

K2はヒマラヤ山脈に連なる、カラコルム山脈にある標高8,611mの世界第2位の高さの山です。

その高さにもかかわらず、人里離れた極地にあるため、1856年から始まった山岳調査までその存在が知られていませんでした。

この調査ではイギリス統治時代のインド測量局が行い、カラコルム山系の南側から標高の高い頂にカラコルム(Karakorum)の頭文字Kをとって、K1、K2、K3、K4~K35と測量番号を付けました。

以降、この測量番号を付けられた山々はさまざまな名称を付けられることになりましたが、K2だけはこの測量番号がそのまま山の名称として現在も使用されています。

19世紀後半まで発見されなかったほどの環境下ですので、登頂のアプローチの難易度、気象状況などは困難を極め、世界一難しい山と言われています。

雪崩、滑落の危険性が高く、8,000m峰の中で唯一、冬季の登頂が未だに達成されていない山です。

エベレストや他の山々と比べても、遭難者、死亡者の数が突出して多く、1956年に発表されたノンフィクション小説のタイトルから「非情の山」とも呼ばれています。

 

 

 

最年少登頂記録を成し遂げた青木達哉

 

2006年8月1日、日本山岳会に大きなニュースが飛び込みます。

東海大学の登山隊がK2登頂に挑戦し、小松由佳隊員と青木達哉隊員のアタック隊が登頂に成功。

小松由佳さんは日本人女性としてはK2初登頂、世界でも女性では8人目の快挙であり、青木達哉さんは21歳10か月という世界最年少での登頂という一大快挙でした。

歴史的な登頂に沸いた後、下山時にふたりは消息不明となり、一時は騒然となります。

8,200mの高所で酸素が切れ、体力の限界からビバークを余儀なくされます。

無線も繋がらなくなり、キャンプでは遭難の可能性と判断され、捜索の準備が進む中、奇跡的に自力で生還を果たします。

世界的にも青木達哉というクライマーの名前が歴史に刻まれた出来事でした。

 

 

 

キャシャール峰南ルートへの挑戦

ヒマラヤ山脈

K2最年少登頂者のタイトルを獲得した後、青木達哉さんはその登山スタイルをアルパインスタイルに変えます。

酸素ボンベを使用せず、ポーターやシェルパも利用しない最低限の設備と人員でスピィーディーに登頂を目指すアルパインスタイルで、モンブランやアラスカのマッキンリーなどの登頂に成功しました。

クライマー青木達哉の名を更に世界に知らしめたのが、2012年28歳の時に挑戦したヒマラヤ山脈のキャシャール峰南ピラーへの登頂です。

キャシャール峰はヒマラヤ山脈のネパール側に位置する標高6,767mの頂です。

2000年に登山が解禁され、西ルートでの登頂は2003年に記録されていますが、南ルートでの登頂は誰も成し遂げることができませんでした。

信州大学学士山岳会に所属する馬目弘仁さん、花谷泰広さんとチームを組み、前人未到の南ピラー登頂は7 日間の登山の末、遂に世界で初めて成功させます。

40代の馬目弘仁さん、30代の花谷泰広さん、20代の青木達哉さんという異色なチームの年齢構成も話題になりました。

 

 

日本人最年少で受賞したピオレドール賞

キャシャール峰南ピラーへの初登頂成功は、その後大きな称賛を世界から受けることになりました。

1991 年から始まった世界的なクライマーを評価する「ピオレドール賞」の受賞です。

「ピオレドール賞」はフランス語で「金の斧(ピッケル)賞」という意味で、登山界のアカデミー賞とも評される国際的な賞です。

これまで幾度となく各国のチームが挑戦し、遂行できなかったキャシャール峰南ピラーに世界で初めて登頂した功績への評価でした。

青木達哉さんはこの受賞により、「ピオレドール賞」でも日本人最年少受賞となり、K2に続く最年少記録を残すことになりました。

 

 

まとめ

日本には優秀なクライマーが数多く存在します。中でも若手のホープとして世界的にも賛美を受けているのが青木達哉さんです。秀逸な偉業をたたえる世界的なクライマーへ贈られる賞「ピオレドール賞」を受賞した日本人はこれまで4チーム10人。その中で唯一20代の若さで受賞したのが青木達哉さんです。地元筑波山のガイドを始め山の魅力を発信しながら国内、国外の山々に挑戦するこれからの姿にも注目です。

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