海中でゴミを見つけたとき、「拾わなければ」と反射的に考えるダイバーも多いでしょう。大切な意識ですが、その行動が生物の棲みかを奪ったり、周囲の環境に新たなダメージを与えたりしてしまうケースもあります。善意による回収が、必ずしも環境保全につながるとは限りません。本記事では、プロの現場で重視されている視点とともに、ダイバーが「拾う・拾わない」を冷静に判断するためのチェックポイントを紹介します。

なぜ「闇雲に拾うのはNG」なのか?

海ゴミと生物

私たちは子どもの頃から「ゴミは拾う」という習慣を教わってきました。それは陸上では正しい行為ですが、水中という特殊な環境下では、時間の経過とともにゴミが「環境の一部」として組み込まれてしまう現象があり、単純に「拾う」=正解とは言えません

生物の棲みかになっているケース

水中に沈んでから長い年月が流れたゴミは、しばしば「人工のリフ(魚礁)」として機能します。

特に空き缶や空き瓶は、タコ、ギンポ、ハゼといった小型の生物にとって格好の隠れ家になります。天敵から身を守り、産卵場所として利用されている場合、そのゴミを回収することは、彼らの「家」を奪い、命を危険にさらすことと同義です。

一見するとただの空き缶でも、中を覗くと愛らしいギンポがこちらを見つめていることがあります。そのとき、私たちが優先すべきは「景観の美化」でしょうか、それとも「今そこにある命」でしょうか。プロのダイバーは、後者を選びます。

周辺環境の二次被害のリスク

ゴミが砂に深く埋まっていたり、岩に絡みついたりしている場合、無理に引き抜こうとするとで「二次被害」が発生します。

・着底による破壊
ゴミを回収しようと必死になるあまり、フィンキッックでサンゴを折ってしまう。

・巻き上げ(シルト)
底砂を激しく巻き上げ、生物を吹き飛ばしたり、周囲のサンゴやイソギンチャクに砂を被せてしまう。

・固着生物の剥離
ゴミの表面にすでに石灰藻や小さなサンゴの幼生が付着している場合、それを剥がしてまで回収するメリットは薄いと言わざるを得ません。

ゴミの再散乱リスク

劣化が激しいプラスチック製品や、錆びてボロボロになった金属類は、触れた瞬間にバラバラに砕け散ることがあります。

大きな塊であれば回収は容易ですが、細かな破片(マイクロプラスチックの予備軍)として水中に散らばってしまうと、回収はほぼ不可能です。それらの破片を魚が餌と間違えて飲み込むリスクを考えると「壊さずに放置する」か「専門の装備で慎重に回収する」かの二択になります。闇雲に手を出すのは、かえって状況を悪化させるのです。

「拾わない勇気」を持つための判断基準

ダイバー

目の前のゴミを拾うべきか、残すべきか。水中という限られた時間の中で的確に判断するための「4つのチェックリスト」を紹介します。

チェック1.「生物利用度」の確認

まず、そのゴミが現在「利用されているか」を確認します。

・中に誰か住んでいないか?(エビ、ギンポ、ハゼなど)

・表面に卵が産み付けられていないか?

・すでにサンゴやカイメンが定着していないか?

もし生き物の気配を感じたら、そのゴミはもはやゴミではなく彼らにとっての「インフラ」です。そのままそっとしておいてあげましょう

チェック2.「固着度」の確認

次に、そのゴミがどれくらい周囲の環境に「食い込んでいるか」を見極めます。

軽く触れてみて、びくともしないようなら「深追い禁止」です。特に、釣り糸(ライン)が岩に深く食い込んでいる場合、無理に引っ張ると岩ごと崩れたり、周囲の生物を傷つけたりすることも。ナイフで切れる範囲だけを回収し、根本を残すという判断をすることも大切です。

チェック3.「素材と劣化度」の確認

ゴミの素材によって、回収の優先順位とリスクが変わります。

素材 回収の判断基準
プラスチック 劣化して崩れそうなら放置。原型を留めているなら最優先で回収。
ガラス瓶 割れていなければ生物の住処になっている可能性大。生物がいないことを確認し回収。

※割れている場合は厚手のグローブが必須

金属(缶など) 生物の住処になりやすい。生物がいないことを確認し回収。
漁具(網・糸) 絡まりやすく危険。自分の安全を確保できる場合のみ回収。

チェック4.「個人のスキルと装備」の確認

これが最も重要なポイントです。

「そのゴミを拾うことで、自分の安全や中性浮力(バランス)が脅かされないか?」を自問自答してください

・ゴミを持ち上げることで、浮力バランスが崩れないか

・ゴミを保持することで、残圧計(残りの空気を計る器材)の確認やオクトパスの使用が疎かにならないか

・回収用のメッシュバッグを持っているか

自分のスキルを超えた回収作業は、事故に直結します。バディやガイドに知らせるだけに留め、無理をしないことが鉄則です。

実体験にもとづく「拾わなかった」ケース

ダイバー

最後に筆者が拾わなかったケースを3つ紹介します。「あの時拾わなかったな…」と後悔している人は、拾わないということも海のためにも安全のためにも必要なんだということを、知ってもらえると幸いです。

その1 ぼろぼろの瓶が小さな住処に

長崎県のダイビングポイントでボロボロの瓶を発見。回収しようと中を確認したところ、中から小さな「ミジンベニハゼ」が顔を出しました。「驚かせてごめんね」と心の中でつぶやきながら、撮影だけさせてもらい、砂の巻き上げに注意しながらその場を離れました。

その2 引いても引いても続く網

静岡県の大瀬崎で、すぐ回収できそうな網があり、引いてみるとズルズルとどこまでも続いているようでした。透明度が悪く、無理に引っ張るのは周りの生物にも良くないのではと迷っていたところ、仲間のダイバーから両腕でバツ印のサインをされ、回収を諦めました。

その3 錆びたハサミ

鹿児島県の枕崎では、少し大きめの料理バサミを発見。ただ、少し流れが強く、回収用のバッグもなく、BCDポケットにも余裕がない状況でした。しかも一緒にいたゲストの一人が残圧(空気)の減りが早く、オクトパスブリージング(予備の空気源を渡す)の必要性も考えられたため、刃物の回収は断念しました。

安全に拾えるゴミもたくさんある

Underwater trash diver

ここまでの解説で、「拾わないという選択」がいかに環境や安全のために重要かを理解いただけたかと思います。

しかし、安全に回収できるケースもたくさんあります。むしろそのようなシチュエーションの方が多いでしょう。

「拾う時の注意事項は…?」と疑問に思う方、興味のある方は、ぜひこちらの記事を参考にしてください。

ダイバーとして一段ランクアップ!水中ゴミ拾いのコツと習慣化のポイント
ダイバーとして一段ランクアップ!水中ゴミ拾いのコツと習慣化のポイント
海ゴミは見つけ次第拾えばよい、という単純な問題ではありません。生物の利用状況や周辺環境への影響、ゴミの状態、そして自分自身のスキルと装備を踏まえた判断が重要です。「拾わない」という選択も、海を守るための責任ある行動の一つです。ダイバー一人ひとりが冷静な視点を持つことで、事故を防ぎながら、より持続可能な海洋保全につなげることができます。

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ライター

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マリンスポーツのジャンルを得意としたwebライター。海遊びの楽しみ方やコツを初心者にも伝わるよう日々執筆活動中。スキューバダイビング歴約20年、マリンスポーツ専門量販店にて約13年勤務。海とお酒と九州を愛する博多女です。