山は水を育み、水が山を育みます。山での水は生態系を支えるだけでなく、登山者にとっても水分補給や衛生の面で欠かせない存在です。本記事では山小屋スタッフとして、また山小屋に必要な物資を運ぶ歩荷としても活動する筆者が、貴重な「山の水」の扱いについて、現場からお伝えします。

山の水ができるシステム

登山 水

「山の天気は変わりやすい」とよくいわれます。実際に山は平地よりも雲が集まりやすく、雨が多い場所です。そして降った雨は、幾重にも重なる土壌で濾過され、時間をかけて蓄えられていきます。その仕組みを詳しく見ていきましょう。

雨水を浄化する山のしくみ

山に雨が降りやすいのは、平地の風が山にぶつかり、傾斜上昇気流を生むからです。水蒸気を多く含んだ空気は高所に運ばれると気温が下がり、冷やされて雲をつくり、やがて雨となります。

降り注いだ雨水は土壌に染み込み、ゆっくりと地下へと浸透していきます。その過程で土や岩、樹々の根などの細かい隙間を通るあいだに、不純物や汚れが取り除かれていきます。地下深くに達した水には土や岩のミネラル成分が溶け込み、最終的に河川や海へ流れていきます。

また、樹々の根が張り巡らされた山の土壌は「天然のスポンジ」とも呼ばれ、雨水が一気に川へ流れ出すのを防ぐ役割も果たしています。

山の水はどこからやってくる?

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山における水の源には、いろいろなカタチがあります。

  • 雨水
    天水(てんすい)とも言われ、山小屋等では、屋根に雨水を集めて生活用水としています。
  • 沢水
    雨や地下水が集まり、山の地形に沿って流れる小さな川のことです。
  • 雪解け水
    冬に積もった雪が春先にかけて溶け出した水。ミネラルを多く含んでいることから、地域によっては井戸水の水源として利用されるところもあります。
  • 湧水
    地下水が山の地表に湧き出た水で、雨水や雪解け水が土壌で濾過され、流れ出た水です。

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山の水で注意したいのは、水道水のように殺菌処理がされていない点です。細菌や寄生虫が含まれているおそれがあるため、自治体などによる水質検査で「飲用可」と確認されていない限り、そのまま飲むのは避けましょう。

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水質検査の様子。薬剤の入った専用の容器に水を入れ、検査窓口である自治体に検査を依頼します。

実録 山小屋の雨水活用術

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自然や農作物にとって命を育む大切な雨は、山小屋にとっても貴重な水源。雨水は身体や食器など洗う「洗い水」として活用されるだけではなく、濾過などの調整を施せば、飲み水や調理に使うこともできます。

洗い物には雨水を利用する

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山小屋によって多少異なるかもしれませんが、山小屋で使われている水は大きく「飲み水」と「洗い水」に分かれます。飲み水はそのまま口にしたり、調理に使用する水を意味します。

洗い水は、食器を洗ったり、身体を拭いたりするのに使う、基本的に口にしない水を指します。食器やテーブル、床などをきれいにするための洗い水には雨水が使われます。山小屋の屋根から水道管をたどり、濾過フィルターを通じて、大きなタンクに貯め込まれていきます。

登山者にとって雨は歓迎されにくい存在ですが、山小屋では生活を支える大切な資源です。雨が降らない日々が続くと、タンクの水量を確認せずにはいられません。

冬場は大きなタライや桶を屋外に置いておくと、雨水や夜露が氷となって張ることがあります。水道管が凍結しやすい季節には、この氷もまた貴重な水源になります。

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飲用にはpH調整が必要

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山小屋で雨水を飲み水とするには、濾過しただけでは十分に安全とは言えず、pH(ペーハー)調整が必要となってきます。水酸化ナトリウムやクエン酸、塩素等の化学薬品で、飲用に適した中性(pH7.0)の値に近い水に調整します。

pHを調整するには、まず、雨水タンクから適量を専用容器に組み上げます。そこに薬剤を注ぎ、pH試験紙等でpHを計測します。酸性でもアルカリ性でもいけません。酸性だと赤っぽく、中性だと緑、アルカリ性だと青や青緑色に変化するといった具合です。

薬剤を何度か入れて、中性になるまで繰り返します。中性(pH7.0)であることが確認できたら、完了です。小学校の理科の授業で体験した人も多いでしょう。ちなみに、水道水のpH水質基準も中性と定められています。

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雨水を溜め込んでいる雨水タンク

登山者に飲食物を提供する山小屋は、一般的な飲食店と同様に、各地域の保健所による許認可がなければ、営業はできません。そのため、水の安全面にはとくに気を配ることが求められています。

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冬季は歩荷頼みの時も

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冬場は水道管が凍結することが多いため、水を運ばなければなりません。平地の水道水をポリタンクに入れ、背負って人力で山小屋まで担ぎ上げる。いわゆる歩荷です。とても重労働ではありますが、山小屋にとっては避けられない仕事です。

調理に使う水は、思っている以上に多く必要になります。たとえばカップ麺には約300ミリリットル、うどん1食分には約500ミリリットル、100gのパスタなら、約1000ミリリットルもの水が要ります。作るたびに「こんなに水を使うのか」と実感するほどです。だからこそ、限られた水をどう節約し、有効に回していくかが山小屋の大事な工夫になります

正直なところ歩荷する身としては、湧水地や沢が近くにある山小屋がうらやましくてなりません。条件がそろえば、調理や掃除、洗濯だけでなく、髪を洗うことも気兼ねなくできるのですから!

歩荷のお仕事について知りたい人はこちらをチェック▼

実録!山小屋の荷物を運ぶ『歩荷(ぼっか)』のお仕事
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山の水に関する知恵袋

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登山者が必ず持っていなくてはならない「水」。山で困らないために、登山者の水にまつわるTIPSを紹介します。

水は「水」として個別に携帯

山に持っていく水は、下山しても余るくらいの量を意識しましょう。山に入る際、水は飲み水としてだけでなく、手洗いや傷口などの洗浄にも使えるので、お茶やスポーツドリンクなどの飲用とは分けて、個別に携帯することをおすすめします。

ミネラルウォーターよりも水道水がオススメ

水道水のメリットは、塩素の効果で保存期間が長いことです。常温で3日、冷蔵庫等の冷えたところでは10日程度保存ができます。

マイボトルに水道水を入れて持参すれば、ペットボトルを購入するよりもコストが抑えられるだけでなく、環境負荷を減らすことにもつながります。

地図上の水場を過信しない

地図上に掲載されている湧水地などの水場は、気象状況によって涸れることもあります。過信せず、水場がなくても大丈夫な量を持参しましょう。万が一に備えて、雨水や沢水でも使える携帯浄水器を用意しておくのもおすすめです。

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水を大切に!バーチャルウォーターの考え方

近年では、食料や製品の生産過程で使われる「見えない水」に着目した「バーチャルウォーター(仮想水)」という考えが広まりつつあります。

たとえば日本のように食糧を多く輸入している国では、輸入した作物をもし自国で生産するとしたら、どのくらいの水を必要とするかを推定します。これは「水のフットプリント(Water Footprint)」とも呼ばれ、消費行動が世界の水資源にどんな影響を与えているかを示す指標です。

具体的には、トウモロコシ1kgを生産するには約1,800リットル、牛肉1kgには約20,000リットル【1】もの水が必要です。さらに、私たちが日常的に口にするコーヒー1杯には約140リットル【2】【3】、チョコレート100gには約1,700リットル【4】【5】といった膨大な水が使われています。

つまり私たちが輸入品を消費することは、間接的に海外の水資源を利用していることにもつながるのです。こうした「目に見えない水」に目を向けると、私たちの暮らしにおける「水」の重みが一層感じられるはずです。

山でも日常生活でも、水はなくてはならない存在です。登山で水の尊さを実感すると、日常での水の使い方にも自然と意識が向くはず。限りある水を大切にしながら、健やかな暮らしを続けていきたいですね。

参考資料
【1】環境省
【2】Chapagain, A.K. & Hoekstra, A.Y. (2007). The water needed to have the Dutch drink coffee. UNESCO-IHE, Delft.
【3】World Economic Forum (2019). Hidden water in your cup of coffee.
【4】GEA Group. Crunching the numbers on brunch – Water footprint of food.
【5】Waterwise. Virtual Water Footprint.

奥山賢治

ライター

奥山賢治

長年にわたり雑誌記者や編集者等を経験した後、現在はトレイルランニングの大会運営に携わる。また山小屋スタッフとしても活動中。神奈川県山岳連盟会員。神奈川森林塾8期生。